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残像  作者: 伊藤宏
8/11

8.

この作品は11エピソードで完結します。

 「次は終点、車橋(くるまばし)本庁前です。お子さま用から老眼鏡まで揃うメガネの高槻(たかつき)にお越しの方はこちらが便利です。バスが止まるまで席をお立ちにならないよう……」


 しまった、終点だ!

 乗り過ごした!

 あまりの衝撃に夢の残像は一瞬で吹き飛んだ。


 車内はいつの間にか混んでいた。道彦はかき分けるように出口に進み、他の乗客と一緒に車橋本庁前駅のバスターミナルに降り立った。

 何時だろう。

 証券会社の壁面の、株価を表示するディスプレイの上の方に、デジタルで時間が表示されていた。

 四時四十一分。しまった。約束は三時だ。

 何てことを! (ひとつ)に逢えねえじゃねえか。


 絶叫を心に押し込むと身体は後悔で震え始めた。

 一に連絡しようとして携帯を取り出して初めて、連絡を受けたのが家の電話だったことを思い出した。この携帯に一の着信履歴は残っていない。

 なら待ち合わせの喫茶店だ。

 店名と地図しか持ち合わせていなかったので一〇四に電話して聞いた。


 「喫茶店で、カフェアルカサールってんだ。三時なんだよ」


 「はい? サンジ、ですか?」


 「うっせえ、さっさと教えろ」


 「ああはい、アルカサールの方ですね。……ではご案内します。メモのご用意はよろしいでしょうか。×××の××三四です」


 道彦は礼も言わず、自分の手のひらにボールペンで番号を書いた。そして、左の手のひらを覗きながら、携帯を持った右の親指でひとつひとつ番号を押した。

 確実に、間違えないように。

 だが、四つ目か五つ目になると、必ず押し間違えた。


 最初から押し直す。

 すると、また押し間違えた。なんとか最後までいくと、今度はメッセージが流れた。「おかけになった番号は……」


 ここ何日か掘削機を扱っていた影響か、緊張すると指先が震えてしまう。気が()いている、この日の道彦に、携帯の細かいボタンはあまりに大きすぎた。

 なんでだよぉ!

 チクショー、もう一度最初からだ……。

 今度は電源が落ちた。力を入れ過ぎてどこかのボタンを長押ししてしまったらしい。

 電源を入れ直す手は、やはり震えている。

 道彦は、一旦、携帯をポケットに戻すと、手首を解すようにぶらぶらと右手を振った。そして、左の手のひらに書いた番号を、今度はしっかり記憶した。

 落ちつけ!

 そう自分に言い聞かせて、道彦は受話器のボタンを押した。

 今度こそ間違えないように……。


 悲壮な気持ちに押し流されそうだった。溺れそうなほどの焦りのなかで、自分は、希美子への仕打ちに対する罰を受けているんじゃないだろうか、と思った。

 一生、(ひとつ)に逢えない、という罰。

 まっとうな余生を送れない、という罰。

 後悔に圧し潰される、という罰。

 

 道彦は雑踏のなかで、いつまでも携帯のボタンを押し続けた。

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