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第二十二話



 図書館の扉が開く。


 ──中から出てきたのは、ドレスの裾が多少煤けてはいるものの、それをまったく気にしていない少女。


 汚れていることに気付いていないのか、あるいは、少しくらい汚れることに対してあまり抵抗感がないのか。

 纏っているドレスはいたってシンプルなものの。彼女の容姿は、彼女がただの身分の者ではないと周りに教えるのには充分なものであった。


 


「──さーて、お昼をいただきますか!」


 うきうきとした表情で、お弁当の入ったかばんを開ける夏音。

 このお弁当入りのかばんは、海斗が出発前に持たせてくれたものだった──


『はい、これ』


『ん? …え、何これ?かばんなのは分かるけど、何が入ってるの?』


『お弁当だよ。…ちゃんと食べるようにね? 集中していて食べるのを忘れていた、とかないように』


『……うん、精進します。(前科持ちだからなぁ…) ──あ、水筒も入ってるんだね』


『中身はお茶のようなものだよ。僕も飲んでみて美味しいと感じたから、夏音もきっとお気に召すと思うよ』


『わーい! ありがと、海斗!』


『いえいえ。こちらこそ、喜んでもらえて嬉しいよ』



 ──あのときは、さして疑問にも思わなかったけれど。


「(……なんで魔界にお弁当があるんだろ? しかもカラフルなお弁当箱だし、日本のお弁当の形とほぼ一緒だし。……中身も、バランスとれてるし)」


 お弁当であってもバランスのとれたものが入っているっていうのは、日本のお弁当の特徴の一つだよね。

 ちなみに、今入っているのは、お米と、ハンバーグみたいなやつと、サラダとお漬け物と煮物と──


「…こんなに食べれないのですがー」


 朝だって、あんなに食べてきたんだよ? それこそバイキング並に食べたって言うのに、お昼にこの量は過酷すぎる。

 いつもなら普通に食べ切れる量だけれど、さすがに昨日の今日ではキツい。


 …もしかして、前にお昼を抜かしたことへのペナルティーなのか?

 たしかに、あの時の言い訳──『仕事が忙しくて、食べる暇がなかった』わけではなくて、『仕事に熱中しすぎて、食べる時間がもったいなかった』っていうのが本当の理由なんだけれども!

 仕事が忙しかったっていうのも、あながち嘘でもないけれどさ。…もしかして、嘘を交えたことが看破されていた、とか? ……有り得そうなところが一番怖い。


「はぁー……まあ、食べるか」


 お腹がいっぱいだというわけではないし、食べて食べれないというわけではないだろう。


「(まさか、お弁当で根性論を思い出すとは思わなかったけどね…)」


 運動でもすれば少しはお腹が減るのだろうけれど、あいにく私は運動が好きじゃない。疲れることの何が楽しいのかさっぱり分からない。

 せっかくの木洩れ日なのだから、どうせならお昼寝をしたい気分だ。


「んー…でも、寝たら風邪引きそうだなぁ」


 広げたお弁当を膝に乗せたまま、ゆっくりと伸びをする夏音。

 たしかに眠いけれど、この格好で寝たら風邪を引かないとも限らない。寒くはないけれど、油断は禁物だから。


「(二人にも、風邪を引くなっていうことと、それから、気をつけろって言われたしなぁ…)」


 ここ、王宮図書館にはあまり人は来ないらしいけれど、念のため。

 ……むしろ、あの内部の状況で『頻繁に利用している』って言われる方が不審だけれども。お前ら絶対にそれ嘘だろって言うね、確実に。


 ──…そぉいや、海斗には『夏音は寝ているとき、やけに無防備だよね』って言われたことがあるなぁ。


「(寝ているときに無防備なのは、普通だと思うけど…)」


 それともあれか。常に命をねらわれているくらいの緊張感を持って日々を送れという意味だとか?


 ……。無理むり。精神的にやられること間違いなしだね、そんな生活! こう、パーッと自由なのが良いかな、私としては!

 …いや、自由すぎるのも考え物だけれどね。何をしたらいいか分からなくなりそうだから。


「──まあ、さっさと食べちゃおう。うん、そうしよう!」


 海斗曰く、だらだら食べるのは身体に良くないらしいし。

 それに、私も早めに食べて、また王宮図書館始動計画を実行したいしね。


***



 ──その頃、王宮内部のエリート魔術師のうちの一人は……


「(本当に大丈夫かしら…)」


 心配していた。


「(魔界にきてまだ間もないのに、一人で人目のないところにいるなんて。…昨日、一回だけ一緒に行ったとはいえ、まだ知らない土地だろうし、心細くはないのかしら…? ……私なら絶対に無理ね。

 人っ子一人ろくにいないところにぽつんといるだなんて、怖すぎるじゃないの。

 ──…それに、夏音は魔術も何も覚えてはいないのだから、なおさら。襲われても、身を守る術が無いじゃないの。

 …せめても、護身用の魔術でも教えておいた方が良かったかしら……)」


 昼休みの休憩時間に、皆からは距離がある場所で独りで座り、昼食をとる彼女。

 金髪がふわりと風に煽られて揺れ、陽の光を反射してキラキラと輝く。

 俯きがちの彼女の持つサファイアブルーの瞳は、それと反して物憂げに細められていた。



「──ルフィア様」


「……え?」


 漸く自分を呼ぶ声に気が付いた彼女は、声が聞こえた背後を振り返った。

 そこには、自分の部下の一人である男性魔術師の姿が。


「…何よ?」


 少々不機嫌そうに眉をひそめる。

 一々向き合うのが面倒なのだろうか。身体は昼食へと向いたまま、顔だけを彼へと向けた。


「クレトン隊長が、お呼びです」


「……ゼノムが? 用件は?」


「いえ、ただ僕は、ルフィア様を呼んでこいと仰せつかっただけですので、詳しいことは…」


「──…そう。ありがとう」


「…っ、いえ!」


 お礼のついでにと挨拶程度に微笑みをプラスすると、彼はかすかに頬を赤くして直ぐに走り去ってしまった。

 頬云々は、彼が直ぐに顔を背けてしまったために、見間違いかも知れないが。


「(こんな微笑あいさつごときで赤面するだなんて、よほど純粋なのか、奥手なのか……。夏音と会った瞬間、倒れるかも知れないわね…)」


 そんなことを考えつつ、ぼーっと彼の走り去る後ろ姿を見つめる。

 …一応断りを入れておくと、ただ単に動くのが面倒なだけで、断じて、走り去った部下が気になるわけではない。


「(あーぁ……あいつのところ行きたくないわね…)」


 けれど、呼ばれたからには行かないわけにはいかないだろう。


 彼女は重いため息を吐くと、ゆっくりと立ち上がった。


 ──立ち去る背中に浴びせられるのは、羨望、僻み、憧れ、嫉妬…──

 どちらがどちらの性別の部下からの視線であるかは、語るまでもない。


 彼女は、それらの視線に気付いているのか、いないのか──

 背後を一度も振り返らずに、その場を後にした。



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