思わぬ行動
「そうだ、バトラー。」
執事のボイトをジオンは呼びつけた。
「この後、我が家のパーティに彼女を招く招待状を送る。もちろん正式なものだ。で、それと一緒に仕立て屋も手配するから、彼女に最高のドレスを用意してくれ。何着でもかまわない。すべて私が払う。」
優雅で、颯爽としたジオンの身のこなしに男爵家の者はみな呆然としていた。
「聞いているのか?返事をしたまえ。」
呆然としている彼らの心情は理解できるが、しっかりしてもらわねば困るのだ。
「は、はい!も、申し訳ありません。承知いたしました。」
ボイド家の使用人は、全員集合の姿勢で彼の乗った馬車を見送った。
「お嬢様!!」
皆がブランカに駆け寄って祝福の言葉をかけた。
「ああ!なんてことでしょう!」
ジェシカが感嘆の声を上げた。
大きな声にジオンのキスで呆然と立っていたブランカは現実に戻された。
「運命の神様がいらっしゃったから、あんたは、腰を痛めたのよ!」
ミセス・ボイトが雄叫びのような歓声を上げて夫である執事に抱きついた。
「そうだ、そうに違いない!私が店に行けなかったから、お嬢様が店にいくはめになったんだ!」
「なんて、素敵な方に見初められたのか・・・。」
おおはしゃぎのボイト家をよそにブランカはまだ、現実が受け入れられていなかった。
(マーティン卿はお優しい方だ。我がアシュットバル家の内情を知って・・・そのようなことを・・・。私など娶ってもよいことなんかないのに。・・・私はこの恩をどうやって返せばいいんだろうか。・・・それに、このような婚約で、心を痛めるご令嬢もいるだろうに・・・。)
ブランカはこの後届いた招待状と、仕立て屋の登場に生まれて初めて貴族の娘である実感を得た。
あのレース屋から彼女を送った後、改めて正式にパーティに招待したいこと、近日中に招待状が届くことを使用人に告げ、彼女にキスをした。
マーティン卿の中で蘇るのは柔らかい唇とあの真っ直ぐな瞳。
「・・・参ったな。」
ついでのように簡単なプロポーズをしてしまったことは予想外だった。
馬車の中で行われていたことをマーティン卿がアシュットバル家の面々に伝えた時、一番驚いていたのは、クラインハイブ家のフッドマン達かもしれない。
彼らは、主が真面目な恋や、結婚に興味があるとは露ほどにも思っていなかったからだ。
そんな従者の心など知らぬ主も今まででは考えられない行動に出た自分を振り返っていた。
「早く手に入れてしまわなければと直感が働いたんだ。」
1人呟いてみた。
そう、彼女を見た瞬間に味わった幸福感にいつまでも浸っているわけには行かなかった。
あのまま、彼女を手に入れないでおくと、彼女は意に染まぬ結婚に望まなくてはならないはめになってしまっただろう。
噂に聞く伯爵家の当主と息子。
ハッキリ言って、身分がいいからとその上に胡坐を組んでいるような男達だ。
貴族の矜持なんかこれっぽっちも感じてないくせにブランカには大層な口をきいたもんだと彼は思った。
ブランカをあんな連中に渡してはいけない。
それも直感が働いた。
彼女は、良縁をもとめて、これから苦手な社交界にでなければならないと言っていた。
ならば、その相手が自分であって悪いことはない。
彼女は美しい。
少しの飾り付けで世の男性の心を虜にしてしまうだろう。
そうなっては、遅いのだ。
(彼女の出会った最初の貴族の男が俺でよかった。)
ジオンの頭の中では伯爵家の息子のことなどチリにも等しい存在だった。
馬車の中での彼女への頬キッス、そして別れを惜しんでした唇へのキス。
ブランカにしてみれば、こんな真近に男性の顔を見る事などなかったのだろう、
完全に固まってしまった彼女を思い出すと何もかもが愛らしいと思えてしまうのだった。
つづく