6.
この作品は11エピソードで完結します。
一が大学に入って一年と少し経ったころ、都営住宅の抽選に当たったのを機にマンションを売却した。
値段は、購入価格の半分近くまで下がっていたが、ローンを払い続けるのは限界だった。親子三人なら別に狭くたっていいし、何より、家計が楽になる。家計が楽になれば身体も楽になる。
引っ越した都営住宅は古い平屋の三軒長屋で、まるで、大きな犬小屋のようだった。当然、夏は暑く、冬は寒い。おそらく断熱材をケチっているか、もしかしたら入っていない。
だが、元々が成り上がりだけに、なんだか夢から覚めたような、落ち着いた気分になったのも確かだ。
たまに、仕事のない日が夫婦で重なると、何をするでもなく、インスタントコーヒーを啜りながらテレビを眺めた。
カーテンを開け放った窓から朝の柔らかい陽射しが入り、そのなかを、無数の埃がゆっくりと移動してゆく。会話もなく、ふたり無気力にテレビを眺めているさまは、見ようによっては、静かな湖水にたゆたう葉船にようにも見えただろう。
だが、そこに限界が透けているのを一は見逃さなかった。
一は、自ら、後半二年分の授業料を丸々、大学が運営する教育ローンから借りた。そして、そのことをふたりに事後報告して大学に通い続けた。
一の顔には、自分が両親を助けたのだという、誇りのようなものがあった。
なんとか人並みに大学を、と考えたふたりの努力は、一の思いやりで、無事達成されることになった。
なんて優しい子だろう。