第二十六話
大変遅くなり、申し訳ありません。
──その日の夜。寝る前恒例(?)の兄妹のコミュニケーションタイムにて。
「海斗っ!」
「ん? どうしたの夏音、すごく嬉しそうだね?」
満面の笑みで自分の名を呼んでくる夏音につられて笑顔(王子様スマイル)を浮かべ、海斗がそう問う。
「うん! あのね、ついさっき擬人さんたちに会ったんだよ。お淑やかなメイド服着てた! …獣耳ファンタジーだよ、定番でしょう獣人さん!」
にこにこ、というか、子供のような笑顔でそう報告し、どれだけ可愛かったのかを力説する夏音。
最後のほうは日本語として文法がおかしかったが、それが気にならないほどに興奮しているようで、言い直す様子は見受けられない。
そんな妹を、微笑ましげに目を細めて見、相づちを打つ海斗。
「それでね、耳はカチューシャつけてるみたいになってたんだけど、神経が通ってて…」
「へぇ、それは見てみたいね」
「! 見に行く? 今から行く?」
瞳をキラキラと輝かせて海斗の腕をとる夏音。今すぐにでもまた彼女らにダイブしに行きたいとはしゃぐ夏音に、海斗は苦笑をもらした。
「…今は執務が忙しくてね」
「ん、そうなの? 私に手伝えることある?」
なんなら雑用でもこなそうか、と聞いてくる夏音の頭を優しくなでた。
「今のところはないかな。
それに、王は政、王女は祭事──他国への訪問や、国でのお祝い事に出席する事──が仕事であるって決められているからね」
「……えー、何その決まり?」
そう言いつつ不満げに口をとがらす夏音に、海斗は困ったような笑顔を浮かべた。
「公式な王家のしきたりではないけどね。いわば暗黙の了解ってやつだよ」
「…この代で、そのしきたり壊そうよ。伝統だかなんだか知らないけど、男女差別だと思う」
「差別というより、体力的な問題だろうね。政務は毎日あるし、ずっと座っていないといけないし。
…まぁ、一日中座っているのはともかくとして、毎日ってことは、一日でも休むことはできないんだよ?」
「…女の方が、風邪を引きやすいとでも言いたいの? 体調管理が甘いとでも?」
それは心外だと言いたげな夏音に、海斗は首を振った。
「まあ、風邪とかは…男女の違いじゃなくて、個人の免疫力だから何とも言えないけれどね。
──そうじゃなくて…」
言い辛そうに口ごもる海斗を見て首を傾げた夏音は、そのままのポーズで停止して数秒後、心当たりがあったのか頷いた。
「出産! …あとそれに伴う色々ー」
「随分アバウトだけど…。そうだね」
「そっか。
──出産前は、悪阻が酷い女の人もいるし、何せお腹の中に赤ちゃんがいるからあまり激しいことはできない。けど、政治と違って、お祭りへの参加なら多少は融通効くだろうから…。
それに、一日中座りっぱなしよりは、適度に歩いたりして運動したほうが赤ちゃんに良いらしいよね。
……なるほど。だから男女の役割が分かれているのか。よく考えたね、昔の人!」
男女差別じゃなかったのだと知って納得の表情を浮かべた夏音は、次いで「昔の人、疑ってすみませんでした」と謝罪した。
──こういう所は律儀というのか、真面目だというべきなのか…。この問いを彼女の兄にしたら、恐らく彼は「自分の非を認めて謝れることも夏音の美点だよ」と言うのだろう。
「──…そう言われれば、日本の政治家も男性の方が圧倒的に多いね。理由がこれだかどうかは分からないけれど」
「たしかにそうだね。
……そういや、男性が政治を担って、女性が外交や儀式を執り行うって…まるで日本の総理大臣と天皇陛下みたいだね」
こっちの解釈の仕方がわかりやすいはずだと発言してみると、海斗は言われて初めてそれに気がついたかのように頷いた。
「そういえばそうだね。
因みに、外交とは言っても、政治的な外交──外交問題に関しては、僕の仕事みたいだよ。
明確な規定は無いけれど、代々そうらしいから」
「…てことは、国際親善のための外国訪問は、私の役目にあたるの?」
「そうだと思うよ。
何と言っても、両方の線引きが曖昧だからね。拡大解釈ならいくらでも出来るだろうし…。
実際、何代か前の王は、王妃と一緒に政務を行っていたらしいよ。国の歴史書によると、当時の王妃が帝王学に詳しかったらしくて、外交は王妃がしていたようだから」
「えっと、つまり……その時々によって分担はちょっとずつ変わるってこと?」
だんだんややこしい話になってきたと、夏音は内心頭を抱えた。
…物語や興味のある事なら、多少難解なことでも理解できるのに。
まあ、今はそんなことは言っていられる状況ではないと分かっているから、話を理解する努力はするが。
……まぁ、元々乏しい理解力だ。もう少しで容量オーバーになるかもしれない…と、心の片隅でぼんやりと考えていた夏音は、先ほどの自分の問いに答える海斗の声で、思考が現実へと戻った。
「──簡潔にまとめるとそうなるね。
…あまり大幅に変更するのは、国民の混乱を招くおそれがあるから自重してほしいと言われたけど」
「……はい」
「──さすがに、即位して早々に混乱状態は避けたいからね。国民の仲が良いとは言っても、無闇に国民たちを不安に貶めたくはないし…──だからね、夏音?」
「…うん」
「僕らの代は、日本をモデルにしようか」
海斗の説明中に、先ほどまでの海斗の説明を消化した夏音は──そのせいで、途中海斗の説明を聞く余裕がなかったが──そのおかげで、いま海斗が言ったことの意味を、把握することができたのだった。
やや時間が空いて、ではあったが、
「……海斗が総理大臣で、私が天皇陛下ってことかな?」
「うん、ご名答。…それで良いかな?」
「もちろん。分かりやすい方がいいです」
「じゃあ、決定。
──あぁ、もう遅い時間だね。明日も夏音は図書館に行くの?」
話が一段落ついたところで、海斗はちらりと時計を一瞥し、そう質問した。
──ようやくプライベートな話になった。それを察した夏音は、無意識に肩に入れていた力を抜いた。
「うん、そのつもり」
「そっか。じゃあもう寝ないといけないね。夜遅くまで付き合わせてごめん」
「図書館整備は、そんな疲れる事じゃないから、別に良いんだけど…。
それに、私も海斗と喋るの楽しいし(難しい話を抜かせば、だけど)」
「ありがとう、夏音」
「? うん」
なぜ感謝の言葉を述べられたのか、いまいち釈然としないが、海斗の、それはもう嬉しそうな笑顔を前に、考えることを放棄した。
「──おやすみ、海斗」
そういえば今は寝る時間だった、と思い出した夏音がそう挨拶すると、海斗も微笑みながら「おやすみ、夏音」と返してくれた。




