憔悴と憤怒
声と同じく震える彼の指がブランカの頬に触れた。
流れていた涙は拭いたものと思っていたが、ジオンはそっと彼女の涙を拭った。
「すまない・・・遅くなって。」
ブランカの目には何も映っていなかった。
「ブランカ?」
再び頬に触れようとする彼の手を彼女は払った。
「も、もうお戯れはその辺りで・・・あなたといると自分が醜い人間のように感じてしまう。」
支持力を失った足でなんとか立ち上がる。
ふら付く体をジオンが支えようとするがブランカはそれを拒否した。
「ブランカ・・・。」
「来なければよかった・・・。」
ぼそりと漏れた本音。
何が悲しいのか涙が止まらなかった。
「ブランカ。」
ジオンが彼女の名を呼ぶが、今の彼女には反応できない。
「家に帰りたい・・・ここは、イヤだ。」
フラフラと歩いていく彼女にジオンが手を差し伸べる。
「ブランカっ!駄目だ、行かないで。」
振り払いたくても今の彼女にはその力がなく後からジオンに抱きしめられた。
「やっ、放せ・・・。」
もがく彼女をジオンは更に抱きしめて体を自分の方に向けた。
目の前、腕の中にいるブランカは今まで見たことがないほどに憔悴していてポロポロと涙を流していた。
「泣かないで・・・。」
彼の唇がこめかみや、瞼に落されていく。
その温もりに甘えたい、身を委ねたいと思っていてもブランカの心が駄目だと警鐘を鳴らす。
「だ、駄目だ・・・私に触れるな・・・私は、貴方には相応しくない。私は汚れてしまったんだ・・・。あの男達に。」
唇から血が滲んでしまうほどに彼女の唇が歪む。
「そんなこと、ある訳がない。あんな男に触れられたくらいで、貴方が汚れるわけがない。」
ブランカは潤んだ眼でジオンを見上げて頭を横に振った。
「わ、私は、恥ずかしい・・・あ、なんな・・・。」
言葉にするのさえオゾマシイ行為だと思った。
気持ち悪いとしか感じなかった。
自分に触れる初めての男は、今自分を抱きしめているジオンのように優しい手であって欲しかった。
そう思った瞬間、彼女は体を硬くした。
(い、今何を思った?あ、浅ましい・・・なんて私は浅ましい女なんだ・・・。)
自己嫌悪に陥るブランカは彼の体から離れようとする。
しかし、ジオンは腕の力を緩めてくれなかった。
「貴方は何処も汚れてなんかない。汚れたというなら、俺が、俺が綺麗にする。貴方に触れた初めての男はあんなヤツラではない。俺だ!俺だと思えばいい。だから・・・。」
頭がクラクラし始めたブランカは何故今ジオンの腕の中にいるの分からなくなっていた。
「貴方ほど俺の心を乱す人はいない。貴方が好きなんだ。貴方が・・・。」
彼の告白はブランカには届いていなかった。
「酷い耳鳴りがする・・・。頭が痛い・・・帰りたい・・・安全な場所へ。」
体から血の気が引いていく。
これ以上関ってはいけない。
そう思えば思うほど彼女の意識は遠のいていく。
「ブランカ?」
ガクッと彼女の体から力が抜けた。
「ブランカッ!」
名前を呼ばないで欲しい。
彼女は薄れ行く意識の中でそう思った。
ぐったりとなった彼女の体を抱きしめるジオンは呟いた。
「グスターヴァス・・・。」
いつの間にか側にいた侯爵家の家令に囁いた。
「彼らに制裁を。手段は選ばない。彼女が与えられた苦痛、俺が感じた憎悪を思い知らせてやれ。」
いつになく厳しい言葉。
ジオンはブランカを抱き上げた。
つづく
ちょっと短く、で、少し改稿。