銀の精霊騎士現る!
精霊ってのは大袈裟です。人間、人間。
時代考証無視の架空イギリスの昔話です。
「本当によろしんですか、お嬢様。」
大きな荷物を抱えているブランカをミセス・ボイトは心配そうに見ていた。
「よい。皆にはそれぞれに仕事があろう。たまには街に出て、これの納品のついでに流行のドレスなどを見てこようと思うから。ドレスを買う金はなくても、流行が分かればドレスのリメイクもしやすかろう。」
レースのベッドカバーを注文したのは、知り合いの伯爵夫人だ。
それを昨日やっとの思いで仕上げ、委託販売をしてくれる店に収めに行くことが今日の仕事だった。
できれば、その伯爵夫人のツテでどこかのパーティにでも出かければと言うのは、ミセス・ボイトの案である。
執事は、昨夜仕事の終わった後、老朽化した階段の踏み板が抜けそうになったことに驚き転落、腰を痛めたため動けなくなった。
変わりに行くと言ってもミセス・ボイトと娘のジェシカも、家のことで精一杯なのだ。
少しでも綺麗にしておかねば、いざ家を売る段で値引きされても困るからだが、階段の修理にまたお金がいるとなると一同はまたため息を吐くしかなかった。
家の馬車ではいかない、これもまた、理由がある。
自持ちの馬車はあるが、馬が年を取りすぎて無理をさせられないのだ。
かといって、長年アシュットバル家に仕えてくれた馬である。
人情の厚いブランカはどうしても最期まで面倒を見たかった。
「ジェリー無理はしないくていい。お前はここで大人しくしているのだぞ。」
町外れで敷地だけは何故かあるアシュットバル家の厩舎で彼に声をかけるのもブランカの日課だった。
できるだけ歩いて辻馬車を拾い市街地へと向かった。
ブランカは街を歩く若い娘の姿などを観察した。
暫くして、馬車を降りたブランカは、ショーウィンドウを覗きながら歩いた。
みな上品そうで華やかなドレスばかり。
ふと窓に映る自分の姿を見てため息を吐いた。
そこらへんの街娘と変わらないのだ。
「ホント仕方ないな・・・。」
一息吐いて店の扉を開けた。
重いレースの束を持っていた彼女を気遣ってか、扉を開けてくれた人物がいた。
「すまない。」
「いいえ、どういたしまして。レディ・・・。」
すっと彼女の持つ荷物を受け取ってくれた人物をブランカは店の者だと思ったが、その人物に駆け寄る見知った店の従業員がいた。
「マ、マーティン卿!」
貴族か。
ブランカは、その男の背中を見た。
どうやら客としてきたらしい。
「申し訳ありません、えーと・・・マーティン卿。」
「いいえ、美しいレディの役に立てるのなら・・・。」
振り向きざまに店内の奥を目指していたブランカと彼の目が合った。
碧い瞳がじっとブランカを見て離さない。
あまりにぶしつけな視線にブランカは眉を顰めた。
「・・・美しいお嬢さん、あなたの名前は?」
ブランカは、名乗りもしない相手に名乗るつもりなどなかった。
今度は、ブランカがじーっと彼を見た。
彼はにっこりと人懐っこい笑顔を見せて彼女が望む事を悟った。
「これは、名乗るのが遅くなりました。ジオン・G・クラインハイブと申します、皆はマーティン卿と呼びますが、レディ、あなたにはジオンと呼んでほしいものです。」
世間に疎いブランカもさすがにクラインハイブの名は知っていた。
相手が自分よりも随分位の高い貴族だと分かったブランカは1歩下がって礼儀に則った挨拶をした。
「ブランカ・アシュットバルです。・・・マーティン卿。荷物を持っていただきありがとうございました。・・・では。」
ブランカはさっさと店の主人の方へと向かっていった。
(噂にたがわぬ男だな。)
噂好きの貴婦人がたまにレースを頼みに来る時がある。
自分の年頃の娘の婿として、必ず上がる名前の主でもある。
背も高く、背筋がよいのは乗馬をしているからだろうか、フェンシングのせいだろうか。
そんなことをふと思ったブランカは、未だに彼の視線が自分に注がれているのを感じた。
社交界で彼を知らないものはいない。
シルヴァリー公爵家と並び称されるクラインハイブ公爵家。
女王陛下の末の弟君の家族である。
シルヴァリー家とクラインハイブ家の嫡男は、それぞれが銀髪に緑瞳、青瞳を持ち、1人は、銀の貴公子、もう1人は佇まいがとても美しいこと、フェンシングの腕が一流で反対を押し切って近衛隊に所属していた経緯もあり、銀の精霊騎士と呼ばれている。
シルヴァリー公爵家の嫡男であるライモンとは、何でも話し合える親友関係で、彼とは、貴族社会の銀の双璧と呼ばれている。
(将来の大英帝国には欠かせない人物の1人か。)
ライモンの方は貴公子とよばれるだけあって、気品があり、女性に持てながら硬派である。ジオンは、近衛隊に所属していただけあって硬派な人物だと思われがちだが、自分が美しいことを十分知っていて、一夜のお遊びにも付き合う悪戯っ子なところがあるとの噂だった。
本人曰く近衛隊隊長という夢が絶たれてヤケになっただけなのだそうだが。
精霊のように気まぐれで、騎士のように女性を守る、フェンシングでは負けなしと聞く。
そんな人物と自分との接点といえば、天と地ほどもあるが“貴族である”ということだけだろう。
ブランカはそう考えていた。
つづく
優男登場!!
次回は、6/1です。