復讐の鐘は鳴る
「ジオン様・・・。」
掛けられた声にジオンは寝台から身体を起こした。
腕の中にいる愛しい存在は再びの眠りについていた。
ガウンを羽織りドアへと向かう。
「なんだ?」
ジオンの部屋の前に佇む家令は、ゆっくりと扉を開けたジオンに息を飲む。
「ジオン様・・・そのお姿は・・・。」
がっくりとした表情でため息を零す家令。
「ただの上書きだ・・・余計なことはいい。用件を言え。」
邪魔をするなと言う命に背いて部屋を訪ねてきた家令である。
一枚の紙を渡し、そっと耳打ちする。
ジオンの大きな手が紙を握りつぶす。
「子爵をそそのかしたのは、レディ・ミランダ様のようです。」
ジオンは大きな息を吐いた後、扉から離れ、寝台に眠るブランカの額にキスを落した。
そして、再び、家令の元へ行くと、囁いた。
「その女をこれへ。殺してやるから。」
普段どちらかと言えばニコニコと笑顔を絶やさない若き次期当主の冷徹とも言える目付きに家令は頭を振った。
「ジオン様、なりません。」
ジオンはチッと舌打をした。
「・・・わかった、殺しはしない。けれど、死ぬより辛い目にあわせていいか?」
家令は優雅に微笑んだ。
「もちろんでございますとも。令嬢の御実家には既に旦那様が制裁の手を伸ばしております。令嬢は昨夜の誕生会で一度ジオン様と踊れたことを大層御自慢しておられる様子だと使いの者が申しておりました。」
弟の誕生会。
誰とも踊るつもりはなかったが、一人だけしつこかった貴族の娘がいたことを思い出した。
曲の半分ほどで具合が悪いとマナー違反も承知の上で彼女の手を離した。
そのことは薄っすらと覚えているが令嬢の顔などジオンの記憶には残ってなかった。
「あの誕生会でジオン様が踊られたのはレディ・ミランダのみ。ここ数ヶ月、何処の招待を受けても、どなたとも踊られなかったジオン様が踊られたとあって、世間では、いよいよジオン様が結婚かと騒ぎになって居られる様子。」
ジオンがため息を吐く。
「その相手がその女だって?」
「はい、御実家共々、周囲に噂をばら撒き、ジオン様が断れないような状況に持っていこうとしている様子。」
ジオンは、部屋でガウンを脱ぎ着替え始める。
時々ブランカの寝顔を気にしながら身支度を整え、部屋を出て行った。
「かといって、令嬢の御実家コンスタンチン子爵家は、昔からホラをよく吹くことで少々有名でして、信じる方々も少ない方だと思いますが、何しろ口がよくまわるので騙されたと、資産を奪われたと言うものも多く・・・。」
「金は持っているってやつか。」
「はい、左様で・・・子爵は、最近ボーフォート女伯爵に言い寄って居られるようです。」
夫に先立たれ、悲しみの淵にいるボーフォート女伯爵は、夫の抱えた借金を返す手立てがなく困っているとの噂を耳にしていた。
「もしかして、」
「はい、御主人である故・ボーフォート伯爵の作った借金と言うのは、子爵が用立てたもので、おそらく・・・。」
「目的は爵位か。ボーフォート女伯爵と結婚し、その爵位を奪うつもりなんだな。」
コンスタンチン子爵がどんな顔だったのか、ジオンは思い出そうとするが、難しいことだった。
「ジオン様、侯爵家をお継ぎになるのです、人の顔と名前を覚えるよう努力してくださいませ。いつまでも直感で人の善悪を見抜くことに頼ってばかりではいけませんよ。」
幼い頃から自分の性格を熟知しているグスターヴァスが相手では、言葉もないジオンであった。
つづく