誇り
「・・・するな。」
彼女の口から聞こえた言葉。
男は聞き取ることができず、聞き返す。
「ん?」
「バカにするなと言っている。」
貴族の令嬢らしからぬ眼光と発言に一歩下がる。
「いくら貧乏だからとは言え、自分自身を借金の形にしようなどとは思わぬ。マーティン卿の思惑が何であれ、貴族の矜持を捨ててまで彼に身を捧げるつもりなどないわっ!」
男を突き飛ばさない勢いでブランカは部屋を飛び出した。
しばらく呆然としていた男は、フッと気付き、笑い出した。
「はははっ、さすがジオンが気に入るだけはある・・・。」
ひとしきり笑って、この部屋に帰ってくる彼を待とうと思っていた男はハッとして今度は顔を青ざめた。
「・・・ヤバイ・・・その獲物を逃してしまったではないか!!」
ジオンが帰ってくる間に退散しようと男は部屋のドアに手をかけた。
しかし、次の瞬間、開いた扉の向こうにいた青い瞳とぶつかった。
「・・・アンドリュー・・・殿下?・・・何故ココに?」
ふと部屋の中を見ると愛しのブランカの姿がなかった。
ジオンは横目で隣に立つ男を見る。
自分より年上の親戚で、幼い頃からジオンを猫可愛がりしているのが、このアンドレアス・ケンジー・キッシンジャー皇太子殿下である。
濃い茶色の髪にジオンと似た青い瞳を持つ彼は、これからの王を支える頼もしい皇子であるが、いかんせんお茶目なところがあった。
お気に入りの従兄弟であるジオンと、もう一人シルヴァリー公爵家のライモンのことがお気に入りで、いずれは彼等を自分の側近に置きたいと考えている人物でもあった。
「アンドリュー?ブランカに何かしましたね?」
「あ・・・いや、その。」
いつものように、ジオンの部屋を探り当て勝手に忍び込んだ女だと思った。
彼に勝手に恋焦がれ、玉の輿の乗ろうとするものは後を絶たない。
そんな彼女達を蔑み、返り討ちするのがアンドリュー殿下だ。
公務以外、えてして暇な彼は、偶にひられる親族のパーティにお忍びで訪れては目の眩んだ乙女達を誘惑して遊んで捨てると言う悪趣味を持っていた。
「言っておきますけど、いつも貴方がからかっている令嬢と彼女は違ったでしょ?雰囲気が・・・。」
ジリジリと距離を詰められる殿下。
「ちょーと、からかってやろうとな?」
「・・・で?彼女の反応は?」
「鬼の如く怒られてしまった。」
その答えにジオンの口角が上がる。
「いつも俺にたかってくるハエ令嬢を追っ払い、手痛い仕打ちをしているのは黙認しますけど、彼女にもし、余計なことを言って、俺に対する信用がなくなっていたら、許しませんから。」
ジオンは臣下の礼を取った後、部屋を出て行こうとする。
「ジオン!」
声をかけられて振り返る。
「本気か?」
「ええ、だから追いかけているんです。」
にっこりと微笑んだ彼の顔は以前のものとは違い真剣さを孕んでいた。
彼らしからぬ行動。それが全てを物語っている。
「女王陛下が知ったら、俺にまで被害が来るな。」
殿下は頭を掻いた。
未だ相手の居ない従兄弟達。
だからこそ遊んでいられたのは事実だが、先日、ライモンに運命の人が現れたらしい。
「ジオンだけは、まだまだだと思っていたのに・・・。」
自分も真面目に相手を探さねばならないらしい。
彼の嘆息は誰にも聞かれてはいなかった。
つづく