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六話

 やけに騒がしい声に唸り声をあげ、アーロンは目を覚ました。


 外はとっくの間に暗く、パチパチと炎がはじける音が聞こえる。それが何の音か、見ずとも分かったアーロンは窓際から覗き見ようとも思わず、勢いを付けて上体を押し上げた。


 左足は治療されていたが、念のためにと用意していた松葉杖を使って立ち上がり、空腹に腹を擦りながら、討伐はどうなったか確認も兼ねてリビングへ向かう。すると、なにやら楽しそうな女性二人の声が聞こえてきた。


「――というわけで、聖女の力は元より、治癒以外に用いられていたわけだ」


「なるほど、それは興味深い話ですわ」


 アーロンが扉を開けてリビングに入ると、ギルティアと騎士服姿のブリュンドルが聖女の力について話し合っているところだった。


「アーロン、目が覚めたか」


「おはよう、アーロン君。少々寝坊のようね、腕立て伏せは何回がお望みかしら?」


「団長、勘弁してください。俺はもう騎士団の者じゃないんですから」


「あら、いつもギリギリに起きるあなたへの愛の鞭のつもりだったのだけれど」


 ブリュンドルの扱う大剣は壁に立てかけて置かれていて、パーティの際は流してあった長い髪は後ろで一まとめにされている。


 右傷を持ちながらも、黙っていれば美少女とも言われるブリュンドルは、公爵家令嬢でありながら騎士団長を務めているため、討伐が終わってモーラント家に報告がてら遊びに来ていた。


聖女の力を持った女性は神殿に入る決まりだが、この力を用いた魔物討伐が騎士団に革命を起こし、誰も手出しが出来ない団長の立場へ押し上げた。学園も飛び級で卒業する才媛であり、作戦こそ参謀に任せているが、彼女の指揮に反対する騎士はいない。


 元より血の気の多い性格で頬には大きな傷、両親から結婚は諦められていた。


「アーロン、腹が減っただろう、何か軽食を作ってやる」


「ありがとう、助かるよ」


「まさか本当にアーロン君が結婚していたとはね」


「前に紹介しましたよね?」


「家に居られなくなったから、その場しのぎの偽物のお付き合いかもと思ったのよ」


「失礼ですね!」


 騎士団時代、恋愛に興味がない男代表のアーロンと、恋愛を捨てた女ブリュンドル、二人は話している姿からも相性がいいのではないかと噂されていたが、互いに上司部下の関係としか意識しておらず、背中を押す者もいなかったため、特に何か関係が進むこともなかった。


「ご祝儀になる物でも持ってくればよかったわね」


「いえ、お気になさらず。助けてもらった上に足も手当てしてもらったのなら十分です」


 アーロンの左足はブリュンドルの聖女の力によって傷口が塞がれていて、痛みもない。


「まだ力は入らないようだが、彼女の力は優秀だ。傍で力を行使するところを見せてもらったが、神殿の聖女とは比べ物にならないぞ。これならすぐに杖無しで歩くことができるようになるだろう」


 コトンとテーブルに置かれたスパゲティはバジルソースで和えられていて、アーロンの食欲をさらに刺激した。


「ブリュンドルもどうだね?」


「では、お言葉に甘えようかしら」


 ギルティアは多めに作ったスパゲティをとりわけ、ブリュンドルの前にも置いた。


「魔物はどうなりましたか?」


「無事に片付いたわ。今は副団長の指揮でお片付けよ」


「魔物の肉でバーベキューすることをお片付けと呼ぶのは止めません? 僕らは助かりますけど」


「実際お片付けじゃない。食料も確保できてちょうどいいもの」


「はは……、相変わらずですね」


 騎士団は身軽にするためにも最低限の食糧しか持ち運ばない。飢えて死にたくなかったら何としてでも魔物を狩れというブリュンドルの愛の鞭だった。


「魔物のお肉って美味しくないのよね」


「部下に食べさせておいて団長が言いますか? あなたが指示しているんですよね?」


 魔物の肉を食べざるを得ない騎士団の皆は、団長が一人美味しい物を食べていると知ってどう思うだろうかと、アーロンは苦笑いを浮かべた。


「ここに美味しいものがあるのよ? なんでわざわざ臭い肉を食べないといけないのよ」


「そういう人でしたね、……たまに挨拶に行ってくると言ってしばらく帰って来なかった時も?」


口元をナプキンで拭き、どこか圧の感じられる笑顔と共に「ご想像にお任せするわ」と令嬢らしい嘘臭い微笑みがアーロンにぶつけられた。


「美味しかったわ。たまに食堂で作って貰いたいわね」


「騎士団のオニオンスープは私が昔に監修したものだ。多少味は変わっているかもしれんが、それで我慢してくれたまえ」


「あら、やたら評判がいいと思ったらそうだったのね」


「ギルティアが監修していたのか、あれはたしかに美味かったな」


 外では魔物の皮を剥ぎ、肉を焼いて楽しんでいるところ、ギルティアは「少し聞きたい」とブリュンドルに話しかけた。


「アーロンが来る前に話したが、私は不老不死だ。いろいろあって聖女の力は失っているが、不老不死はそれなりに利用価値がある」


「そうね。あなたの攻撃のやり方は聞いて痛々しいと思ったけど、死なない騎士は一人いるだけで戦況を変えてしまうわ」


「私はこの不老不死を、近々アーロンに譲渡する。そうしたら、もう一度アーロンを騎士団に入れてもらえないだろうか?」


「ギルティア? 何を言い出すんだ」


 不老不死の価値は計り知れず、もし手に入るならブリュンドルが手にしたいほど。しかし険しい顔をして考え込んだブリュンドルはゆっくり首を振り、


「いいえ、アーロン君を騎士団に戻すことは許可しないわ」


 と強く拒否した。


 騎士団に戻るつもりはなかったアーロンだったが、それはそれで気になって「どうしてですか?」と聞けば「地獄を見るわよ」と低い声音で返答される。


「不老不死に価値を見出しているのは何も私だけではないわ。あなたが前線に出て、不老不死だとバレれば、下手したら戦争になるわよ」


「そ、そんなおおげさでは?」


「死なないのよ? いくら非道な実験をしても、どんな洗脳を掛けても死なないのだから、捕らえて言う事を聞かせてしまえば、誇張もなくこの世界が手に入るわ。だから王族も存在を隠しているのではなくて?」


「軽率な質問だったな。すまない」


 ギルティアがスッと頭を下げた。


 眉間に皺を寄せていたブリュンドルはパッと笑顔を見せ「お気になさらず~」とニコニコした。


「さてと、そろそろあいつらも食べ終わった頃かしら?」


「団長の分を取り分けているかもしれないですよ」


「だったら忘れ物をしたふりをしてあなたに届けるわ」


 飢えた狼のように早い者勝ちで肉を余らせることのない元同僚のことを思えば、そんな心配はいらないと思ったアーロンだった。


 ブリュンドルは剣を携え、兜を小脇に抱えて「それではごきげんよう、たまに遊びに来るわ」と屋敷を出て行った。


「アーロンは仲間と顔を合わせなくていいのか?」


「うーん……止めとく。居場所を見失いたくないからな」


「そうか、嬉しいぞ」


 皿を洗い終わったギルティアは、いつものアーロンの向かい側ではなく、密着するように隣に腰かけた。


 手慰めで指をモジモジさせたギルティアは、ちらりとアーロンの目を見て、


「不老不死を本当に受け入れてくれるのか?」


 と小さな声で聞いた。


「ああ、受け入れるよ」


 ギュッとアーロンの手を握り、ギルティアが「後悔はしないか?」と問いかけると「するよ。絶対に」と返ってくる。


「そうだ、絶対に後悔する。ここから何百年と先、アーロンからまた誰かに渡り、誰かを苦しめる。私ですら今は罪悪感で心苦しいと――」


「待て、僕が後悔するのはそこじゃない」


 アーロンはギルティアの手を握り返し、身体を横に向けて対面した。


「これから長い旅路になるが、僕はこの不老不死を誰にも渡すつもりはない」


「なんだと? おそらく二百年以上は清算できない罪だぞ? 国が滅んでいるやもしれん。それこそ後悔するぞ!」


「いや、正確には、もう後悔した後なんだ」


「な、なにを……」


 アーロンはギルティアの手を握ったまま体重をかけ、ソファに押し倒すように覆い被さった。


 ベッドで毎夜を共にしている二人だが、未だキスすらしていない。顔がすぐ傍に迫り、ギルティアの中で数十年ぶりに熱い感情が生まれた。


「初めは同情だった」


 こつんと額同士をぶつけたアーロンは、互いの吐息が掛かるほどの距離で語る。


「不老不死、ああなんて可哀そうなやつなんだと、最初は思っていた。だけど、ギルティアと共に過ごすうちに、君の隣がとても心地よい場所だと気付いたんだ」


「不老不死の譲渡は、長年生きてきた中でのちょっとした気まぐれだ。心地よいのなら死ぬまでここにいてもいい」


「言ったろ。僕はギルティアを殺してあげるって。こうして抱きしめると分かるよ。もう、生きるのに疲れたんだろ?」


「あっ……」


 細い身体を抱きしめられたギルティアから熱い吐息が漏れた。


 こんなにドキドキしているのに、心臓の音はやけに落ち着いていた。それは、得られるはずだったものを諦めた証。だが、鼓動は息を吹き返したかのように少しずつ早まっていく。


抱きしめられて時間が経つごとに少しずつ熱を取り戻していた。


「もう、……休んでもいいのだろうか?」


「ああ」


「この不老不死は人々の罪だと私は言った。だが、これは紛れもなく私の罪だ」


「ギルティアが背負う分の罪はもう清算した。後は僕に任せてくれ」


 二百と数十年。ギルティアが一人で背負い込むにはとてつもなく長い時間。数えきれないほどの出会いと別れを繰り返し、いつの間にか心は大事な感情を無くしていた。


 アーロンも長年生きてきた中で出会った一人に違いはない。だけど、ギルティアの無くした感情を思い出させた唯一の男だった。


「なぜ、アーロンにだけはこうも気持ちが昂るのか」


「自惚れた事を言うなら、好きなんだろ、僕のことが」


「そ、そうなのか……? ――んぅっ!?」


 突然唇にキスをされたギルティアは驚いて仰け反った。その顔はトマトよりも真っ赤に染まり、目をグルグルと回した。


「僕がすでにした後悔はね、君のことを心の奥底から好きになってしまったことだ。これじゃあもう、君から貰う不老不死を誰かに明け渡そうなんて思えないじゃないか」


「そ、それは後悔とは言わないだろ!」


恥ずかしさにアーロンの分厚い胸を押し返そうするギルティアだが、「そうか? そうかもな」と、淡々と考えを改めたアーロンに再度抱きしめられる。


「…………」


「な、なにか、話してくれたまえ。そうじゃないと――」


 ギルティアの身体がわなわなと震え始める。それでもアーロンは何も話さない。


「そうじゃないと、辛いことを思い出して、泣いてしまうぞ?」


 すでに目元には大きな玉が浮いていて、今にも溢れ出しそうだった。


「わ、私は魔女なんだ。罪を押し付けられたくなくて火で炙られた。家族のような人に裏切られた、崖から突き落とされた。元の私を思い出せないほどに、この肉体はすでにボロボロなのだよ」


 ついに溢れた涙が頬を伝う。


「不老不死が無くなれば、私はすぐに死ぬ。アーロンを残して死ぬのに、……好きになってもいいのか?」


「相思相愛じゃないか。僕たちいい夫婦になるな」


「子を成すこともないのだぞ?」


「君の温もりを覚えていればいいだけのことだ」


 アーロンは指でギルティアの頬を流れる涙を拭う。


 至近距離で見つめ合った二人は、引き寄せられるようにキスを交わした。長い長いキス。呼吸を忘れるほどの熱いキスは、二人の初めての愛情表現だった。


 思い出したかのように息を吸い、栓をして口にしたくなかった願いを、ギルティアは不老不死となって初めて、最大の愛を込めて伝えた。


「どうか、その手で私を殺しておくれ、旦那様」


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