伯爵家の人々
「デビュタントは、父上が?」
馬車の中でブランカは自然と彼の質問に答えてしまっていることに少し戸惑っていた。
「・・・一応、貴族の娘ということもあって、知り合いの伯爵夫人のパーティで・・・。」
思い出す苦い記憶。
「あの頃は、今よりも貧乏だったから、伯爵夫人の令嬢のドレスを借りて・・・。私も父もああ言う場は苦手で・・・とりあえず早く終わらせたくて、数時間で帰ったが・・・、私たちは、笑いだけを振りまいて帰ったらしい。」
「笑い?」
ブランカはあの日を思い出して苦笑した。
「伯爵夫人の令嬢は、貧乏貴族の私になどドレスを貸したくなかったのだ。だから、とても古い・・・それこそ、裾のすれたようなドレスを貸してくださった。父は学者としては一流だがその辺りは気にもしないので、いいのだが、私には・・・。」
あの時感じたのは、伯爵令嬢の自分や父に対する気持ち。
「父上が馬鹿にされているように感じたんだね?」
ブランカは頷いた。
「しかし、そんな古いドレスを君に貸したと伯爵夫人が知ったら、令嬢は叱られたんじゃないのかな。」
ブランカはまた苦笑した。
「その辺は少し事情があって、複雑なのだ。伯爵夫人は、若い頃、父に憧れていたらしくて。けれど、父にはそういう感情がなく、また、気付かぬうちに、母という存在を見つけられ、伯爵夫人の気持ちなど気付くことなく結婚した。伯爵家としては、身分の低い夫を持たなくて済んだと言うことで、父には感謝しているようだ。だから、伯爵家は今でも私の家を時々は助けてくれている・・・。」
ブランカはため息を吐いた。
「しかし・・・。」
ジオンは、彼女が全てを語らなくても、悟っていた。
伯爵家としては、王家の誉れも高い、学者であるブランカの父親を援助していることで面目は保てるが、伯爵夫人としては、自分の気持ちになど全く気付くことなくブランカの母を選んだ父に対するわだかまりがあるのだろう。
きっと、その娘は、その話を母からイヤというほど聞かされて、パーティに招待する彼女に恥をかかせることで鬱憤を晴らしているのだと考えた。
「伯爵家には、跡取り息子がいましたね。」
ブランカがギクリとした。
表情は変わらないが彼女の硬直具合で、息子が彼女にチョッカイを出しているのだろうと確信した。
「彼は、親切にしてくれるが、母親や令嬢には逆らわない。」
「彼がいるから、あまり、伯爵家とは親しくしたくないのだね。」
かすかに頷くブランカ。
彼は親切だが、事あるごとにブランカを貧乏だとけなし、父を侮辱する発言をする。
「学者としては、お父上はとても誇り高い方だが、貴族としての誇りはどうでしょう。財務に関して無関心な領主など、民を苦しめるだけではないですか。貴方には持参金がない。ですから、私が貴方を妻に迎えることは家のことを思うと許されないでしょう。でも、安心を。私は貴方を愛人にしてあげられます。お金に苦労することなく、暮していけるほどに・・・。どうです、ブランカ。私の手をとりませんか?」
お金のために自分の愛人にならないかと言われた。
黙っていて、綺麗なドレスなど身なりを整えていれば、ブランカが誰にも引けを取らない美しい姫に変身することを彼は知っているのだ。
美しい愛人を囲うことも貴族としての矜持だと思っていることも彼は堂々と告げた。
つまり、彼の父親はそう言う人で、彼を見て育ってきた息子も基本、美しい女を囲うことはステイタスに繋がるという考えの持ち主なのだ。
2度ほど、どうしてもと誘われたパーティでは、その父親にまで愛人になれと言われ、ブランカは二度と伯爵家に足を踏み入れなくなった。
それでも、伯爵夫人は上顧客だ。
その縁を切るわけにはいかない。
「とりあえず、彼らからの招待状は無視しているが、こちらの足元を見られているので、そろそろ、応じるだろうとは思われてるだろうな。」
大きなため息。
彼らどちらかの要望に答えて、その屋敷を訪れる。
その条件を飲まないことには、いずれ妻である伯爵夫人には、一言口添えをするぞと言われた。
「アシュットバル家にかかわるレースなど、手に取るな。」
上顧客を失っても、伯爵親子には屈したくないブランカだが、伯爵が言えば、他の客も遠ざかっていくことだろう。
ソレを思うと、ブランカには自然とため息が。
「では、ブランカ。あなたが、伯爵家に妙な義理を感じなくてもいいように、これからは、私に関係するパーティに参加してはどうですか?」
ジオンがブランカに笑顔を向けた。
暢気にも、やはり、この人はいい香りがすると彼女は思った。
「そして、彼らの招待するパーティには私とともに参加する。」
ブランカは意味が分からないと首をかしげた。
「とりあえず、私のパートナーとなれば、伯爵家は手出しできない。それに・・・漏れなく、我が母という、伯爵夫人よりももっといい商売相手が見つかるし。」
クラインハイブ公爵夫人がレースを気に入ってくれたとしたら、もっと、もっと心を込めて作ることができる。
「貴方の家のことを思って、貴方のレースを使って差し上げてるの。分かってらっしゃるかしら?私への恩義を感じているのなら、主人や息子に手を出さないで頂戴。」
亭主と息子に口説かれて困っているところを夫人に見られたことがあった。
それ以来、彼女は何かにつけブランカを淫乱女だと罵るようになった。
上客だったが、もう無理かもしれない。
そんな思いで今日は最後の作品の納入に来ていたのだった。
つづく