第一話
午後6時を少し過ぎた頃。
とある病院の一室から、ケータイの着信音が流れた。
その音はとても小さく、廊下まで届くことはない。
その音はただ、傍らの少年の耳に届くのみ。
───件の少年は、その音で浅い眠りから醒めると、ゆっくりと上体を起こした。
そして、ふと傍らのテーブルに置いてあるケータイに目を向けた。
その画面には、
『メール一件受信』
彼は上体を少しだけ傾けて、一定のリズムで光を点灯させるケータイへ腕を伸ばすと、慣れた手つきで操作し始めた。
メールの件名は『無題』。
送り主の欄には『妹』の文字が浮かんでいた。
***
「すみません、お先に失礼します」
「今日もご苦労様、西倉さん」
「たった一週間の休みだけど、楽しんで来てね」
「ありがとうございます」
声をかけてきてくれる方々──職場の上司達に軽く会釈しつつ、足早にその場をあとにする少女。
少女の名前は、西倉夏音。
艶やかな黒髪に漆黒の瞳を持つ、齢十八歳の図書館司書補だ。
肌は色白で──彼女自身は、焼けない体質なのではなく、幼い頃から読書ばかりであまり外にでなかったからだと思っている──すっぴんなのに、十分に人目を引く端正な顔立ち。
──絵に描いたような大和撫子。
そんな容姿に加え、司書補としての真面目な職業態度。そして、本に対する熱意。
西倉夏音にとって、図書館司書補という職業はまさに、天職だったのだ。
***
──午後7時。
静かに病室のドアが開く。
それに気付いた少年が顔を上げる。そして、読んでいた雑誌を閉じると、来客に向かって軽く手を挙げた。
「久しぶり、夏音」
「…一昨日会ったばかりだよね?」
「会いたかったよ、愛しい夏音」
「そういうのは彼女に言って!」
「作る気はないよ。僕には君さえいれば十分──」
「いい加減にしろばかーっ!」
「……はぁ…」
思わずため息をつくのは、少女──西倉夏音。
「どうかした?」
そんな夏音をきょとんとした表情で見上げる少年──彼女の兄の名は西倉海斗。
これまた美形で、色素の薄い、優しげな感じの茶髪に色素が濃い茶色の瞳。
顔立ちはどこか日本人離れしていて、西洋の風格を醸し出していた。
「……何が悲しくて、双子の兄から愛を語られなきゃならないのさ」
「兄妹の仲が良いのは喜ばしいことじゃないか」
「明らかに兄妹の仲越えてるよね!?」
「ん? あぁ、夏音が越えたいのならそれでも──」
「どーしてそうなった!?」
夏音の言うとおり、二人は正真正銘の双子の兄妹。
だが、二人は全くの他人と言うほど似てない。
性別が違うから一卵性ではないにしても、双子がこれほどまでに違うものなのか、と本人達(主に夏音)が疑うほど。
──DNA検査でも双子だというのは証明されたし、親戚達からの証言もバッチリ得られているのだけれども。
「(うちの血筋に外国の血は混ざってないはずなんだけどなぁ…?)」
───血筋がどうというより、おそらくは親戚一族の中でも海斗が異質なのだろうけど。
「──…夏音?」
「……へ?」
「どうしたんだ?何か悩み事でも?」
心配そうに瞳をのぞき込んでくる海斗に、夏音は慌てて首を横に振った。そして、考えることは一旦放棄することにする。
……今はそれより。
「ねぇ、海斗」
「ん?」
「…お腹、すいた」