012 冒険者登録
シェーンを家に1人残して、リーベとエルガーはヴァールたちの元へと向う。
道中、相変わらず通行人は少なく、衛兵が行き交うばかりで、リーベにはまるで過疎化してしまったかのように感じられ、悲しくなった。
「…………」
「これがお前の護るものだ。よく見ておけ」
父の言葉にリーベは息を呑み、街の様子を目に焼き付けながら歩いた。そうして数分の後、2人の目の前には大きな建物が現れる。
テルドルの建物は大抵が石造りのため灰色だが、この建物は例外的に仄赤いレンガで建てられている。橫に広い建物で、正面には大きな窓ガラスが張られており、内部には逞しい男たちの姿が見える。
「冒険者ギルド……」
「そうだ」
短く答えるとエルガーは娘の正面で屈み、目線を合わせて問い掛ける。
「もう後戻りは出来ねえぞ。本当にいいんだな?」
「…………うん……!」
「そうか……」
彼は物寂しい目をしながらも立ち上がり、リーベを先導して中に入った。
ギルドは天井の高い建物で、利用者層の割りにオシャレな内装をしている。それは屈強な男たちが集うこの物々しい空間に、一般の人が入りすいようにという配慮であった。受付に決まって女性が立っているのもその為だ。
「わあ……」
リーベが久々に訪れるギルドの様子を観察する一方、エルガーは弟子の姿を探した。
「ええと、ヴァールは……と。お、いたいた」
「え、どこ?」
父の視線を追うと、建物に入って右手奥の掲示板の前に大きな背中があった。その隣には中小の背中が並ぶ。
2人が近づくと3人は気付いた。
「あ、師匠――リーベ……お前…………」
ヴァールはリーベの目を見据えると、父と同様に覚悟のほどを問うてくる。
「本気なんだな?」
「うん……!」
「……そうか。地獄へようこそ。歓迎するぜ」
そう言って手を差し伸べてくる。それを握り返すと、フェアとフロイデの方を見る。
「ご迷惑を掛けることもあると思いますけど、精一杯頑張りますので、よろしくお願いします」
「こちらこそ」
「…………」
フェアはいつも通り穏やかな笑みを浮かべている。その一方でフロイデは目を丸くし、驚愕を露わにしていた。
「それで師匠、リーベはどっちにすんだ?」
「どっち?」
(なんのことだろう?)
「女なんだし、魔法使いの方が向いてるだろうよ」
それでいいな? とリーベに呼び掛ける。彼女はよくわからないまま頷いた。
「う、うん……」
だが本心では、父と同じ剣士になりたかった。しかし、命が掛かっているのだからと、呑み込んだ。しかし自分が魔法を駆使して魔物に対抗する姿を想像すると、自然と胸が高鳴った。
(いけないいけない! 遊びじゃないんだから!)
かぶりを振って妄念を振り払っていると、フェアが言う。
「では僭越ながら、魔法については私の方からご教示いたしましょう」
「よろしくお願いします」
彼が微笑む一方、その相棒が言う。
「それじゃ、冒険者登録に行くか」
エルガーとヴァールに先導されて、リーベは受付へ向かう。道中、周囲の人々がひそひそと彼女を噂する。
「エルガーさんの娘が冒険者になるってウワサは本当だったのか」
「ああ、これでこの街も安泰だな」
その言葉を耳にして気恥ずかしさを覚えつつも、身に余る期待に息苦しいものを感じていた。
考えるまでもなく、今の彼女にはそんな力はない。それでも――だからこそ頑張らなければならないのだ。街のみんなの希望になるために。
決意を新たに受付にやって来ると、カウンターの向こうでは受付嬢のサリーが目を丸くしていた。
「リーベちゃん⁉ まさか……ほんとうに冒険者になるの?」
「はい。これからお世話になります」
リーベが一礼するとサリーは慌ただしく一礼し返す。
それから金髪を紺色の制服の襟元でちらちら踊らせながら、親子を交互に見る。
「え、エルガーさん。本気なんですか?」
振り向いた先でエルガーが頷くと、サリーはようやく現実のことと理解した。
「そ、そうですか……リーベちゃんが…………なんだか、感慨深いです」
不安な目をした彼女だが、リーベが視線を合わせて頷くと納得し、小さく咳払いをして気持ちを切り替える。
「こほん……ご用件は冒険者登録でお間違いないでしょうか?」
「はい。お願いします」
それから登録手続きを終えた。
「このまま冒険者カードの作成に移らせていただきます。発行までに少々お時間を頂きますので、掛けてお待ちください」
「はい、よろしくお願いします」
その言葉を最後に3人は受付を離れる。
「どうやら無事に手続きを終えられたようですね」
「はい。あの! わたしも次の冒険に連れて行ってもらえるんですか?」
勢いに任せて言うと、ヴァールが苦笑する。
「そう逸んなって。まだ道具とかも準備できてねえんだろ?」
「あ……そうだった」
彼女があんぐりとすると、ヴァールは微笑みながら頭を掻いた。
「たく。そんな無計画じゃあ、先が思いやられるぜ」
(おじさんに無計画だと言われるなんて……)
リーベが若干の敗北感を抱いていると、彼は仲間の方へ小さな瞳を向ける。
「んで。お前らはなんか良いもん見つけたか?」
その問い掛けにフロイデが短く答えながら依頼書を取り出す。
「これ」
「どれどれ」
リーベはつま先立ちになって横から依頼書を覗き込むと、『フライバーンの討伐』とあった。
「ふらいばーん?」
「馬鹿でかいトンボだ。飛んでるだけで暴風を起こす厄介なヤツなんだよ」
「へえ……」
(フライパンみたいな名前……)
そんなくだらないことを考えている間にも冒険者3人は依頼を受けるため受付へ向かっていった。
エルガーは彼らを見送ることなく娘に言う。
「リーベ。お前が戦うのはああいう化け物連中だってことを、よく頭に入れておくんだぞ?」
「う、うん……!」
意気込んだその時、サリーに呼ばれた。冒険者カードが出来たのだ。
リーベはわくわくさせられたが、そればかりではいけないと気を引き締めた。
冒険者カードが出来上がると、そのまま冒険用の衣服や防具を買い揃えた。
「ただいまー!」
ホールに入ると、そこに母の姿はなかった。リーベは首を傾げたが、調理をする音と共に美味しそうな匂いが漂って来たことで母が厨房にいるのだと知った。それに導かれ、厨房へ向かう。
「ただいま」
そこにはシェーンがいた。彼女はキッチンナイフをまな板の奥に置くと振り返る。
「おかえりなさい――ってまあ!」
娘の姿を見るや、まるで数年ぶりに再開したような、そんな大げさとも言える反応を示した。
「ふふ、もうすっかり冒険者ね」
先程はあんなに泣いていたというのに、今では清々しいまでの笑顔を見せてくれている。
それに対しリーベは娘を気遣っているだけなのか、はたまた素直な感情なのかわからなかったが、母が笑顔を見せてくれたのがとにかく嬉しかった。
「うん! ドラゴンだってやっつけちゃうんだから!」
ブンブン剣を振り回す仕草をすると、即座に「こら、厨房で暴れないの」と窘められる。
「ご、ごめんなさい……」
「はは! 叱られてやんの」
カウンター越しにエルガーがにっかりと笑う。
「ほら、燥いでねえで荷造り済ませちまうぞ」
「あ、はーい――それじゃお母さん、また後でね?」
「ええ――とそうだ、今晩はトマト煮よ」
「え、ほんと!」
(ふふ、今日は良いことずくめだよ!)




