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第15話 登校日の朝




ピリリリリリリリ!


「……」


ピリリリリリリリ!


「…………」


ピリリリリリリリ!


手探りで目覚まし時計の位置を確認し、


ボコッ!


と、優しくその頭を叩く。


「ふぁ……」


今日も目覚めは最悪だった。身体は重いし頭も痛い。先週、帰国したその日の晩に近衛と雪花の二人にしこたま殴られた後遺症だろうか。


にしても近衛のヤツめ、いくら俺が苦痛に慣れているとはいえ、あそこまで腰入れてビンタを打つことはないだろうに。

最近の若者は加減を知らぬというが、まさにこのことである。


親から貰ったせっかくの健康体だ。慎重に扱わなくては。と、念入りに身体をほぐしてからゆっくりと立ち上がる。今日は高校の始業式だ。


俺は日課のうがい手水に身を清め、窓辺でちゅんちゅくいってる有害鳥獣どもにヴァイオリンを一曲披露し、それが終わると風呂場に向かいシャワーを浴びる。


「俺……始まったな」


ダビデも剃毛するレベルの肉体美を脱衣所の鏡で眺めた俺は、すっかり平常運行になった。

昔から寝起きはいつも悪く思考回路が安定しない。ルーチン化した流れをこなさないと昼過ぎまでずっと精神バランスが整わないのだ。


だがイル・カノーネで脳を活性化、及び熱いシャワーで血をボイルさせ肉とダンスした後の俺は俊敏、かつ丁寧な試合運びを見せた。





「「いただきます」」


テーブルの上にはご飯と味噌汁に焼き魚と小鉢がいくつか。

……今日も和食である。


「なあ、雪花さんや……」

「なんですか」

「日本食もいいんだけど、さすがにこれだけ続くと……」

「何か文句でも?」

「いえ、なんでもないです……」


見ての通り、例の傷害事件後も雪花の機嫌は未だそっぽを向いたままだ。


日本とイタリアを掛け合わせた精神的サラブレッドである俺としては、これだけ和食が続くと気が狂いそうになる。俺はそこまで悪いことをしたんだろうか……。


両親が当分のあいだ不在な以上、俺は向後の食生活と潤滑な家族づきあいということを考え、ここは下手に出る。


「ところで雪花、俺になんか手伝ってほしいこととかない?」

「なんですか、いきなり」

「いやさ、お前ばかり家事やらせてなんか申し訳ないな、って」

「兄さんになにができるというんですか」

「んー、洗濯とかなら。ほら、今なんてドラム式の全自動だから簡単そうじゃん?」

「最低です。妹の下着を見てニヤニヤするつもりなんでしょう」

「それは自意識過剰じゃ……」

「…………」

「ああ、なんでもない。こんなことを女の子に言うのは失礼だったな」


未だに、雪花へのベストな接し方がわからない。

妹として? それとも女性として?

双子の兄妹というのは、その境界線が難しい。


「……私の下着は子供っぽいからニヤニヤできないってことですね」

「気にするのってそこなのか?」

「言っておきますけど、私だって今は大人っぽいのつけてますから。兄さんは小さい頃の下着しか見たことないかもしれませんが」


俺もそうだが、雪花もどこかズレているような気がする。


「兄さんも、少しは大人っぽいのにしたほうがいいですよ。いつまでも3枚10ドルの安物のトランクスなんて履いてないで」

「……俺の方はしっかりチェックされてるんだな」

「安心してください。私は兄さんの下着を見て、ニヤニヤしたりしませんから」

「論点はそこじゃないんだが。ま、言ってくれれば何でもするから少しくらい頼ってくれよな」

「じゃあ、おはようのキスしてくれますか?」

「えっ……」


何気ない会話の最中、突如落とされた爆弾発言にアジの開きに伸ばそうとした俺の箸がぴたりと止まる。


「こういうのをさらっと流せないから、兄さんはダメなんですよ」

「……さいですか」


朝から妹にダメ出しされてばかりの俺だった。


「……そういえば結衣さん、あれから一度も来ませんね」

「ん? ああ、近衛か」


たしかにあの日の晩以降、俺は近衛と一度も会っていない。


「お弟子さんにするんですよね? このままで本当にいいんですか?」

「んー……」


激昂の理由はなんとなく察しはついているが、かといって今の俺にはどうすることも出来ないのだから仕方ない。

むしろ出来るだけ近衛と関わらないことで俺の悩みは一つ消える。


「……結衣さんなら正体を明かしても大丈夫だと思いますが」

「確かに口は堅いだろうな。だが近衛と爺さんはあくまで〝アノン〟の弟子を望んだんだ。近衛はともかく爺さんの遺言くらいは聞いてやらねばなるまい」

「でも、お金は取るんですよね?」

「雪花、この世は契約と対価で成り立っている。ボランティアなら結果に責任を持たなくてもいいが、対価を受け取る以上、俺はそれに見合うだけの働きはするつもりだ」

「かっこいい事を言ってるようで本音を隠してますね?」

「……そんなことは、ない」


だって月150万の安定収入だよ? こんなオイシイ話を逃す手は――


「…………」


そんなことを考えていると、雪花はジト目で俺の腐りきった心中など筒抜けといわんばかりの視線を送ってくる。


「ま、まあそんなことよりもメシだメシ。さっさと食ってガッコ行こうぜ!」

「あれだけ小学校に嫌々通っていた兄さんの口からまさか〝学校に行こう〟なんて言葉が出てくるとは思いませんでした」


……小学校か。あの頃は狙い目の女教師からはまったく相手にされず、逆に言い寄ってくるのは孫ほど歳の離れたガキどもという苦行の日々だった。

よっぽど特殊な性癖をお持ちでない限り、大の大人が小学校に通いたいとは思わないだろう。


だが今の俺は高校生とはいえ、もう18歳。法的にも立派な成人だ。

つまりこれはあれだな。


学園のマドンナ(陽子さん)みたいな人と出逢い――

それから他のライバルたちとの争奪戦が始まり――

三角関係やら四角関係を乗り越えた挙句――


最後は包丁沙汰になって誤認逮捕されて十年ほどぶち込まれるが、愛と友情のために黙々と刑期を終える。


「そういう青春のフラグも立てなさいってことだな」

「……はい?」


自分でも何故こんなドラマの筋書きが浮かんだのかわからないが、近衛をデシにしたのが運命なら俺がガッコで新たな出逢い(女教師限定)が始まるのもまた運命なのだ。


そう。集団に埋没することは容易いが、この時代の俺の年齢からすると、それなりにはっちゃけてもいい頃だ。

サリンジャーでも読んで、世の中のすべてを憎んで、またそんなことをする自分を憎んで……大人になる。


そういう昔ながらの反抗期というか、成長期の真っ只中に〝桂木雪弥(おれ)〟はいる。


「ぶつぶつ独り言を言ってないで早く朝食を済ませてください」

「はい」


そんなわけで、俺たちは朝食を済ませ身支度を調え、そして新たな環境に向けて家を出発するのであった。


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