Teroの誕生
コップ一杯の水を私の目の前で振りながら、彼は言った。
「なあ、もしもこれが俺の頭だとしたら?」
私の幼馴染の一一二三だ。
幼稚園から大学、そして就職先まで一緒だ。
今は喫茶店にいる。
オゾン層が破壊されたため、テラス席はない。
「それが一くんの頭だって?」
「そうだよタイト。今、俺が考えているのが量子水だ」
タイトって言うのは私の名前。
名前だけ聞いた友人には、よく外国人に間違えられるけども、先祖代々日本人だ。
森の漢字のような感じに、雲を上にして龍を下にした漢字だ。
ちなみに後ろの字は、彩でアヤとなる。
「量子水って、量子状態になりやすい水のことでしょ。できたの」
「ああ、できたとも。もちろん、この水じゃないけどな」
一は私に言ってから、コップの水を一気に飲み干した。
私たちが勤めている研究所は、現在の地球環境についての研究をしている。
人類が銀河全体に行くようになってから、地球の環境を顧みることはなくなった。
なにせ、別の惑星に進んでいくだけの話だ。
今では火星から別の惑星系への定期便も就航している。
だが、艦橋は極めて悪化していた。
惑星一つが一つの政府となり、それらの政府が連邦制を敷いている現在の宇宙では、地球一つが無くなっても問題ないということだ。
だから、地球はもはや人が住むにはふさわしくないようになってきた。
極端な地球温暖化、極地の氷の融解、掘削等によっての地中の圧力変化による地震の多発。
それらすべてが、地球から人類が出ていかなければならないような事例となっている。
人類が出ていった後、この地球を管理するのはロボットになるだろう。
できれば、自立式のロボットだ。
私たちの研究は、徐々にそちらの方へと傾きだした。
「環境を整備するって言ったって、どうすればいいんだ。全地球ネットワーク網でも構築するか?」
喫茶店から研究所へ戻る道でも、私は彼と話し合った。
「今のインターネットよりも、衛星通信を使ったほうが何倍も安定できると思うわ。それと、既存の設備をできる限り使うようにしないと。一番重要なのは、自立型であるということね。私たちはきっと地球へ最終的には戻るでしょうけど、それまでの間は、環境を整えるようにプログラミングしておかないと」
「だとすると人間のように行動できるものの方がいいな。地震とかで一発崩壊とかになった場合に自己修復するのは不可能だろうからな」
「量子コンピューター、ね」
その結論に至ったのは、私だけではなかった。
「所長、スパコンを予備にして、量子コンピューターを主とするというのはどうでしょうか」
研究所へ戻るとすぐに彼と私は所長へ考えてきたことをぶつけてみた。
「量子コンピューターは研究途上だ。だが、容量から考えて、それが一番いいだろうな」
所長からの承認を受けて、私達がリーダーとなって、環境調査のための量子コンピューター開発が始まった。
既存のネットワークを使うことになったから、環境整備のために新しい物を作る必要はない。
それに接続ができる形での量子コンピューターが必要ということは、すでにはっきりと分かっていた。
私たちが創り出すのは、それが目的だ。
だが、中々うまく出来ない。
一番の問題は、量子状態の保持だった。
「電気を通せば、量子状態は維持できるが、どうしても数基の火力発電所に匹敵するような電力が必要になるな」
彼がレポートに目を通しながら私に話した。
「核融合炉があるけど、それ使えば?」
「そうだな、膨大な電磁線が発生するけど、それで量子状態を抑えれば問題ないだろうな」
さっそく実験だと言って、白衣を着て彼は私を引き連れ、実験室へと向かった。
1週間後、直径25cm程度の大きさに電磁線をとどめておくことに成功した。
だいたい頭蓋骨の大きさになる。
「これで、人の形で量子コンピューターを作ることが可能だな。胴体についてはどうするんだ」
彼が私に聞いた。
「やっぱり女性が一番だと思うの。母なる地球ともいうし、地球を護るのであれば、やっぱりね」
「ならそうしよう」
彼は私にそれだけ言って、仮本体としてある縦横高さがそれぞれ15cmの立方体をしている機械の様子を見た。
「名前、どうする」
「…Tero。ってどうだろう。エスペラント語で地球を意味するの。どんな人にでも使えるようにとして作られた言語のエスペラント語。それで、この地球が、どんな人に出会っても開かれた惑星になるようにって思ってね」
「いいじゃないか。地球にちなんだ名前をつけようと思ってたところだしな」
彼も納得してくれたようで、彼女の名前も決まった。
Teroはこうして出来上がった。
彼女は、独りでこの地球を制御し続けるだろう。
私たちが彼女と一緒にいられる時間も、わずかだろう。
でも、私たちは信じている。
彼女が、この地球を護ってくれると。