勘違い
悔しい。
ブランカはそう思いながら邸宅をドンドン歩く。
階段を駆け下り、とりあえず、あの失礼な男のいる部屋から遠ざかりたかった。
あれが自分に対する周囲の評価なのだと彼女は思った。
名もない、貧乏貴族。
侯爵家などという上級貴族の屋敷にくるなど間違っていた。
声をかけられて、あの綺麗な瞳に自分が映っているのを見て、送られた言葉やドレスに心が揺れて、目が眩んだんだ。
(なんて愚かな。)
きゅっと咬んだ下唇。
強くかみすぎた唇からは俄かに鉄の味がした。
彼も弟君も自分には好意的だと思った。
周囲の視線は気になったがそれどころではなかったのが悔やまれた。
「帰ろう・・・。でも、その前に・・・。」
自分を落ち着けなければと彼女はパーティ会場の隅を小走りに歩いた。
ドレスを着ながらも凛とした姿勢で前を見ながら突き進んでいく姿にパーティに訪れていた紳士達が振り向いていたことなどブランカは全く気付いてなかった。
ジオンの弟の誕生日パーティであるが、招待されているのは兄であるジオンの年代に近い者達が多く彼の仕事関係の中流家庭の者達も来ていた。
彼らは商人としては一流だったが貴族ではなかったことにコネがなければ侯爵家のパーティには出られない。
けれど、ジオンも弟のリオンもそんなことには一切構わない人柄だったため、貴族達も商人の姿を目にしてても文句は言わず笑顔を顔に貼り付けていた。
(あの商人たちよりも私は駄目だ。)
そんな風に思っているのは彼女と一部の女性陣だけだったが、ジオンがブランカをエスコートしてやってきた時は誰もが目を見張ったものだった。
とても美しいブランカに向けられる男性陣の羨望のまなざしと、女性陣の嫉妬に燃えるまなざし。
少々鈍いところがあるブランカはどちらにも気付かず、ただ転ばないことにだけ注意を払い歩いていたので、目の前にジオンの弟がいて挨拶をされた時は正直何を口走ったか覚えていなかった。
久しぶりの社交界。
自分にあれほどまで熱い、甘い視線を送ってくるジオンが側にいてくれたら、彼の言う通り自分のレース編みに対する顧客も増えると思っていた。
なのに、気が付けばド緊張の嵐。
おまけに変な男に絡まれて、啖呵を切ってしまった。
(淑女のすることではないな・・・。)
ジオンの部屋を飛び出して迷子になりながらも外を目指したブランカ。
やっとの思いでたどり着いたバルコニーで頬に風を受けて漸く我に返った。
ハイド夫妻には申し訳ないが、弟君は兎も角、ジオンとのことはきっと侯爵夫人にも反対されるだろうし、周囲の反応もあの男と同様なのだろう。
そう思うと胸が痛かった。
お世辞すら言ってもらえたこともなかったブランカは大きくため息と吐く。
「恥知らずもいいとこね、」
掛けられた女の声に彼女は振り向いた。
そこには、淡いピンクのドレスに身を包み、扇で掌を叩きながら近寄ってくるレディ・ミランダの姿があった。
つづく