019 質素な食事
(慎重に慎重に……)
リーベがゆっくりと魔力を籠めていくと、紫紺の珠は太陽のように白く、煌々と輝いた。その時、フェアの口から次なる指示が飛ぶ。
「そこで止めてください」
「は、はい……!」
魔力の供給を断たず、かといって流し過ぎず。絶えず同量の魔力を籠めた状態を維持する。そう意識しているがしかし、チラチラと光量が変化してしまう。しかしここで慌ててしまえば全てがご破算だ。努めて冷静に魔力を調整し……
「そうです。そのまま……」
「すう……ふう……」
「ゆっくりと魔力を弱めて……そこで止めてください。そうです……今度は強めて……」
言われるままに魔力を制御していると「もう結構です」と言われる。
魔力を引っ込め、達成感に胸を高鳴らせていると腹が鳴った。慌てて腹を押さえると、フェアはくすりと笑って空を見上げた。目線を追うと、太陽は既に天頂を過ぎていた。
「おや、もうこんな時間ですか。少し遅いですが、お昼にしましょう」
そう言ってヴァールたちに手を振ると、向こうも振り返してきた。
「テルドルに戻るんですか?」
「いいえ。ここで食べます。食べますが……お口に合うかどうか」
彼にしては珍しく、申し訳なさそうな顔をしていた。
それを不思議に思いつつも、彼を苦渋させるその何かに対し、リーベは畏怖の念を募らせるのだった。
訓練場に立てられた小屋の中には家具の類いが一切なく、雨風を凌ぐためだけの空間であった。そんな無機質な空間の中で、リーベたち四人は車座になって昼食を摂ることに。しかし彼女はエーアステに戻って食べるものだと思っていたものだから、何の用意もしていなかった。
「あの、わたし、お弁当なんて持ってきていないんだけど……」
「俺らの方で用意しといたから安心しな」
そう語るヴァールの顔には表情という物がなかった。
他方、日頃無表情なフロイデはというと、今は明確に嫌そうな顔をしている。
この異常事態にリーベは大いに困惑したが、フェアから分け与えられたそれを見て、全てを理解したのだった。
「干し肉とビスケットです。行動食として常日頃携帯しているのですが……お察しの通り、味は悪いです。なので今のうち慣れていただこうと思ったんです」
「なるほど……」
リーベの父エルガーは冒険者を引退して良かった事の一つとして、これを食べなくて済むことをあげていた。それ程に不味いのだ。
彼女が恐々としていると、ヴァールが諭すように言う。
「日頃美味いもんばっか食ってるお前の事だ。今のうち慣れとかねえと後が大変だからな。観念しろ」
「……う、うん。わかった……」
それ程までに忌み嫌われる食べ物とは一体……恐ろしく思いつつも、一方で楽しみ感じている自分がいた。そのことにリーベは、人間の感性が妙なことを感じずにはいられなかった。
視線を下ろした先にそれらはある。
赤褐色の肉塊と、手の平サイズのビスケット。いずれも質素な見た目で、とても食欲は湧いてこない。これを進んで食べるということは即ち、他に食べるものがないと言うことで。リーベは食事の面から冒険者業の過酷さを知らされるのだった。
「い、いただいても?」
「どうぞ」
「じ、じゃあ、いただきます」
みんなが見守る中、リーベは干し肉に齧り付いた。
「あぐ……むぐむぐ」
干しているだけあってパサパサとしていて、グニグニと固い食感は噛み千切るというより、噛み潰すと表現する方が適切だろう。味は牛肉の特有の赤い風味が凝縮されていて、微かな塩みを感じる。だがこの具合から鑑みるに『味付けのため』ではなく、『保存が利くように』という目的で調味されたのは明らかだった。
「美味しくない……」
「だろ?」
「そうでしょう」
「……やっぱり」
3人は口々に同意を示した。
それ程までに嫌われているこの食べ物が可愛そうになってくるが、それは彼らの献身の証なのだ。だから不味さも愛嬌というべきだろう。
「こっちは?」
ビスケットを手にすると、ヴァールが忠告する。
「固いからふやかして食えよ」
「ふやかすって、どうやっって?」
「咥えて唾でふやかすんだ。下手に砕こうとすると前歯がやられるぞ」
「ええ、怖い……」
「冒険者は前歯欠けてる人、多い」
フロイデの言葉にリーベ思いだした。
(そういえばボリスさんは前歯がなかったっけ……)
身近な人を襲った不幸に彼女は震え上がった。
(前歯がなくなったら、もう人前で笑えなくなっちゃう……!)
「うう……わ、わたしは干し肉だけでいいです」
ビスケットを置こうとした時、フェアがピシャリと言う。
「それはいけません。ただでさえ、冒険中は栄養が偏りがちなのですから、その上で偏食など言語道断です」
「ご、ごめんなさい……」
「分かれば良いのです。それより、私たちもいただきましょう」
「そうだな」
「……うん」
こうして昼食が始まったのだが、誰もが黙々と食していて団欒などなかった。
食事を終えると訓練を再開した。
「そのまましばらく」
その指示から数十秒の後、フェアが次なる指示を出す。
「弱めて、もう一度」
「は、はい……!」
一度脱力してから限界を狙うのには骨が折れたものの、無事、成し遂げた。その事実に達成感と昂揚を覚え、リーベは自尊心が満たされるのを感じた。
魔力を引っ込め、溜め息をつくとパンパンと乾いた音を耳にした。振り返るとフェアが大変満足そうな笑みを浮かべて手を打ち鳴らしていた。
「素晴らしいです。この分だと次の段階へ進んで良いでしょう」
「本当ですか⁉」
「ええ。ですがその前に休憩しましょうか」




