マーティン卿
マーティン卿を乗せた馬車が屋敷に帰ってきたのは、正午過ぎだった。
今日は、母親のお使いの後、仕事で家には帰ってこない予定だったのではと家の者を慌てさせた。
「グスターヴァス、」
「はい、なんでございましょう、若様。」
屋敷に帰ったジオンは、執事に早速とばかりにブランカの家に招待状を送る手配をさせた。
「は?」
「?・・・だから、アシュットバル家のブランカ嬢に招待状を送って欲しいと言ったんだが・・・。」
ジオンが個人的に招待状を送りたいと思う相手が出てきた。
その事実にクラインハイブ家は沸き立った。
「ホントなの!ジオン!」
広い屋敷の中だというのに、ジオンの母親が奥から出てきた。
「母さま・・・。」
抱きつき嬉しそうな声を放つ母親はジオンの今までの女性遍歴を嘆いていた。
「ただ1人の人を見つけたのね?」
母親は彼が小さい頃から何かを求めていることを分かっていた。
分かっていたからこそ、彼が自暴自棄になっているように感じて悲しかったのだ。
そんな彼も社交界で親友を得て、数年前から事業に力を入れるようになり、やんちゃぶりも落ち着いてきた。
本当に親友たるライモン達には感謝しきれない夫人である。
「えぇ、前世からのつながりがあると確信した女性をようやく見つけました。母さまにも、父さまにもご心配をおかけしましたが、もう、大丈夫です。」
前世の記憶などと言えば大袈裟だが、いつまでもフラフラしているジオンは、逃げ口上として、自分の相手は前世での恋人しかいないと言っていた。
前世の恋人などと言われても両親には分かるわけもなく、だったら、口出しは無用でと家族の口を封じたのだ。
ライモンのように女王陛下にではないが、両親に自分の相手は自分で探すと断言していた。
しかし、元より前世の記憶など彼自身持ってないし、信じても居なかった。
そして、この広いロンドンで自分が望む人など見つけるなど面倒なことだった。
面倒で遊んでいた時も“クラインハイブ家”の跡取りとして、子孫を残す必要があることは感じていた。
せっつく両親の気持ちも分かっていたし、ライモンが例の提案で陛下からの縁談を断ってしまったこともあり、もし、約束の年である、あと一年で相手が見つからなければ、英国にとって、家にとってよい相手を娶ると陛下と約束をしてしまっていた。
ジオンは相手がブランカであることを告げた。
「まぁ!イザベラのお嬢さんが!?」
「えっ?」
よくよく話を聞くと母親とアッシュトバル男爵夫人は幼馴染だということだった。
「母さま、年頃の娘さんがいると分かっているのなら、引き合わせして欲しかったですね。」
にこにこと笑う母親に息子はイラッとした。
「あなたの噂を聞くたびに、年頃の娘さんを紹介するなんてできないって思っていたのよ。だから、あなたが本当の相手を見つけたという事は嬉しいけれど、・・・本当に過去を繰り返したりしないでしょうね。」
疑いに近い目を向ける母親に苦笑するジオン。
「安心を。私にしか、彼女も彼女の家も救えないでしょうからね。」
母親は息子の将来に光が射してきたことに安堵した。
彼は親友であるシルヴァリー侯爵家のライモンのように自分の相手というものを自由に選べない。
そもそも、陛下にライモンが余計なことを言わなければ、陛下の御鉢がこっちに回っては来なかったのにと何回も愚痴ったことがあるジオンである。
「だったら、君もそう言えばよかったんだよ。」
しれっと返してくる親友に、自分は普通の子供だったんだよと愚痴ったこともあった。
「イザベラは確か男爵のお供で静養中だったはず。早速お手紙を書かなくちゃっ!」
実際は、家を飛び出した夫人に男爵が付き添っているのだが。
息子が決めた決意が揺るがないうちに周りを固めてしまおう。
夫人はそう思い、行動を起こした。
嬉しそうに自分付きのメイドの名を呼びながら自室へと戻って行く母親の背中をジオンは呆れた顔で見ていたが、
「母の行動も俺にとっては悪いことではないか。」
とほくそ笑むのであった。
つづく