第三話
遅くなりましてすみません。
「──で、さっきはどうしたの?」
病室にて、呼吸を整えつつ海斗に詰め寄る夏音。
「何でもないよ。…ほら、苦しくない?」
そんな夏音に、とろけるような甘い笑みを浮かべ、そう言う海斗。
「……」
…その笑顔で、世の中の、全ての女の子達を落とせると思うのは私だけ?
ていうかこれ意識的?
それともまさかの無自覚とか…
「夏音?」
私の訝しげな視線に首を傾げつつ、こちらを窺うようにして見てくる海斗。
「何?」
「……夏音、怒ってるの…?」
私の素っ気ない返事に、哀しげに眉根を寄せてそう問うてくる海斗。
「いや、怒ってな」
「でも、態度が冷たいよ夏音。もしかして僕のこと嫌いになっちゃった?」
「ちが」
「ならどうして不機嫌そうなの?」
「…あ」
「異論は認めないよ夏音、だって」
「最後まで言わせろよ!」
全部途中で遮られてるから!
最後の異論は認めない発言といい…お前は暴君か!
「海斗のこと、嫌ってるとか怒ってるとか無いから。安心してよ」
「……ほん、と?」
「うん。…あーでも、言葉遮ったのは謝ってもらいた」
「ごめん夏音。疑って」
「そっちか」
人の話聞けよ。
しかも、また遮ったし。
──まぁ…それはさておいて。
「…のど渇いたからお水汲んでくる」
喧嘩したからかな。
あと、さっきオムライス食べたしね。
「僕も行くよ、夏音」
「いや…すぐそこだし」
「何かあったらどうするの?」
「ここは戦場か」
ここから出て、数メートル先の冷水器に行くまでに、一体何の危険があると言うんだ。
──結局。
「おいしかった?」
「え? うん」
「なら良かったよ」
「…水って味の違いあるの?」
「うん。ものによって多少違うよね」
「…いや、私に聞かれても」
水って味の違いとかあるんだ。
…味覚鋭すぎるだろ、お兄様は。
「ちなみに、どの水が──」
おいしいの、と問う前に、いきなり目の前が眩い光に包まれた。
「え、なっ……!?」
白いような蒼いような光が眩しすぎて、思わず目を瞑る。
「──夏音…っ!!」
海斗の声が聞こえた。
焦ったような、切羽詰まったような声音。
「……っ」
何も考えられなかったが、咄嗟にその声の方に右手を伸ばした。
兄と──海斗と、離れたくないと思った。
──こんなこと、絶対に本人には言わないけど。
必死で手を伸ばして、──
「ぁ…か、い…」
「夏音!」
手首を掴まれた。
この感触は兄だ。なら、もう大丈夫──
そんな安心感を胸に抱いて、私は意識を手放した。