第11話 邂逅
「ゆ、雪弥……くん……?」
「…………」
花びらの舞い落ちた先を見上げると、そこには近衛がいた。
亡き爺さんが俺に残した形見の一つ、面倒と書いて弟子である。
「あ、あの……わ、私は……」
「ああ、近衛だろ」
「お、覚えててくれたんだ……」
頬を赤らめ、もじもじとする近衛。
……なんなんだ、この茶番は。感傷、などといって多少の無防備を自分に許したわけだが、せめて戸締まりくらいはすべきだったか。
「言っておくが、5年前に置いていった1万の釣りは民法上時効になってるからな」
「――んがっ!」
そう冷たく言い放つと、近衛はタライを落とされた芸人ばりにずっこける。
「5年ぶりに再会した感想がそれ!? もっと何か言うことないの!?」
「なにかって、なによ?」
「久しぶりだね、とか。元気だった? とか……」
「ヒサシブリダネ、ゲンキダッタ?」
「虚無顔!」
帰国初日から一番会いたくないヤツが目の前にいれば、そりゃこんな顔にもなるわ。
そもそも俺の記憶では旧交を温め合うような知己でもなければ、むしろ喧嘩別れに近い感じだった気がするんだが。まあいい。
「で、どんな御用で?」
「……なんか厄介払いしたいみたいな言い草ね」
「手厚い歓迎が所望なら純金の馬車で乗り付けて来るんだな」
「相変わらず冗談が上手いのね」
「これが冗談言ってる顔に見えるか?」
「……………………ふふっ」
「……………………ああン?」
額にどでかい青筋を浮かべながら互いに威嚇し合う。
これが前世ならケツに蹴りでも入れてさっさと追い出すところなのだが、そうはいかん。
今の俺は、和をもって貴しと為す日本人なのだから。
「兄さん、お話があるのでちょっとこちらへ――って、貴女は……」
互いに臨戦態勢でいると、裏の駐車場から雪花が戻ってきた。
「あ……えっと……私は……」
「近衛結衣、さんですよね?」
「は、はいっ!」
「御祖父様から話は伺っております。今までこの家を守っていただき、本当にありがとうございました」
そういって雪花は居住まいを正すと、深々と頭を下げた。
「いえ、そんな……私は……」
「…………」
俺を蚊帳の外に置いて何やら話が進んでいる。
いったいどういうことや。
「ほら、兄さんも近衛さんにちゃんと頭を下げてください」
「えっ、なんでこんなヤツに俺が――」
「兄さん?」
「はい。本当にありがとうございました」
最敬礼の角度でお辞儀。ここで逆らうと本当におン出される一歩手前の気配を感じた俺は、ヒツジにように従った。
「いえ、私の方こそ勇二さんにはお世話になりっぱなしで……」
そういって近衛も深く頭を下げる。だが、その方角は明らかに俺に向いていない。
「……雪花。いい加減、俺に解るように説明してくれ」
「そうですね。では兄さん、この店内を見て何か思いませんでしたか?」
「5年前と何も変わってない」
「それが答えですよ、兄さん」
そう言われて俺は改めてぐるりと店内を見回す。
家財は綺麗に磨かれ、床には塵ひとつ落ちていない。
そこで俺は違和感に気づく。
人の住まなくなった家は急速に痛み始めることは常識だ。そして5年も放置されていた家にしては、あまりに綺麗すぎる。
ちなみに雪花が帰国したのは2日前。いくら雪花が超人でも、短期間でどうこう出来るレベルじゃないはずだ。ということは……
「……近衛が定期的に掃除をしに来ていた、か」
「はい、正解です」
なるほどな。あの爺さんが〝エゾルディオ〟を託すような関係なら、日常的にこの家に出入りしていても不思議ではない。
俺だけ何も知らされていなかったということには納得いかないが。
「……っ」
近衛に視線を向けると、俺の態度を伺うようにそわそわとしている。
余計なことをするな、とでも言うと思ったのだろうか。まあいい。
「近衛、爺さんの最期を看取ったのも、お前か?」
「う、うん……」
近衛は小さく首肯した。
俺が記憶を取り戻した頃から入退院を繰り返していた爺さん。
この家を出ていくと決めた日から覚悟していたことだ。
けれど、そうか。爺さんは一人で逝ったんじゃなかったんだな。
「よく分かった。あとは2人で話してくれ。じゃあな」
そういって俺は踵を返す。
「に、兄さんっ! なんでそんな態度なんですか!?」
雪花が珍しく本気の怒り口調で俺を呼び止めた。
言いたいことは分かる。感謝の意が足りないというのだろう。それには俺も同意する。だが、俺はこんな性格だから、さっきのような上辺だけの謝意ではなく、心からの感謝の言葉を口にすることができない。弟子とみなした相手なら尚更だ。
「え、えっと、桂木さん……? 私が勝手にやったことなので――」
「近衛」
「な、なに?」
俺は立ち止まり、近衛に背を向けながら言った。
「……借りは返す」
我ながら不器用な口だとは思う。俺はいつだって人間関係において遠回りをする。それはきっとこれからも変わることはないのだろう。
謝るべきときに謝り、感謝したいときに礼を言う。そんな単純な理屈が俺にとってあまりに遠いように。
背後から聞こえるくすくすとした笑い声に、俺は耳が熱くなる感覚を振り払うようにして家の奥へと歩度を早めた。




