第二十五話
「ねーねー、エル」
「何?」
来るときとは真逆に、夕陽に照らされた舗道を歩く二つの影。
そのうちの一人──落ち着いたベージュ系の色を基調としたドレスに身を包んでいる少女──が傍らの女の子へと話しかけた。
名前を呼ばれた彼女は呼びかけに応じ、顔を少女へと向けて首を傾げた。
「あのさ…魔術に、上級者向けとかっていう区別はある?」
「ある一定の熟練度まで達しないと使用できない魔術ならあるわよ」
「使用できない? それは、本の閲覧禁止ってこと?」
「いいえ。発動させようとしても発動出来ないだけ」
「……ちなみに、ある一定の熟練度というのは?」
「それは魔術によって異なるから、一概にはいえないけれど……、王宮魔術師レベルじゃないと発動不可な魔術は多いわね」
「へぇー。…なんか難しいね」
「あら、そう?」
「うん。覚えることがたくさんあるし。
…私のいた世界には魔術なんてなかったから、余計にそう思うのかも知れないけど」
『覚えられるかが心配だ』と何気なく呟くと、エルが『その時はまた教えてあげるから大丈夫よ』と言ってくれた。
エル優しいっ!
「…あ、もう一個質問いいー?」
「ええ。いいわよ」
「この世界に箒があるのは分かるんだけど、雑巾とはたきは存在する?」
「雑巾はあるけど……はたき?」
「はたきっていうのは、本棚とかをパタパタして、埃を落とすやつ」
無いのであれば作ればいいんだけどさ。作るの簡単そうだし。
棒と、布を細く切ったもの(羽もしくはビニールを細くしたものでも可)を用意。その布を、輪ゴムで棒の先端に括り付ける。…はい完成。
材料としては、布が良いかな。羽を使うとなると動物を殺傷しなくてはいけなそうだから。
「(…日本の羽はたきは多分人工物なはず!)」
ビニールは科学が発展した成果だから、魔術が発展した魔界にはないんだろうなー。あったら驚き。
「布なら何でも良いの?」
「うん。…あんまり固いのだとさすがに困るけど」
「使わない布なら王宮の使用人に言えば貰えるはずよ。固いのかどうかは知らないけど」
「まじでか! ためになる情報をどうもありがとうっ」
エル、ナイス!
早速王宮に帰ったら聞いてみようっと。
──エルと雑談をしていたら、いつの間にか目の前には王宮の裏扉が。
……何で裏口かって? それはね、正門はご来賓の方とかが来る可能性があるって聞いたから。もし万が一鉢合わせしても対応できないなーって。
日本時代なら来客にも対応できたけど、魔界は無理だ。だって、魔界の作法なんて知らないし!
……まぁ、私が王女だってのが一番の理由だけれどね。
『王女=国の顔である存在=下手な対応はできない=私には不向きなので、対応しなくてもいいように裏門から出入りしよう!』……って考えです。
この考えは、海斗にもエルにも、それに使用人さんたちにも奨励された。…ここまでくると、なんか複雑だよね。
「ただいま帰りましたー!」
「お帰りなさいませ。カノン様、エル様」
『裏口の扉は比較的軽い素材(正門と比較)で出来ている』と聞いていたから、どうせならと思いっきり押してみた。
そしたら意外と重くて、扉を開くために全体重をかける羽目になったんだけど……いやぁ、恥ずかしい。
それでも(扉の重さに)負けじと元気に挨拶をしてみると、使用人さんたちはさして気にした風もなく答えてくれた。
その声に勇気づけられ、俯いていた顔を上げる。
「……」
──そうして、暫し絶句。
視線は使用人さんたちに釘付けだ。
「……カノン?」
そのまんまの体制で固まっているのを不思議に思ったエルが、訝しげに夏音の名を呼んだ。使用人さんたちも、きょとんと首を傾げたりしている。
──それから、また数刻が経過して。
「…あ、何? エル」
「……反応するのが遅いわよ。どうしたの?」
「ど、どうしたもこうしたもないよ!? 何で…何で使用人さんたちが……」
「…擬人はいけなかったかしら? でもあまり人間の使用人はいなくて…」
「ちがーう!! どうしてこの事実を教えてくれなかったの皆してー!」
勢い余って、一番近くにいた使用人さん(女の人)に抱きついた。私より幾ばくか年下みたいだ。
あ、ほんとにもふもふー! 獣耳だよ、本物だよ!
「やっふーい!」
「……。カノン、その子が困っているから、とりあえず解放してあげなさい」
「? …あ、ごめん! 大丈夫!?」
抱きつく力が強すぎたみたいで、彼女は涙目。…本当にごめん!
そうやって謝ると、彼女は小さく『いえ、大丈夫です』と呟いた。…年下に泣かれるのは弱いんだよ。
「……カノン、どうしてそんなに嬉しそうなのよ?」
そうしていると、エルが呆れたような不可解とでも言うような、微妙な声音で問うてきた。
「…だって、異世界小説では定番の、半獣さんだよ? 小説ではよく出てたけど、本物ってこんなに可愛いんだね!」
さっき抱きついた子は猫耳かな? あの子は熊? この子は狼もしくは犬……。
「…あ、しっぽも付いてるー」
しかも動いてる。ふさふさしてる。
「和む…。ってか、何で私の周りの使用人さんに擬人がいなかったの?」
「……人間は擬人を嫌うから、カノンも念のためにってことで隔離していたのよ。カノンは人間ではないけれど、異世界から来たから、怖がるかと思って」
「それをいうなら、怖がるのは魔術のほうだと思う。なんで擬人を怖がる必要が?」
「だから、人間はそうなのよ。
擬人は畏怖の対象、魔術士は軽蔑の対象ってね」
「……意味が分からないし分かる気すらないけど、とりあえず、私は擬人も魔術も魔術師も好きだと言っておこうっ!」
夏音、高らかに宣言しました。
おかしなところや疑問がありましたら、紫夏までお知らせくださると嬉しいです。




