3 ついに、わたくしは拾う
姫視点
今日もセレインは、わたくしを引き止めてはくれませんでした。
「……本当に、なんてバカなことをしているのかしら」
溜め息を吐きながら、一人、森へと続く道をとぼとぼ歩きます。
何もわたくしだって、好きでこんな愚かな方法を取っているわけではないのです。ですがもし王女自ら求婚などしてしまえば、それは相手にとって大きな圧力となるでしょう。
ただでさえ、彼にはお父様が失言してしまった過去があります。娘の気持ちをくもうとした親心からだったのでしょうが、あの時は本当にぎょっとしました。
国王陛下から姫婿に指名されては、例えセレインが嫌だとしても断れないではありませんか!
幸いにも『そんなことは望んでいない』と言ってすぐに阻止することができましたが、もしあの場に自分がいなかったらと思うとゾッとします。わたくしは、権力で強引にセレインを縛りつけたいわけではないのです。
落ち込みながら歩いているうちに、わたくしはいつの間にか森の中へと入り込んでいました。やわらかな木漏れ日が差し、遠くからは小鳥の囀りが聞こえてきます。
いつもと何の変わりもない、穏やかな森の姿がそこにはありました。
……つまり、今日も王子は落ちてなんかいないのです。人間界から侵入者がいたならば、森の動物達はもっと騒がしくしているでしょうから。
「ええ、わかっていたわ。誰も落ちているはずがないって」
聞く人もいないのに、わたくしは事実を確認するように言いました。
そう、本当はわかっていたのです。わかっていたのに、わたくしはセレインの気を引くために足掻き続けていたのです。周りにもすっかり迷惑をかけてしまいました。もうこんなことは終わりにしなければなりません。
「そうね、帰りましょう。ほら、見渡したって誰も」
辺りをぐるりと見渡している途中で、ふと、わたくしの視線が止まりました。
「え」
……人です。
「嘘」
そう言って何度か瞬きしてみましたが、やっぱりそうとしか見えません。人です。
大木の、その根本に。黒っぽいローブを纏った人が落ちています。
「そんな、まさか」
本当に落ちているなんて!
正直ものすごく動揺しましたが、このまま放置するわけにもいきません。わたくしは、できるだけ足音をたてないよう慎重に近づいて行きました。
遠目に見る限り、落ちているのは男性のようでした。彼は木の幹に凭れるような姿勢で座っています。ぴくりとも動かないのは、意識が無いからでしょうか。
フードを深く被っているため顔を確認することはできませんが、美しい銀髪が零れ落ちているのが見えます。
ああ、彼は王子なのでしょうか!?
ある程度まで近づいたところで、わたくしは足を止めました。
王族であるわたくしは、かなりの魔法の使い手です。護衛のいない今のような状況でも、普通の相手であれば遅れを取ることはありません。ですがこんなところに落ちている時点で、この男は普通ではないでしょう。いきなり駆け寄って手を差し伸べるのは危険かもしれません。
こんなことなら、せめて杖でも持ってくるべきでした。杖があれば、つついて様子を見ることができたのに。
「ああ、でも、つつくなら枝でもいいかしら。こうなったら、枝でつついて様子を」
「……止めて下さい」
「!」
意識が無いと思っていた男から声を掛けられ、わたくしはピシリと固まりました。
固まったままでいるうちに、男がゆっくりと顔を上げます。わたくしは目を見開きました。
世界一美しいのではないかと思うほど、大変に美しい男です。なのにその顔を見たわたくしは、ただただ混乱するばかりでした。
なぜならば。
「おまえ……おまえ、ここで何をしているのです。セレイン」
そう。
そこに落ちていた男は、セレインだったのですから。
「何をしているかですって?」
セレインは私を見つめたまま、大真面目にこんなことを言いました。
「もちろん、誰か拾ってくれないかと思って落ちていたのですよ」
「……」
いったいどういうことなのでしょう。
セレインは私の想いに気づいた上で、無視していたのではないのでしょうか。
それともまさか、兄様に頼まれて仕方なくここへ来たのでしょうか。
「おまえ、もしかして兄様に何か言われて来たのですか」
「ええ。ですがおそらく、貴女が考えているような意味ではありません。……姫、殿下は私に教えて下さったのです」
「何をです」
「私が姫に振られたのは、私の誤解に違いないと」
わたくしはびっくりしてしまいました。
「わ、わたくし、おまえを振ったことなどありません!」
「ああ。ではやはり、私の誤解だったのですね」
ホッとしたようにセレインが微笑みます。それから彼は、座ったままわたくしに向かって手を差し出しました。
「……なんの真似です」
「残念ながら、私は王子ではありません。ですが、もしそれでもいいのなら」
「……」
まさか……まさか、拾っても良いということでしょうか!?
わたくしは、なぜか体全体がぷるぷると震えてきました。
そんな都合の良い話があるでしょうか。ああ、でもセレインは、わたくしが来るの知った上で自ら落ちていたのです。つまりはそういうことなのでしょうか。
「おまえ……おまえ、拾ったら2割はわたくしのものになるのですよ!? いいのですか」
「貴女が望むのなら、全部差しあげますよ」
わたくしは頬どころか、顔全体が熱くなりました。
『王子は森に落ちていない』と以前セレインはいいました。
でも嘘です。
だっていま目の前に、わたくしの王子が落ちているのですから。
最後まで読んでいただきありがとうございました!
セレインはいったいどのように先回りして、じんな顔で待機していたのか気になるところです(笑)
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