土の精霊の忙しい一日
本編の裏側で動いていた「カボチャの精霊」視点のお話になります。
――まだ、空が青くなる前。
土の下は、しんとしている。
上のほうで、虫が小さく動いたり、
水がしみこんでいく音がしたりするけれど、
このあたりの土は、どっしりと落ち着いていた。
その真ん中で、
小さななにかが、目をさます。
カボチャの下の、土の精霊。
1.あさ “じまん”のじゅんび
――きょうも、がおー。
精霊は、ちいさな手足を伸ばす。
土の中の体を、もそもそと動かす。
上には、自分の“自慢のやつ”が乗っている。
丸くて、重くて、立派なカボチャ。
――きのうより、ちょっと、おもい。
それが、なんだかうれしい。
前は、
誰も見てくれなかった。
夜にがんばって動かしても、
人間は「うわぁぁ!」って叫んで逃げていくか、
こわい顔で怒るばかりだった。
でも――きのう、
耳のぴこぴこする巫女と、
走りまわる人間と、
つっこむ人間が来た。
巫女は、ちゃんと見てくれた。
「すごいですね」って言ってくれた。
走りまわる人間は、
全力で追いかけさせてくれた。
(精霊的には、あれもけっこう楽しかった)
つっこむ人間は、
「自慢したいんだな」って分かってくれた。
それから――
**「あしたの朝、見てもらおう」**って、
ちゃんと約束してくれた。
だから今日は、夜じゃない。
朝が、本番だ。
――そろそろ、くる。
地面の上で、足音がする。
土の中まで、少し重たいリズムが伝わってくる。
この畑の主の、足音だ。
2.あさ はつ「なで」
畑の主は、
昨日までと同じように歩いてきて――
カボチャの列の前で、足を止めた。
「……ああ、そうだ」
少し眠たそうな声。
精霊は、どきどきしながら、
カボチャの下で息をひそめる。
「“ちゃんと見てやってくれ”って、
あの兄ちゃんたち、言ってたっけな」
人間の手が、
カボチャの表面を、そっとなでた。
――!
その瞬間、
カボチャの下で、土の精霊が、ぶるっと震えた。
――とどいた。
――ちゃんと、きづいてくれた。
今までは、
自分で動いて、押して、転がして、
無理やり「見ろー!」ってやっていた。
今日は、
なにもしていない。
ただ、土の中で、
カボチャを支えていただけ。
それでも、
上からの「なで」が、ちゃんと降りてきた。
「よしよし。
今年は、出来がいいなあ」
畑の主は、
カボチャを一つずつ見て歩く。
なでる。
たまに、軽く叩く。
「おお、こいつは重いぞ」と笑う。
精霊は、そのたびに、
心の中でぴょんぴょん跳ねる。
――みてる。
――ちゃんと、みてる。
――ほめてる。
――うれしい。
昨日、巫女が言った。
「ギルドからもお願いしておきます」
走りまわる人間も言った。
「俺がちゃんと言っとくからな」
つっこむ人間も、黙って頷いていた。
それがぜんぶ、
この「なで」に、なっている。
精霊にとって、
その朝は、今まででいちばん忙しかった。
“うれしい”が、たくさん来すぎて、
どこにしまっていいか分からないくらい。
3.ひる カボチャをまもる
太陽がのぼりきるころには、
畑の主は、別の畝へと行ってしまった。
そのあとは、
カボチャの列は、しばらく静かだ。
――ひる。
土の精霊たちにとっては、
「番」の時間。
風が吹いて、
カラスが飛んでくる。
黒い影が、カボチャの上にとまろうとして――
バチンッ。
カラスの下の土だけが、
ちょっとだけ固くなる。
「ギャッ」
カラスは足を滑らせ、
慌てて飛び立つ。
――だめ。
――のっちゃ、だめ。
――ここは、じまんのやつ。
小さな抗議の気配が、
土の中からにじみ出る。
別の場所では、
別の土の精霊が、
芽を踏もうとしたウサギの足元を
そっと沈ませている。
土の精霊たちは、
大声で名乗ったりはしない。
けれど、
畑のそこかしこで、
「ここは、守るところ」「ここは、流すところ」
と、日々小さな仕事をしている。
今日の主役は、
“カボチャの番人”だ。
――ここ、まもる。
――さっき、なでてくれた。
――だから、ちゃんと、まもる。
カラスが来るたびに、
足元の土を少しだけずらす。
虫が根っこをかじろうとすると、
そこだけ固くして、そっと迂回させる。
たまに通りかかる人間の子どもが、
「このカボチャ、でっけー!」と
両手を乗せて笑う。
重い。
でも、ぜんぶうれしい。
――ひる、いそがしい。
――まもるの、いそがしい。
――でも、きょうは、たのしい。
4.ゆうがた “みてくれるひと”が来る
太陽が西に傾き始めるころ、
畑の端に、見慣れた気配が近づいてきた。
耳のぴこぴこする巫女。
走りまわる人間。
つっこむ人間。
――きた。
精霊は、土の中でそわそわする。
「おー、ちゃんと並んでるな」
天音の声。
「昨日と違って、夜暴れてないみたいだな」
アルカナの声。
「……土の精霊さん、約束守ってくれたみたいです」
大狼の声には、
少しうれしそうな響きが混ざっていた。
「なあ、大狼」
天音が、カボチャを見ながら言う。
「今の、“どんな感じ”なんだ?」
「“ちゃんと見てもらえた”って、満足してます」
「そっか」
天音は、カボチャの表面を、軽くぽんぽんと叩いた。
「よかったな。
これで、畑のおっちゃんもちゃんと寝られる」
「……なんか、えらそうですね」
アルカナが、横から小さくツッコむ。
「でもまあ、依頼としては完璧だろ」
「そうですね」
大狼も、カボチャの上にそっと手を置く。
「土の精霊さん、ありがとうございます。
この畑、これからもお願いしますね」
――まかせろ。
――ここは、おれの、とこ。
精霊は、全力でうなずいたつもりだった。
もちろん、
人間の目には何も見えない。
でも、
巫女の指先には、ちゃんと伝わっていた。
小さな、「がんばってる」っていう鼓動が。
5.よる “おやすみ”を、おぼえる
やがて、三人は畑を後にし、
空はゆっくりと群青に変わっていく。
昨日までなら、
そろそろ“仕事の時間”だった。
カボチャを押して、
ずりずりと動かして、
「みろー!」ってやる時間。
でも今日は――
――よるは、すこしだけ、しずかにする。
約束した。
巫女と。
走りまわる人間と。
つっこむ人間と。
そして、
畑の主が、朝にちゃんと撫でてくれた。
だから、今日は夜番は別の精霊に任せる。
遠くの畝で、
別の土の精霊が、静かに水の流れを見守っている。
ここは、“カボチャの寝る時間”。
――おやすみ。
――あしたも、みせる。
――あしたも、なでてもらう。
精霊は、カボチャの真下で、
丸くなって目を閉じようとして――
ふと、土の奥で、
何かがふわりと揺れるのを感じた。
神社の気配。
遠くの山の上から、
ちいさく、でも優しい“目”が、
畑のほうを見ている。
――みてる。
――ここも、ちょっと、みてる。
それは、
怖いものではなかった。
ただ、
「今日もよくやったな」と
頭を撫でられたような感覚だけが、
そっと土の中に落ちてくる。
――……うん。
土の精霊は、
そのまま、すとん、と眠りに落ちていった。
カボチャも、
畑も、
山も、
空も。
全部を包む夜の中で、
一つの畑の、一つのカボチャの下で――
ちいさな番人の、忙しくて、満足した一日は、
静かに終わっていった。
お読みいただきありがとうございます。
A級トリオにかまってもらった結果、
カボチャの精霊にもちゃんと「忙しくて幸せな一日」があった、という閑話でした。
こういう小さいところにも、少しずつ世界が広がっていけばいいなと思っています。




