2 さらに姫様は拾いに行く
それからも、私と姫は同じようなやり取りを繰り返した。
姫は見合いが失敗するたび森へ王子を拾いに行き、そして手ぶらで帰って来る。
そろそろ現実に気づいても良さそうなものだが、姫は頑なに王子を拾いに行くのを止めなかった。ここまでくるともう、姫も意地になっているのかもしれない。
そうして今日、ついに姫の20回目の見合いが失敗した。
「どうにかしてくれ、セレイン」
城の廊下で会うなり、王太子殿下がいきなり私に詰め寄ってきた。私と同い年の彼は、子供のころからの付き合いなので、人目の無い場所ではかなり気安い態度を取ってくる。
「どうにかと言われましても」
「妹は、このままでは死ぬまで独身だぞ」
いや、そんなことを私に言われても困るのだが。
「すべては姫様しだいではないでしょうか」
私は思っていたことを正直に口にした。
そう。
そもそもあれほど美しい姫君の見合いが、なぜことごとく失敗するのか。すべては、姫が相手に難癖をつけて断っているからなのである。
ある時は『頼りがいがないから嫌だ』と言って断り、押しの強い男と引き合わせれば『強引な男は嫌だ』と言って断り、それならと優しい男を連れて来れば『優しいだけでは嫌だ』と言って断る。
花婿候補と引き合わせるたび断る理由は自由自在に変化するので、対策の立てようもない。今日などはついに『わたくしより美しくないから嫌だ』という、無茶ぶりで相手の男を撃沈させていた。
見合い相手は十分に整った美しい顔立ちの男だったのだが、何しろ『世界中の美という美を集めて創り上げた』と言われるほどの姫君の発言である。姫より美しい男など、いったいどこに存在するというのか。
「姫様がいちいち難癖さえつけなければ、婿などすぐに決まると思いますよ」
「すぐ決まるっておまえ、アウレリアは」
「ああ、噂をすれば」
廊下の向こうから、姫がやって来るのが見えた。
そろそろいつもの『森へ行く』宣言をしに来る頃合いだと思っていたのだ。
「兄様、セレイン。ごきげんよう」
しかし私達に挨拶してきた姫は、珍しく侍女もつけずに一人だった。いつもなら森へ行くための面子を引き連れて現れるのだが、さすがの姫も諦めたんだろうか。
「わたくし、今日こそは森へ行って王子を拾って来ます」
ぜんぜん諦めていなかった。
その解決方法だと、殿下の心配していた通り貴女は死ぬまで独身ですよ。
内心そんなことを考えていた私だったが、姫は私には予想もつかない解決策を言い出した。
「今日はわたくし、奥の森へ行くことにするわ」
「なんですって?」
私は自分の耳を疑った。
『奥の森』とは、言葉の通りこの城の奥にある森、つまり人間界ではなくこの城の敷地内の森である。
たぶんどこより安全なので、姫が一人で行ったとしても問題はない。問題はないが、王子を拾うという観点から見るとその安全さこそが問題だった。
人間から干渉されないよう、この国には三重の結界が張ってある。それに加え、城の周辺はさらに強力な結界で守られている。つまり姫がこれから向かおうとしている森は、四重の守りの内側なのだ。
人間界の森ならまだ、万に一つくらいは王子を拾う可能性があるかもしれない。だが、この国の森では絶対に不可能だ。外部からは王子どころか、蟻一匹入り込めないだろう。
それがわからないはずはないのに、アウレリア姫はいったい何を考えているのか。
「姫。奥の森へ探しに行くなど、どういうおつもりなのですか」
「きっとわたくし、人間界の森にばかり行っていたからいけなかったのです。まずは自分の足元から探さなくては」
「人間がこの国の結界を破るのは無理ですよ」
「仮にも王子だというのなら、そんな結界くらい突き破って落ちている気概がないといけないでしょう!」
いや、どんな王子だそれは。
「あのですね、姫」
「止めても無駄です!」
アウレリア姫は私の話を遮るように、キッとこちらを睨みつけた。
「いえ、特に止めてはおりませんが」
「なぜ止めないのですか。本当に行きますよ!? 行ってに王子を拾ってきますよ!?」
「ええ。どうぞお気をつけて」
「……」
姫は去り際、まるで原因が私かであるような恨みがましい視線を向けて来た。少し涙目になっているようにも見える。
いや、そんな目で私を見られても困るのだが。
* * * * *
「セレイン、おまえさ」
姫の後ろ姿を二人で見送った後、疲れたように殿下が声を掛けてきた。
「はい、なんでしょう?」
「まったくその気が無いのなら、もうはっきり振ってやってくれないかな。いい加減、可哀そうで見ていられなくなってきた」
「は」
彼から言われた意味が理解できず、私はしばし固まった。
「あの……『振る』とは。一体、誰が誰を」
「君がアウレリアをだよ! ああもう、俺相手にまでとぼけなくってもいいだろう!?」
殿下はやや苛立ったように叫んだ後、すぐに申し訳なさそうな顔付きをした。
「ああ、いや、すまない。おまえを責めたいわけじゃないんだ。分かるよ。王族から乞われてはっきり拒絶するなんて、面倒だっていうのはさ。だからあの子の気持ちに気づかないふりで『かわしてるうちに諦めてくれないかなー』って思うのも無理はない」
「……」
「でも、可愛い妹がおまえの気を引こうとして、ことごとく失敗してるのはもう見ていられないんだよ」
「そんな、振るも何も」
私は盛大に困惑しつつ、殿下に答えた。
「あの、何か誤解があるのでは? 私はそれはもう真っ先に、姫様に振られているのですが」
そう。私はとっくの昔に、姫様に振られているのである。
「いや、まさか」
「本当です」
あれは、私と姫と国王陛下、三人で話をしていた時のことだったか。
細かいところは忘れたが、ふと陛下が、
「そろそろ姫の相手も考えねばなぁ」
といったことを言い出した。そして、
「おお、そうだ! 姫よ、セレインなんて良いのではないかな?」
と、何の前触れもなく、いきなり私の名前をあげたのである。
私の心臓は跳びはねた。
事前の打診も何もなかったことから、陛下は単に『目の前にいた』という理由だけで私の名前を出したんだろう。だが理由はどうでも良かった。姫に想いを寄せていた私にとって、それは願ってもない好機だったのだ。
私は陛下を見、次いで姫様に視線を向けた。
もし、姫が良い反応を返してくれるのなら──そんな期待と不安の入り混じった気持ちで、私は姫の口から出る言葉を待った。
「それなのに、姫様が何て答えたと思いますか?」
過去を思い返しつつ、私はすっかり苦い気持ちで目のまえの殿下を見た。
「いいですか、殿下。姫様は怒りで顔を真っ赤にしながら『わたくし、そんなことは望んでおりません!』って叫んだんですよ」
「ああー……」
私の話を聞いた殿下は、なぜか呻き声を上げた。それから片手で目元を覆い、天を仰ぐ。
「どういう反応ですか、それは」
「……ひどい誤解だ、セレイン」
「え?」
「妹はおまえじゃなくて、父に怒っていたんだよ」




