身も心も過去もすべて受け止めて
名古屋のタクシードライバーを主人公にした恋愛ストーリーです。
出だしは少し、わいせつな出来事になっていますが、そのような物語ではありません。
純恋愛小説です。あの出来事は私が実際に体験した事でしたので、ついつい書いてしまいました。
どうか、この小説を通して身近なタクシードライバーを理解していただければ幸いです。
No.1 いきなり、襲われて
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泉 春樹は名古屋でタクシードライバーをしている。
今夜も、錦の外回りをなめるようにして流していた。
錦とは名古屋市の中心街にある夜の街を代表する飲み屋街の事である。
錦3丁目、栄3丁目(住吉/プリンス通り)
栄4丁目(女子大/池田公園)と呼ばれる地域が栄中心に息づいている。
午前0時を過ぎると、錦かいわいで働いている水商売系の人々が
飲み屋街から出てくるのだ。
まぁ、その女性たちの大半は、錦を中心に半径3km範囲内に住んでいる人々だ。
料金にして1300円前後だ。ともあれ、乗せてなんぼの世界
乗ってもらわない事には収まりがつかないのだ。
もしも、ネクタイ族のお客がいれば、当然、そっちにすり寄る。
これはタクシードライバーの宿命だ。
歩合制の給料なればこその宿命なのだ。
大津通りを北向きに流していると桜通り大津の交差点に差し掛かる辺りで
レースのブラウスに青いロングスカートの女性が
伝馬町の路地から出てきた。
チラッとこちらを見たが手を上げるわけでもない。
春樹はタクシーをその女性に寄せるとドアを開けてみた。
すると、やはりお客だった。
女性はタクシーの運転手を見ると
ニコッと会釈して「いいですか」と言って乗り込んできた。きれいな方だ。
四十代後半だろうか、どう見ても、錦のママさんだ。
なんだか少し顔がとんがって見える。
気のせいだろうか、春樹は優しく接した。
「ご乗車ありがとうございます、お客様かどうか、わからなかったのですが
ドアを開けてよかったです。どちらまで行かれますか」
「春日井 勝川駅までお願いします」
「はい、ありがとうございます。
では、シートベルトの着用をお願いします。
国道19号でよろしいでしょうか」
「はい 私も 怖い運転手さんだったら嫌だったので、
優しそうな運転手さんを探していました。
そしたら丁度、貴方が・・運転手さんに出会えてよかったです」
春樹は女性の声のトーンから、顔のとんがりがとれたような気がした。
「ありがとうございます。そう言っていただけると嬉しいです。
では、メーターを入れさせていただきます」
すこし、間を開けてから、春樹は話を続けた。
「今日は月曜日だけあって、人はあまり出ていませんね。
錦はどうでしたか」
どう見ても、錦のママだ。春樹はさりげなく問いかけてみた。
「そうね、今日は本当に最悪だったわ!
一見さんだと思うけど、
お客さんと一緒に来た女の子がそのお客さんに身体を
あっちこっちいじられて嫌がっているのに、
女の子の肩を組んだまま放さないものだから、泣き出しちゃって・・・・・
そしたら、そのお客、
『この世界で生活するのならこれくらいで泣くんじゃない』
と言って、もっとひどくなるもんだから手が付けられなくて、
常連のお客さんが『見ちゃおれん』と言って止めに入ったんだけど、
逆に殴られてしまって・・・・・もう、大変、警察を呼んで散々だったわ。
その女の子も、下で声をかけられたみたいだけど、
ノコノコついてくるものだから馬鹿な子、パトカーの音を聞いたら
慌てて逃げ出して行ったけど未成年だったのかしら?
お金欲しさについて来るんだろうけど・・困ったもんだわ」
「あ、それでパトカーが3台もサイレンを鳴らして
錦に入って行ったんですね、
もう、2時間くらい前ですよね、それは、大変でしたね。
殴られたお客さん、大丈夫でしたか?」
「病院まで付き添うから小川の緊急病院へ行きましょうって言ったんだけど、
本人は大した事はないって言って帰って行かれたわ
常連さんだから明日にでも電話をして聞いてみるけど・・・」
「本当に最近は変な人が多くて、物騒な世の中になってきましたね。
SNSで知り合って人を殺してみたり、親が子供を殺したり、
子供が親を殺したり、クレーマーも多いし、教師も警察官も狂ったのがいるし、
本当に酒を飲みに来たのなら
もっと楽しい酒を飲めばいいのに、自分が中心に世界が回っているとでも
思ってるんですかね、あっちの方でしたか?」
「なんか、本人は医者だって言っていたけど、
どうだか、調書を取るからって、警察が連れて行ったけど、
テーブルのガラスもひびが入ってしまって、弁償してもらわないと・・・・・
本当に困ったもんだわ、
警察が居ると店もお客を入れるわけにいかないから、
早めに閉めて・・・・・
今日は売り上げも何もあったもんじゃないわ、はぁ~疲れた」
「お疲れさまでした」
春樹はちょっと間をおいてから、場を和ませようと話し出した。
「そうそう、嫌なお客と云えば、
先日 錦から八事までお送りしたお客さんで
錦のママさんを送ってから自分は本郷へ帰ると言われ、
ご一緒にご乗車されたのですが、
ママさんは送ってもらえるならと一緒に乗ったものの、
八事付近に近づいてくると男性客が、
急に、部屋へあがらせろと迫っていたんです。
ママさんには、全くその気はなく困っているようでした。
実は、私、このママさんを以前にも乗せた事がありましたので、
マンションはわかっていたのですが、いつもより、少し手前で
『ここで車を止めて』
と言われましたので、私は車を止めるとすぐにドアを開きました。
すると、逃げるようにママさんは降りられ、男性の方も慌てて、
タブレットで精算をしようとするのですが、私は、少しずらして、
『あれ、まだ、タブレットに届いていませんか、おかしいな~』
と言いながら、ママさんが逃げて行く時間を稼いであげました。
なのでお客さんが下りた時にはもう、ママさんの姿は見えず、
私は、してやったりってチョット気持ちよかったです。
本当におかしなお客って、何処にでもいますね。
あの時、現金で4000円出して、
釣銭はいらんと言って追いかければ捕まえれたかもしれないのに・・・・・
でも、そんな場面になったら、お客さん、お金足りないですよ、とか言って
足止めしてやりますけどね」
「運転手さん、本当に優しいのね 」
「いや、私たちは錦と一体ですから
陰ながら少しでもお力になれればと・・・・・」
そんな話をしていると、勝川に近づいてきた。
勝川橋を渡ればそこから勝川区域になる。
「お客様 勝川はどのように・・・」
「その眼鏡市場を右に曲がって旧道に入って、302号を超えて、
そう、その信号 右に曲がって・・・・・この公園のわきに止めて頂戴」
タクシーを止めるといきなり、女性は身を乗り出して、
〔ちょっと助手席に移るわ〕と言って、自分で後ろのドアを開けると
助手席に移動してきた。
そして、春樹に顔を向けると、目が合うや否や、突然、春樹にキスをした。
あっという間の出来事だ。春樹はびっくりして体を引くと、
「何をするんですか、なんなんですか・・・・・」
おびえる声で女性を見た。
そのはざまの時間、春樹はすごく長く感じた。
女性はニコッと笑顔をこぼすと、
「いや?」と言って顔をのぞかせる
春樹は動揺を隠せないまま、
「い・いやじゃないけど、びっくりしました。いきなり、ですから・・・・・ 」
春樹は女性の笑顔に少し施されたようだ。
女性は春樹に車のライトを消すよう、うながすと、
「はい」とささやいて目をつぶり、唇を寄せた。
春樹は本能だろうか、抱いてもいいんだと思う意識が働いた。
「本当にいいんですか・・・ほんとうに あ、ありがとうございます」
春樹の動揺が声に表れていた。
春樹が[ありがとうございます]なんて言うものだから、
女性は一瞬、大きな声で笑いこけた。
「本当にいい人ね。キス時にありがとうって言葉 おかしい・・・・・」
女性は春樹に肩を寄せると小さく笑いながら囁いた。
さり気なく春樹の
右手をとって自分の胸に誘導すると、そのまま強く押し当てたのだ。
春樹は誘導されるまま、胸にふれ、もみだした。
おのずと左手も左胸にかさねる。
すると女性は着ていたレースのブラウスのボタンをはずして
前ホックのブラジャーも外した。やがて、女性は
「そう、気持ちいい あぁ」と、小さく声を上げた。
あたりは暗く、公園の電灯は遠くでほのかに照っている。
夜中の1時ともなれば、人影もなく、
多少淫らになってもわからないようだ。
春樹は前かがみになり、目の当たりにしたおっぱいにしゃぶりついた。
女性は左手を春樹の股にあてると
「あら、硬いボキボキよ ボッキボッキ ボキボキ ボッキボッキ」
小声で遊ぶように春樹の耳元でささやく。そうしている時、
ピピピピピ急に女性のスマホから大きな音が鳴り出した。
「はい。タイムオーバー 15分、1万円だけど、
このメーター料金4200円でサービスしておくわ。
もし、よかったらお店に来て頂戴・名刺を置いておくね」
と云うと、その女性はサッサとタクシーから降りて行った。
女性は名刺を渡す事で、自分は危ない人間ではない、
素性も名刺でわかるように、ただ、何も問題はないと知らせたかっただけなのだ。
それにしても、あっという間の出来事だった。春樹はあっけにとられた。
(何だったんだ。えぇ、どういう事
どうしたらいいんだ。す~ごく元気なんだけど・・・・・
もう、少しだったんだけど、本当にもう少しだったのに・・・・・)
少し気が治まると今度は、
(俺、まずい事したかな?正当防衛だろ・・・・・
彼女からキスをしてきたんだし、俺、悪くないよな?
しかし、凄かった。とっさの事だった、抵抗する事もできなかった。
きれいな人だったな、かわいかったな、色気むんむんだったな。
あ、そっか、あの時、お金を出すからって言えばよかったのかな。
これからだったのに・・・でも、いつのまに、時間設定していたんだろう。
15分 4200円と言う事は春日井駅で7000円だから25分
高蔵寺で10,000円 多治見で15,000円で45分
45分あればホテルに行くことになるか・・
とするとホテル代が5000円だから、約20,000円か・・・彼女が多治見ならよかったのに。残念)
わけのわからない事を呟きながら、これではとても仕事にならないと
思い、その日はそのまま仕事を切り上げたのだ。
通常は午前3時までの勤務だが頭は彼女の事でいっぱいで事務所に戻った時は、まだ2時前だった。
名刺にはスナック 茜小さく中西あかねと書いてある。
それにしても女性の肌に触れたのは何年ぶりだったろうか。
とても神秘的だった。中西あかね(また、逢えたらいいな~)そう、心に呟いた。
会社に戻ると、早出の運転手たちが納金をしていた。
わいわいがやがや、いつもどおりである。
どんな客を乗せたとか、数字ができなかったとか、
何処何処へ行ったとか・・・・・勤務体系が違うので、
あまり見かけない顔ばかりだ。
春樹はその中には加わらず、
そ~と抜け出すように納金を済ませて家に帰った。
今日の事、考えれば考えるほど問題が多い。
まず、車内で淫らな事をした。
お客から迫ってきたとしても、
お客が後で〔襲われた〕と言ってきたらどうなるのか、
社内には室内カメラが備え付けられている。
しかし、自分がおっぱいにふれている所を見られるのは余りにも情けない、
屈辱的だ。何も言ってこなければ、まず、室内カメラを調べられる事はない。
名刺をもらった。〔中西あかね〕これは店に飲みに来ないと
公表するという脅しなのか?まさかと思う。
そうそう、4200円のメーター料金は、自腹だ。
自問自答している自分がいた。
結論は(だからなんだ)(また、出会いたい)など、
考えると春樹はその日、中々眠りにつけなかった。
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NO2 修平に相談
翌日、親友の修平に会うと、春樹は昨夜の出来事を話した。
身長180cm体重90kgの稲留修平は47歳 学生の頃はラクビーをやっていた。
泉春樹は39歳、身長165cm体重60kg やや、小柄だ。
そして、修平の方が8歳も年上なのだが、
春樹の方が2年早く会社に入社した事もあって
[修平さん]とさん付けにした事が無い、
互いに、[修平][春樹]と呼び合っている。
昨夜、春樹は修平に電話をして今日会う約束をしたのだ。
「昨夜、0時過ぎにいつものように錦を流していたら、
シャインシグマの通り・・伝馬町通り、
そこから出てきたママさん風の女性をタクシーに乗せたんだけど、
それがさぁ、勝川駅って言われて向かって行ったら、
駅の南側の公園に着けろって言われてさ、料金4200円ですって言ったら
『運転手さん、ちょっと、助手席に移っていい』て言いながら、その女性は
自分でドアを開けて助手席に移って来たんだ。
助手席で精算するのかなって思ったら、いきなり、いきなりだよ、
キスしてきたんだ。びっくりして、何するんですかって言ったら、
ジッと俺の目を見て、すご~く色気のある声で
『いや?』って云うんだよ。
あんな!色気のある顔で『いや?』って言われたら
『いやじゃないですけど!』って、普通 云うだろ。
ほんで、キスをしていいんだと思って、とっさに
『本当にいいんですか、本当に・・・ありがとうございます』って、
言ったら、それがおかしいって大笑いされちゃってさ」
「そりゃそうだろ、一番いいところでありがとうございます、は無いよな、
それで、どうした、キスをしたのか」修平は興味津々で聞いた。
「いや、なんか、調子がずれちゃって、それに、あ、その人、
あかねさんて云うんだけど、最初にキスしてきたって言っても、唇と唇が合わさっただけだし」
「なに、じゃ、それで終わったのか」
「ちゃんと聞いてよ、そしたら、今度、あかねさんが俺の右手をつかんで
自分の胸におしあてたんだ、んなもんで、俺もその気になって、おっぱいを
さわってたら、そしたら、そしたらだよ・・・・・あかねさんが自分で着ていた
ブラウスのホックを外して直接、おっぱいをもめって言うんだ。
「えぇ、本当に、もめって言ったのか」
修平は春樹の顔に(嘘つくなよ)と言わんばかりに顔を近づけてきた。
「もめって言ったかどうか、覚えてないけど、でも、おっぱいを出すって
事はそういう事だろ。
そのうち、『きもちいい』ってあえぎ声を出してさ、
俺のあそこに手を当ててくるんだ。もう、ピンピン、
あかねさんは『あら、ボッキボッキね』
って言いながら、俺のズボンのチャックを下ろそうとした時、
本当に、もう少しだったのに、
急にあかねさんのスマホからビビビビビって音がなってさ、
そしたら、
『ハイ、タイムオバー お し ま い』 だって、
15分 10,000円だけど4200円に負けておくって言って、
そう云うとサッサと車から降りて行ったんだ、
帰る時、『よかったらお店に来て』って、言って名刺置いていったけど、
これってどういう事?」
春樹は、にやけて話していたかと思うと急に不安そうに修平に尋ねた。
「つまり、そのあかねさんは4200円を体で払ったって事か・・・
本当にしたいんだったら15分もクソも無いだろうしな、
しかし、すごい、そんな女 本当にいるのか!
私も13年ほどタクシーをやっているが、
そんな女に一度も出くわした事なんか無いぞ」
修平はありえんと云う顔をした。
「俺だって修平より長くタクシーをやってるけど、こんなのは初めてだよ。
それで、名刺をくれたって事は、お店に行かないとばらすって事かな」
「なにを?」
「だって、会社に電話をされて、強姦されたとか、暴行されたとか、
チクられたら、大変な事になる。正当防衛って成り立つかな」
「何が正当防衛だよ、キスをしてきたのは向こうだとしても・・・
車内カメラがあるからそれを見れば一目瞭然だろ! 」
修平はその撮影シーンを見てみたいと思った。
春樹は血相を変えて
「えぇっ、そんなの見られたくないよ。会社には内緒だからね」
「わかってるって!それにしても、俺もそのあかねさんとやらに
会ってみたいな、今度、行ってみようか」
「えぇ、行ってもいいけど、俺、お酒飲めないし、修平も知っているだろ、
体が受け付けないのは・・・」
春樹にはアルコールを分解する酵素が肝臓に無いので飲めないのだ。
「じゃ、行って、コーラでも飲んでたら・・・・・・チクられたら困るんだろ」
修平は強引にでも春樹を連れて、
その茜というスナックに行ってみたいと思った。
「じゃ、今度の休み、来週の月曜日 行ってみようか、15分、10,000円っていうのも気になるし、本当にスナックなのかな?
隠れヘルスだったり、もしかしたら、おっぱいパブかも」
春樹は修平に相談して良かったと思った。
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NO3 スナック茜に行く
2023年11月13日、その日は良く晴れていた。
春樹の車は青いカローラだ。
今日は予定どおり春樹は修平を助手席に乗せて錦に向かった。
錦の中にある伝馬町通のジャンボパーキングに車を入れると、
〔スナック茜〕に向かった。この辺りは仕事上、お客を求めにタクシーで流している地域なので、
ビル名さえわかれば、大体わかるのだ。
キャッチ【客引き】が寄ってくる。
春樹と修平を呼び止めるキャッチには言葉も交わさずに
名刺に書いてあるシャトレーヌ錦ビルを探した。
タクシー運転手にとって、キャッチは目ざわりな存在なのだ、
車が来ても退こうともしない。
それどころか、タクシー運転手を馬鹿にしている。
以前、錦の中を流していると男が手を挙げた。
春樹はお客だと思ってドアを開けると、
その男は乗ってくるなり10,000円を崩してくれと云う。
春樹がどちらまでですかって聞くと、
「おい、メーターを入れるなよ。はよ、崩してくれよ」って言うのだ。
春樹はその言い草で、やっと、キャッチだと気が付いた。
両替はできませんときっぱり断ると、
男は「チェッ」っと舌鼓しながら後ろのタクシーに移動した。
これがキャッチである。当然、後ろのタクシーも断っていた。
タクシーの運転手がお金など持っているわけがない、
給料だって20万やっとだ、そこから自腹で釣り銭を用意しているのだ。
だから、給料前ともなれば釣り銭も使っちゃうわけで
お金などあるわけがない。
しかも、10,000円をただで崩してくれる所などあるわけがない。
コンビニだって、何かを買わないと無理だ。
それを、キャッチは平然と崩せと言って寄ってくるのだ。
困ったものである。
さて、青の看板に白の文字 スナック茜はすぐに目についた。
角のマリオットビルは、お客がよくタクシーに乗ってくると
(マリオットビル、行ってくれ)って云うので、
タクシーの運転手であれば誰でも知っているビルだ。
その東隣がシャトレーヌ錦ビルだった。シャインシグマはその隣だ。
スナック茜に着いたのは19時頃だった。
「月曜日だから、きっとお客さんは少ないよね、なんか、いやだな。
どんな顔をして入ればいいのかな」
春樹は動揺しているようだ。
「大丈夫だろ、何も気にすることはないって、私たちはお客なんだから、
ママの顔を拝んだら、すぐに帰るからさ、カラオケあるかな、
2,3曲歌って帰ろうぜ」
と言いながら、修平はスナック茜のドアを開いた。
「いらっしゃい」奥からかわいい女の子が出てきて席を案内する。
若いとは言え、女性の年齢は分かりにくい。25歳以上~30未満だと思う。
お店はカウンター15席 テーブルが3台
テーブル席の壁側のソファーは長くつながっている。
全部で30席くらいはありそうだ。
カウンター席には40~50代の客が
5人並んで座っている。みんな常連のようだ。
3人のお客がこっちを見て、【お前たちは誰だ】って顔をしている。
カウンター内には女の子が2人いるがママの姿が見当たらない。
さきほど案内してくれた女の子がおしぼりを差し出すと、
「お飲み物は!」といって春樹たちに聞いてきた。
初めて見る顔とでも言いたそうだ。
「ビールを下さい。こいつは車なので、コーラでいいか?」
「えぇ、コーラをください」
すると、カウンターの裏からママが顔を出すと、
奥のお客に料理を2皿持ってきた。なにか、お客と盛り上がっている。
どうやら、2人組と3人組のようだ。奥の2人はネクタイをしている、
中央にいる3人客はラフな格好だ。
小田和正の(ラブストーリーは突然に)カラオケがなりだした。
曲が始まると、春樹が修平に云う
「あの人、うまいね、歌いなれているよね。
ママさん、気が付いていないみたい、
そりゃそうだよね、あんな暗い所で、ちょっと一緒に居ただけだから、
顔なんか覚えていないよね。良かった!」
春樹は、ママが気がつかないので良かったと思ったが、
内心、味気ない気もした。説明の付かない想いだ。
「だから、気にするなって言っただろ。春樹、なんか歌うか」
そう云っていると、ママが近寄ってきた。修平の顔を見て、
「いらっしゃいませ、あかねです、よろしく!」
ママが置いてあったビールを注ごうとすると、もう、無かった。
「ビールでよろしいの?」 修平に尋ねる。
「今日はね、こいつの付き添いで来たんだ」と言って春樹の顔を見た。
ママが意味ありげに春樹の前に立つと、
顔を突き出して小さな声で春樹に言った。
「あら、コーラかしら、本当に来てくれたのね、そちらの方は同僚の方?」
春樹はビクッとした。やばいと思った。
「知っていたんですか」
「入って来た時から、気が付いていたわよ
いい事、あの事は絶対に内緒よ わかった!」
ママがきつく念押しをする。
すると、修平がママに言った。
「春樹が、名刺をもらったから行かないと
会社にチクられるかもしれないって
ビクビクしているもんだから、
じゃ、行こうって事になって今日、来たんです」
「あら、ビクビクしていたの?私もビクビクしていたわ、
ちょっと、後悔していたのよ」
ママは、春樹を見ると
「酔っ払い、っていやね、勢いだけで、なんでも・・・・・
ごめんなさいね・・・・・ あの時の事は水に流してね」
と言うと覚悟を決めたように
「わかったわ、もう、お詫びにボトルを一本いれてあげるから」
ママは春樹に聞いた。
「何がいいかしら 焼酎 ウイスキー?」
「俺、酒が飲めないし」
「あら`飲めないの!そう、じゃ、そちらの方は、何がいいかしら」
修平に聞いた。
「いいんですか、頂いても・・・・・」
「今日だけよ、その代わり、誰にも言わないでね」
「じゃ、角 いいですか」
カウンター席のお客たちは店の子とデュエットして盛り上がっている。
春樹たちとの会話が聞きづらいので、
あかねは春樹と修平をボックス席に移動させて
自分もそこに座ると、女の子に角ボトルと氷を持ってこさせた。
そして、マジックペンを修平に渡すとボトルに名前を書かせた。
「稲留って名字、下の名前は?」
「修平です」
「それも書いといて、私、すぐに忘れるから・・・・・」
修平は自分の名を書くと春樹にも書くように手渡した。
「イ ズ ミ ハ ル キ」書いている字を読みながらママは言った。
「修平さんと春樹ね そう呼べばいいかしら」
「さんは取り払ってください、
柵を張るほどのバリケードはないので」
修平が毅然として言った。
「さすが、修平さん、うまい事を言うわね、だけど、やっぱり修平さんは
修平さんだわ、風格があるもの、呼び捨てにはできないわ、ねぇ、春樹」
実は、ママは修平を見た時、昔、愛した人が・・・・・頭をよぎったのだ。
「なにそれ、修平には風格があるけど、俺には無いって事?」
「あら、あるの?」
「無い」 即答だった。
春樹も自分で風格なんて全くないと思った。
たしかに修平には存在感がある。
「でしょう。 じゃ、ひがむ事は無いじゃない」
三人で大笑いだ。
「でも、どうして、修平はサンづけで、おれには呼び捨てなの」
すると、ママは春樹の顔に顔を近づけて言った。ただ、ひとこと、
「いやなの」 強い口調である
「いやじゃないけど」春樹は戸惑いながら返事をした。
「じゃ、いいじゃない」 ママは開き直ったように言う。
「いいけど」 春樹はあきらめたように言った。
そこでまた、修平とママが大笑い
修平はママが春樹を手玉に取って遊んでいるのが、
なんだか、すごく懐かしく感じた。
「どう、お仕事は忙しい?」 ママは修平の顔を見て話をする。
「錦と一緒ですよ 、コロナ以来、客足が早くなっちゃって、
19時~23時頃までは人はいるんですが、公共交通機関がなくなる頃には
人もほとんど居なくなりますもんね、2割増の稼ぎ時になる頃には
お客さんは帰った後です」
修平は角ハイを口にしながら言った。
「ほんとコロナ以来、一次会で帰るお客が多くなった、
居ても二次会までだよね」
春樹が言う。
「本当、そうよね、錦も飲み屋の入れ替わりが激しくて大変みたい。
うちはほとんど常連さんでもっているから、なんとかなっているけどね、
とは、言っても、いつどうなってもおかしくない世の中だわ、ねぇ、
そうそう、2人ともTEL教えてくれない、
タクシー拾おうとしても女性はすぐ避けられるし、
タクシーも以前より少ないのかしら」
「コロナ以来、かなり減りました。でも7割がた戻ってきていますけどね」
春樹たちは電話交換をした。
ママがカウンターの中央に座っている男性3人に声をかける。
「村井さん、この人たち、タクシーの運転手さんだって、0時頃は中々
タクシーつかまらないものね、電話番号を聞いたから、もう、大丈夫よ」
「それは良かった、よろしく頼むよ!
月3、4回は使うからね。いや、助かるよ」
「村井さんが瀬戸でした?井沢さんが印場で、山口さんが一社ですよね」
「ママ よく覚えているね!そうそう、運転手さんたち、
愛のタクシーチケット使えるかな」 村井さんが修平と春樹に尋ねた。
「はい、使えます、お医者さんですか」修平が問う。3人が驚いて言った。
「すごいね、チケットで職業までわかるんだ」
「そうですね、多少の事はわかりますけどね」修平が答える
「瀬戸まで行ったら10,000円超えですよね」 春樹が3人に問う
「うん、いつも、15,000円くらいはいくかな」
「じゃ、穴田とか中水野とか、そのあたりですか」
春樹にとって長久手、尾張旭、瀬戸は得意のエリアなのだ。
コロナがはやる以前は藤が丘を中心に流していたので、
地理はしっかり、頭の中にある
「すごい、よくわかるね、そう、中水野駅のすぐそばだよ」
「大体わかりました。水野川を超えた所ですね」
「ママ、この人たち凄いわ、プロ中のプロだね、
何年くらいタクシーしているんですか」
「稲留さんが13年で、僕は15年ほどですね」
「それだけやっていれば、名古屋は殆んどわかるよね、そりゃ安心だわ、
そんな運転手さんたちに、もっと早くめぐり合いたかったな」
それを聞いていた、奥の二人も
「運転手さん、わしらも近くだけど、これから頼むわ、
俺が大曽根で沢田が荒畑なんだけど、いいかな」
「喜んで! 私たちも暇で困っていますので、助かります。
近くても、何処へでも行きますので呼んでやってください。お願いします」
修平がみんなに聞こえるように大きな声で言った。
5人の中の誰かが、手をたたきながら言った、
「じゃ、あかね専属のタクシーになるか」
「それ、いいですね よろしくお願いします」 春樹が答えた
するとママが春樹に強い口調で言った。
「いいこと、あかね専属って事は、私はタダで帰れるって事よ。
い~い、わかったわね」
「こわあっ!」春樹はすくんで見せた。みんな大笑いだ。
それから、30分も居ただろうか、カラオケを2曲ほど歌うと修平が
「帰ろうか」と、春樹に耳打ちをした。
春樹はアルコールは飲んでいないから問題ないが、
修平は明日、朝9時から仕事だ、
会社へ行って、アルコール検査に引っかかると仕事ができなくなる。
今なら、朝にはアルコールが抜けるからと言って帰る事にした。
ママが下まで見送ってくれた。春樹に言った。
「こないだは、ごめんね、あんな事、本当に初めてだったの、
きっと、飲みすぎて狂っちゃったのね。悪かったわ、
どうか、あの事は水に流してね」と云うと
「修平さん、また、遊びに来てください。お待ちしています」と言って、去ってゆく2人を見送った。
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NO4 新人 上野玲香
春樹はいつものように会社に行くと、課長が、春樹を呼び止めた。
「泉ちゃん、悪いけど、今から長栄へ行ってくれるか、
松蔭庵の南側で新人の上野玲香さんが自転車と接触事故を起こしたんだ、
今、班長が向かっているんだけど、お客さんが2名乗車しているので、
そのお客を尾張旭まで送って行ってほしいんだ。
泉ちゃんはメーターを入れて、
そのお客さんを目的地まで送ってくれればいいから、
だけど、料金はお客さんから絶対に頂かないように・・・
後で料金報告してくれればいいから、頼むよ」
春樹は 上野玲香って初めて聞く名前だと思った。
春樹が事故現場に着くと、パトカーが1台止まっていた。
会社の制服を着た女性と班長が警察官と話をしている。
その向こうにはやはり、警察官と中学生くらいの男の子が話をしていた。
班長が春樹を見つけるとお客様を春樹の車に誘導して「頼むね」と言って
年配の女性を2名タクシーに乗せた。
春樹はメーターを入れる事も無くお客さんを尾張旭に送ったのだ。
お客さんの話だと、突然、左脇から自転車が飛び出して来たらしい
自転車に乗っていた中学生の男の子は 転んで左足を少し擦りむいたとか、
その時、男の子は自転車を乗りながらスマホでゲームしていたらしいが、
そのスマホを地面に落とし、壊れてしまった。
今は親に連絡をできず困っているとか・・・・・
60歳くらいの女性2名が、
春樹が聞いてもいない事をペラペラと話をしてくる。
「お客様、大変でしたね、時間を取らせたようで申し訳ありません。
お怪我無かったですか」 春樹は丁寧に対応した。
「私たちは大丈夫よ、自転車に当たったと云っても、
あの中学生が倒れたのを見て、どうしたのかしらって思ってたら、
運転手さんが今、自転車とぶつかりましたって聞いてわかったんだから、
そんな、ぶつかった音もしなかったけど、
なんでも、男の子がぶつかる寸前でハンドルを切ったって言っていたけど、
よくわからないわ、だけど、
自転車に乗ってスマホゲームをしてたらダメでしょう」
車内は事故の事で盛り上がっていた。
それでも悪いのは車両になる。
前方不注意とかで違反点数は2点、罰金は9000円だ、
その上、春樹が尾張旭まで送っていった料金が加わる。
相手の自転車やタクシー車両に傷でもつけば、
その整備費用の20%は本人もちだ。
また、中学生が怪我をして、
人身事故、乗車していたお客さんも怪我をしたと言えば大変な事だ。
春樹も、過去に事故をした経験があり よくわかっていた。
お客さんを送り届けると春樹は会社に料金報告をした。
「泉です、今、送り届けました。メーターを入れていないので
料金請求はありません。以上」 課長はどういう事って春樹に聞いてきた。
「新人の子に、あんまり負担をかけたら、すぐにやめちゃいますよ
俺は別に、そんなお金はいらないのでよろしく」
「泉ちゃんはそれでいいのか!しかし、メーターを入れないのはまずいぞ」
「課長の言わんとしてる事はわかっていますよ、
だから、客は歩いて帰ったとか・・・・・にしておいてください。
そうそう、お客さんはどこも怪我はしていないと、
しっかり、確認を取っておきましたので、
あとからどうのこうのは言ってこないと思いますよ」
それを云うと課長は納得したようだった。
後日、春樹が出勤すると事務所に新人の上野玲香がいた。
春樹を見かけるなり速足で寄って来て事故の時のお礼を言った。
長栄から尾張旭の三郷まで行くと4000円はでる。
それが消えただけでも本人にとっては嬉しかったのだろう。
「泉さん、先日はありがとうございました。
課長があの時、泉さんで良かったなって言ってました。
本当にありがとうございました」
なんだか、珍しく礼儀正しい。
だいたい、タクシーの運転手なんて自分も含めてろくなのがいない。
と思っている春樹にとって上野玲香はすごく新鮮に思えた。
「いいよ、別に、そんなに気にしなくても
タクシーは事故と違反とお客とのトラブルを如何に避けるか
それが一番重要だからね。大変だと思うけど、頑張ってね」
新人の上野玲香は、茶髪の長い髪を後ろで結んでいる。
笑顔がとても、チャーミングだ。
白と黒の横縞模様のTシャツにスリムなジーパン姿だ。
「今日は休み?」
通常、玲香がこの時間にいるはずがないので休みに違いないと思ったのだ。
春樹は夕方6時から朝方3時までの勤務
玲香は朝8時から夕方7時までの勤務なのですれ違いのはずだ。
「はい、泉さんに一言お礼が言いたくて待っていました」
「そう、それはご丁寧に・・・よかったらお茶でもしませんか」
「いいんですか!今から仕事じゃないのですか」
「少しくらい大丈夫だから、
俺は事務所で勤務グッズを揃えてから行きますので
先に天神下のイオンのコメダに行って下さい」
コメダ珈琲店は空いていたので玲香が居る場所がすぐにわかった。
この時間は、客たちは夕食の食材を求めに
イオンの地下にある食品売り場に足が向くのだ。
ドアを開けるとすぐに目が合った。軽く右手を上げて会釈をする
「イオンのコメダって言ったけど、此処、知ってた?
後になって、どうだったかなって不安になったよ」
春樹は座るなり、こう切り出した。
「知ってましたけど、入ったのは初めてです」
ウエイトレスが注文をとりにきた。
「上野さんはコーヒーですか」
「泉さんは?」
「僕はブラックですが」玲香はウエイトレスに同じものを二つ注文した。
「送って行ったお客さんに聞きましたけど、
なんでも、男の子がスマホしながらぶつかって来たとか」
「そうじゃなかったみたいです。男の子が目の前でひっくり返った時は
びっくりしましたけど、男の子は当たると思って、
とっさにハンドルを切ったら、路側帯に穴があって、
そこにタイヤがハマって転んだようです。
その時にちょっと接触したような気がしたのですが、
結局、接触したかどうかも確認できていません。
で、警察は自転車の単独事故にしたようです。
お巡りさんが言っていましたが、正直な中学生でよかった、
スマホの事は隠す子が多いもんだけど、
いい子でよかったって!何度も言っていました」
「そうでしたか、良かったですね、
じゃ、送っていったお客に料金請求しましょうか」
そう云うと、上野玲香が本気にしたようなので、あわてて、
「冗談ですよ、冗談 」と言って笑った。春樹が切り出す。
「ちなみに聞いてもいいのかな・・・・・独身ですか」
「はい、独り身です。1度も結婚はしていません、1987年生まれ、
今37歳です。B型です。昨年11月に東京から移ってきました。
以前の仕事は、ビデオ制作会社で働いていました。以上です」
春樹は啞然とした。聞いてもいない事を、いや、少しずつ、
当たりさわりなく聞こうと思っていた事がもう、わかってしまった。
と言う事は次は俺が答える番だ。
「1987年ですか、俺は1985年、2つ違いですね、ついでに誕生日は
11月28日です、AB型 独身です、この会社に勤めて15年かな、
長い事、タクシーやっています。
なんだか、お見合いでもしているような・・・・・」 春樹がこもる声で言った。
「あ、ごめんなさい、そんなつもりじゃなくて、
たぶん聞きたいところは誰でもいっしょなので、
どうせ、あとで聞かれるのなら、
先に言っておいた方がいいかな~って」
「そうですね、知りたかったことです。なにも誤る事はありません。
私の方がいらんことを言いました」
コメダの壁に掛けてある時計を見るともう、午後19時を過ぎていた。
「もう、こんな時間だ、そろそろ、仕事をしないと・・・・・」
春樹が伝票を手にすると、
「あ、ダメです、今日は私がお礼に来たのですから私が払います」
と言って、玲香は伝票を取り上げた。
「ありがとう、じゃ、甘えるかな、今からどうするの」
「イオンで買い物をして帰ります、
もし、よかったら、また会っていただけますか」
「あぁ、いつでも、よろこんで・・・・・」
「お仕事頑張ってください」
春樹は玲香に軽く手を振ると、駐車場へ早足で向かった。
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NO5 魔が差した事
午前1時30分 修平が桜通り大津の交差点に差し掛かると、
横断歩道で信号待ちをしている茜のママを見つけた。
修平は車を停車して、後ろのドアを開くとあかねを呼んだ。
「ママ、乗って乗って!」
その声に気づいたあかねは、取り敢えず後席に座った。
「修平さん、いいの!すぐ近くよ」
「あれ、勝川じゃなかったの?」
「あぁ~、あの時は実家に帰ったの、ちょっと、父の様子を見に・・・・・」
「そうだったのか、そうだよね 毎日、タクシーで勝川まで帰っていたら、
えらい事になるよね」
「だから、そこの高岳を超えて、すぐの路地を入って、
そう、まっすぐ行って!そこの公園の横のマンションなの」
修平は車を止めると、あかねに話しかけた。
「ママ、こないだは、ありがとう、春樹が飲まないのにボトルを
入れてもらって本当によかったのかな
なんか、余計、迷惑をかけたみたいで・・・・・」
「いいの いいの、私も貴方達が入って来た時、ちょっと戸惑ったの。
まさか、来るとは思わなかったし、
お店の子たちにあんな事、知られたくないし、
お客さんが聞いたらどう思うかしら。
なんか、ごまかせないかと・・・ボトルでごまかせたら安いもんだわ」
「なるほどね、またなんで、あんな事になったの」
「本当にね、魔が差したのね、
春樹が、あ`春樹なんて呼び捨てにしちゃまずいかしら
あの子の雰囲気が、愛知学院の時の後輩にすごく似ていて、
その子と重なちゃったのね・・・・・」
「どういう事、愛知学院の時の後輩って元カレ!」
「そんなんじゃなくて吹奏楽部の後輩よ、弟みたいな子だったから
私、フルートを吹いていたの その子によく教えていたわ」
「すごいね、フルートが吹けるんだ。1度、聞いてみたいね」
「もう、何年前かしら 20数年前の話だわ」
「春樹って、本当にその子に、よく似ていて、
つい、呼び捨てにしちゃったけれど・・・・・」
「気にする事はないよ、なんてったって春樹とちちくり合った仲なんだろ」
「ま~ヤダ そんなんじゃないけど、
ほんとにね、あの時は、お店で喧嘩になるし、
前の日は父が夜中に堤防を歩いていたみたいで、
医者は、かるい認知症だって云っていたけど、
だから、あの日は父の様子を見に行ったの」
「そう、お父さん、認知症じゃ、大変だね、夜の仕事どころじゃないね」
「なんだか、疲れちゃって・・・・・
それで、たまたま、春樹のタクシーに乗ったら、よくわからないけど、
ちょっと、ちょっかい出したくなっちゃったの。
なんだか、あの子、危なくないって云うか、逆らわないって云うか、
直感的に操れるって思ったの・・・・・
言っとくけど、あんな事、生れてはじめてよ、
男に手を出すなんてサイテー、 みっともないったらありゃしない」
「んんぅ、でも、タイマーをかけていたんだって」
「タイマーなんてかけていないわよ」
「でも、春樹が15分経ったからタイムオーバーって云われたって、
えらく気にしていたけど・・・・・」
「あぁ~ あれね、こんな事やってたら、やばいと思って・・・・・
自分から手を出しといて、勝手な話だけど、けりつけようと思って、
スマホの防犯ブザーを鳴らしただけ」
「なるほど、そういう事か、なるほどね!
まぁ~人間誰でも、一度や二度、魔が差すって事はあるよ、
でも、なんだか、少しわかるような気がする。
春樹は、根がまじめだし、優しいし、すきまがあるし、扱いやすいし、
それは悪い意味ではなくて、あいつの取り柄なんだけどね、
そのツボにママは、はまったのかもしれないね」
「なんか、言われてみれば、修平さんの言う通りのような気がしてきたわ
修平さんと話ができてよかった。ちょっと、心が楽になった。ありがとう」
「おおぅ、なんか、困った事があったら言って、ちからになるよ、
お父さんの事でもちからになるから」
「ありがとう 料金いくらだった?」
「何言ってんだよ、お金を取る気で乗せちゃいないから、
茜の専属タクシーだし・・・・・はい、おやすみ」
修平はそう言ってドアを開けた
「ごめんね、ありがとう、また、お店に来てね、おやすみなさい」
「おやすみ」
もう、1時50分を過ぎていた。修平は急いで会社に帰った。
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NO6 あかねの思い
午前1時半、修平はスナック茜に近づくとママに到着のメールを入れた。
しばらくすると修平のタクシーにママが乗り込んで来た。
修平はママを泉2丁目の自宅に送り届けるとそのまま会社に帰る。
これが日課になっている。
つまり、1時半頃、修平の車にお客さんが乗っている時は、
連絡を入れないので、ママは歩いて帰る。
ママが早く終わった時は、[帰る]と一言修平にメールすればよい、
また、お客さんが長居して遅くなる時も[むり]と一言メールすればいいと決め事をしているのだが、
あかねは、マンションまで歩いても10分もかからない距離なのだが
早くお店を閉めた時でも1時半まで待った。
今日などは午前0時には店を閉めたので、歩いて帰った方がよっぽど、
早く帰れるのに、1時半になるまで待った。
最近、修平から[到着]のメールを待っているのだ。
あかねは修平から1ヶ月の日程表を受け取っていた。
つまり、これを見れば今日は仕事か休日か前もってわかるのだ。
たかが、10分の楽しい空間
そのわずかな時間があかねにはとても大切な時間になっていた。
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玲香 茜の仕事依頼 五月
玲香は春樹と知り合ってから、もう半年が過ぎていた。
春樹とはいつもすれ違いでメールでのやり取りはしていたものの、
なかなか進展がない、実は玲香は春樹の事が好きなのである。
春樹にその気があるのかどうかはわからないが、
春樹から言い寄ってくることはない。
玲香は春樹をどこかに誘いたくても休みが合わない、時間も合わない。
殆んど、メールで【今日、バンテリンドーム、野球ありますか?とか、
今、JRにタクシーが1台もいません、人がたくさんいます】など、
情報収集のメールばかりなのだ。
春樹は仕事中に待ち合わせて団欒を囲むなど全くしないのだ。仕事は仕事と割り切っている。
ホテルや駅で待機する事を嫌う。
【流してお客を拾えなければ、あきらめはつくが、
待機して売り上げができないなんて仕事をしていないのと同じだ】
これが口癖である。なのでなかなか会えない。
玲香は少しイライラしていた事もあって今までは昼の勤務だったが、
課長にお願いをして夜勤務に変えてもらったのだ。つまり、春樹と同じ時間帯になった。
新人の時はすぐに夜勤務には就けなかったが、
半年も過ぎると希望の勤務の許可がおりたのである。
夜勤務に移ったある日、玲香はいつものように街を流していると
修平から仕事の依頼がきた。
「上野さん、今、大丈夫かな」
「はい、稲留さん どうしたんですか」
「悪いけど、桜通り大津のファミマ、わかるよね」
「ハイ、松屋の隣のファミリーマートですか」
「そう、ここに来てほしいんだけど、今、どこにいる?」
「今、住吉です」
「じゃ、5分もあれば来れるね、待ってるから」と、言うと続けて、
「私の車の前に着けてくれるかな、
トヨタのお客さんだから13,000円は出るから、頼むよ」
「はい、すぐ行きます」玲香は嬉しかった。
13,000円の仕事など滅多に拾えるわけがない
玲香は修平の前にタクシーをつけると、
ママとホステス2人がお客様を4人連れて出て来た。
玲香の車には、年配の男性1人が乗った。
ママらしき人が、助手席のドアを開けると、
「上野さん、この方、大事な方だからお願いね」
と言って、チケットを渡してくれた。
そこにいたお客さんたちが、お客様にお礼を言うと頭を深く下げている。
玲香はお客様の指示どおり自宅までお送りした。
そして降ろしてすぐ、玲香は修平にお礼の電話をした。
「稲留さん、ありがとうございました、助かりました、またお願いします」
「わかったよ、ママに仕事を回すように言っておくから・・・また、頼むね」
それからは、あかねから直接、仕事のメールが入るようになったのだ。
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NO7 お客様の居眠り
春樹がいつものように街を流していると午前1時を過ぎた頃、
今池から本郷のお客さんを乗せた。
駅で説明をするならば、
地下鉄東山線は名古屋を東西に横割りするような路線なのだ。
今池は名古屋中心部の栄より3駅ほど東に行った駅名だ
そして、東へ池下・覚王山・本山・東山・
星ヶ丘・一社・上社・本郷・終点藤が丘
になっている。つまり今池から8駅先までの距離だ。
春樹はお客様を乗せて本郷に向かっていると
本山辺りで春樹の前を玲香がお客を乗せて走っている。
春樹はその後ろについて走った。
玲香が何処までお客を送って行くのか気になったのだ。
すると、一社を過ぎたくらいで急にノロノロ運転になり、
なかなか止まらない。
春樹は、玲香を追い越すと、本郷手前でお客さんの指示を仰ぎ、
名東区役所の北側のマンションの前で下ろした。
玲香が気になる。急いで反対車線を見ながら 一社に戻る。
すると、やはり、一社東のENEOSガソリンスタンドの前に
玲香のタクシーが止まっていた。
玲香がタクシーから降りて後ろのドアを開けてお客になにか話しかけているようだ。
春樹は玲香の後ろに車を止めるとどうしたのか聞いた。
玲香にとって春樹は救いの神だった。
「どうやっても起きないの 、この交差点の南側に交番があるから、
助かったと思って行ってみたけど誰もいないし
名東警察署に行こうかと思ったけど、
メーターを入れたまま走ったらまずいし、
メーターを切ったら、現金しかもらえなくなるし、
クレジットだったら大変な事になるでしょ。
どうすればいいのか困っていたの」
「そういう時は、ちょっと待って!」
春樹は小走りでエネオスの自動販売機で冷たいお茶を買ってきた。
そして、お客のほっぺに冷たいお茶を当てると、
「起きてください、お茶を飲んで目を覚ましてください、起きてください」
と、大きな声で言う、お客はお茶を受け取った。
ここは、何処だって顔をしている。
「お客さん、ここ、何処だかわかりますか、ヤナセの信号、木曽路の信号ですよ、家はどこですか」
春樹が問う! お客はお茶を飲むと、やっと理解できたようで、
「家は右に曲がって、そこの交番の奥だ。
あ`いいわ、歩いて帰るから、ここで降ろしてくれ」
料金をクレジットで払うとお客は降りて行った。お茶のお礼もない。
「泉さん、ありがとうございます。
助かりました、どうしようって困っていたの
泉さんが来てくれて良かった!」
玲香はほっとしたのか!笑顔になった。
「こういうお客には、このやり方が一番だよ。ただね、お客が起きるまで、
『お客さん』って、読んだらいかんよ、
自分はお客だと思って甘えちゃうから、
何しろお茶を飲んで起きてくださいって言えば、
なんだろうって起きるから」
「さすが、プロ」
玲香は長年やっている人はやっぱり違うと思ったのだ。
「あのね、上野さんもプロなんだけど・・・・・」
「私、あの時、泉さんが追い越していくの見たの!
もしかしたら、助けに来てくれないかな~って
思ってたら心が通じた! 嬉しかった」
玲香の声が弾んでいた。
「まだ、一時間ちょいあるから、頑張ろうね」と言って二人は街へ向かった。
===================
近くてごめんね 五月半ば
毎年の事だが、お正月 ゴールデンウイーク
お盆はその前後も踏まえて夜の街は暇になる。
特に特別連休が終わった後はお金を使い果たした後なので
余計に暇になるのだ。
いつものように午後5時に出勤すると
たて続きに「近くてごめんね」の連発である
今もまた、「近くてごめんね」と言って男の客が乗ってきた
「本当に悪いんだけどさ・・・・・」言って少し間が開く
春樹はこんなお客ばかりで少しいらだっていた。
「別に近いのはいいけど、何処へ着ければいいですか」
ちょっと投げやりな言い方である。自分でも、まずいと思った。
会社では決して、いやな顔は表面に出すなと言われている。
すると、お客さんは八事まで頼むと言った。
「八事ですか、ちっとも近くじゃないですよ
遠いですよ、ありがとうございます」
春樹のテンションが上がる。
「いやね、実は私も昔
タクシー会社に勤めていた事があって、その時にお客さんが
『近くてごめん 近くてごめん』
って、うんざりするほど言われてね、
あほらしくなってやめちゃったんだよ、
だから、運転手さんの気持ちがわかるんだよな~
それを、確かめたくて『近くてごめん』を連発してみたんだ!悪かったね」
「そうだったんですか、本当に私もその言葉を聞くとイラっとします、
それで、さっきは投げやりになってしまって、どうもすみません」
「そんな事はいいんだよ、本当にね、
この『近くてごめん』が挨拶だと思っている人が多すぎるよね、
昔からちっとも変わらん、ごめんと云うなら乗るなって思うよね」
「本当です、お客さん、もっとひどいのが、
『近くてごめん』って言いながら抜け道を誘導してもっと近道をする、
そうかと思ったら、『近くてごめん』って言っておきながら、
ワンメーターの所で値段が上がる手前で止めろって言うお客、
ふざけています。
だったら、最初からごめん・・・なんて誤らなければいいのに・・・・」
「そうそう、私が辞めたのもね、さっきの運転手さんと同じで
『近くてごめん』『近くてごめん』の連発で、疲れちゃって、
【何処まで】って、舌打ちをしたんだ。
それが苦情になって会社で始末書まで欠かされてね。
安全手当7000円まで無くなちゃって、それで辞めたんだ」
「そうだったんですか、その気持ち、痛いほどよくわかります。
お客が最初に運転手の気分を悪くさせておいて、
運転手の態度が悪いって云うけど、自分たちが引き金を引いている事、
気が付いてないんですよね
仕事はどんな仕事でも、気分良く仕事をしたいのに、
みんな同じだと思うけど、運転手だって悪い人はいない
ただ、乗って来る早々、ごめんね、って言われても、
そんな挨拶、どこにもないですよね」
「そのとおり、普通に運転手が『どちらへ行かれますか』と尋ねた時に
目的地を言えばよいだけの事。近くても、ごめんねは要らん言葉だ。
それにタクシーに乗ってもリードするのはお客でなく、
運転手にさせるべきで乗って来るなり、
何処何処へ行け、ナビ入れろと命令されても・・・・・
運転手が、『どちらに行かれますか』 の問いかけに答えていくのが、
一番いいのだ、『どのように行きましょう』『ナビ入れましょうか』
その問いかけに、しっかりと対応してくれれば、
運転手もお客さんも気分よく居れると言うのに!
レストランでもホテルでもボーイの応対に素直に
応じているようにタクシーも同じだとおもうがな」
「まさにお客さんのおしゃる通りです。なんだか、す~ごく嬉しいです。
お客さんに出会えてよかった」
春樹はすごく実感がわいてきて嬉しかった。
そんな話で盛り上がっているうちに八事に着いた。
お客さんは頑張ってねと言って5000円を出し、
端数のお金は置いて行かれた。
春樹はしばらく降ろした場所から動かなかった。
じわ~と、よくわからないが心が温まって来たのだ。
===================
NO8 修平 カメラを矢田川に忘れる
最近、玲香はスナック茜から仕事の依頼が増えた。
昨日は一宮のお客さんだった。
稲留さんに茜というスナックを紹介してもらったのに、
何もお返しをしていない。
そして茜のママにもたくさんのお客さんを
世話してもらっているのでお礼を言いたいと思っていたのだ。
そんな時、稲留さんから電話が入った。
まだ、午後1時だ、今夜の仕事の依頼かなっと思って電話に出た。
「ごめんね、寝てた?」
「いま、起きた所ですけど、どうしたんですか」
「うん、実はね、春樹に電話をしても、
まだ寝ているのか電話に出てくれないし、
それで、上野さんに電話をしたんだけど、
実は、私・・ 今日は仕事が休みでさ、
朝から千代田橋の下でアオサギを撮影していたんだけど、
そしたら、茜のママから電話があってさ、桑名の吉田さんって人だけど、
スナック茜に昨夜スマホを忘れていったらしいんだ。
ママがそれを私に届けろって言うから、二つ返事でいいよって言って、
さっき、ママからスマホを預かって
今、桑名へ向かっている途中、高速の中なんだ、
でね、バカだからさ~、千代田橋の下にカメラを置いたままなんだ、
本当にバカだからさ~、カメラを片付けるのを忘れちゃったんだ。
参っちゃった。大きな三脚にカメラを取り付けたままだから、
すぐわかると思うんだけど、ま~あんな所、誰も来ないと思うけどさ、
取られたら60万円ほど損するからさ、
本当に悪いんだけど、取りに行ってくれないかな~」
「うん、わかった、60万円取られたら最悪だね。
千代田橋のどっち側」
「ごめんね、アピタの裏側 千代田橋の西側に三角の公園があるよね、
そこから下に降りていけば、すぐにわかるから、
本当にごめんね、助かるわ、
こんな時に春樹に連絡が取れないんだから
寝ているんだわ、あいつ、参ったね、ごめんね、頼むね」
修平は本当に焦っていた。
玲香はすぐに車を飛ばした。玲香の家から千代田橋まで10分もかからない。
すぐだ。矢田川に着くと、確かに川沿いに三脚とカメラがあった。
大きくて重い、流石60万円だ。それを担いで車に乗せると
玲香は修平にすぐ連絡をした。
「ありました。本当に大きくて重い。車の所まで運ぶの大変でした。
でも、カメラに傷はつけていないので大丈夫です」
「いや、助かったわ、ほっとした、ありがとう、本当にありがとう、
今度、何かごちそうするから・・・なにがいいかな~」
玲香は修平のほっとしている顔が目に浮かんだ。
「カメラ、返さなきゃ、どうすればいいですか」
「本当だ!そうだね、後で取りに行ってもいいかな、本山のどこだっけ」
「じゃ、本山まで来たら電話をください」と言って玲香は電話を切った。
4時を過ぎた頃、修平から電話が入った。どうやら、本山まで来たらしい。
「はーい、稲留さん、今、何処ですか?」
「今、猫洞通に入ったよ」
「じゃ、猫洞通2丁目を南に曲がった、一つ目の路地で私、待っています」
「わかった。すぐに着くと思うよ」
玲香はすぐに通りに出ると白いクラウンが目の前に現れた。
玲香は自分の車(マツダ2)の横に誘導すると、
修平が車から降りてきた。
玲香が車からカメラと三脚を出そうとすると
修平が自分で取るからと言って自分の車にカメラを載せ替えた。
「ありがとう、助かったよ、私の宝だからね、なんで、こんな大事なもの
忘れたのか情けないね、カメラを置き忘れた事に気が付いた時はもう、体に電気が走ったみたいに青ざめたよ!無かったらどうしようと思った!
はぁ、本当によかった、上野さん、ほんとうにありがとう」
「稲留さん、カメラより、ママさんの方が大事なんですよ」
玲香は修平の照れた顔を見て、間違いないと思った。
「いい車、乗ってるね マツダの車か、かっこいいね、赤がいいね、
あれ、足立ナンバーだね」
「去年、東京から名古屋に来てそのままなんです、まずいですか」
「来月、車検だからその時でいいんじゃないかな」
「今日は本当に助かったよ、ありがとう!上野さん、今から仕事だね」
「 はい、いやだけど仕事です」
「じゃ、今夜22時頃、呼ぶわ」
「それって、スナック茜に行くんですか」
「うん、吉田さんから預かった物があるから、
ママに渡さなきゃならないし、
なんか、食べ物だから早く渡さないと腐ると困るからね」
玲香が覚悟を決めたように、1オクターブ高い声で言った。
「私も連れて行ってください、ママにお礼を言いたいし・・・」
「会社は? どうするの?」
「私、今、風邪をひきました」
わざとらしい咳をすると、スマホを手にして、
修平の目の前で会社に電話をかけた。係長が出た。
「すみません、上野です、今、起きたんですけど体調悪くて・・」と
言いながら咳をする。
「風邪かな、無理しなくていいから、ゆっくり休みな!
病院へ行った方がいいよ、お大事に!」
玲香は修平に、舌を出して笑った。
修平の車で一度、修平の家に行くと車を車庫に入れて、
そこからタクシーを拾い二人は錦に向かった。
修平はタクシーの中からママに電話をする。
「今、タクシーで向かっているけど、まだ、早いかな」
「私も今、向かっている所、あと、5分もあればつくから」
「こっちはもう少しかかるかな、
吉田さんから真空パックのハマグリ預かっているし、
それから、上野さんが来たいって言うから一緒にいるんだけど・・・」
「そう、上野さんもいるのね、楽しみにしてるって言っておいて・・・」
ママの声が筒抜けだった。
============
NO9 修平 玲香 茜に行く
まだ、「Closed」の看板が下げてあるスナック茜に入ると
カウンターの中でかたづけをしているあかねがいた、
ボトルセットが用意されているカウンター中央に二人が腰かける、
あかねが二人に会釈をしながらぼやいた。
「今日はありがとう 助かったわ、吉田さんも困った人だわ、
昨夜、会社のスマホを忘れて行ったので、
それがないと仕事ができないからって、
私にそのスマホを持って来いって言うのよ!
そんなの、私に言われても桑名が何処にあるのかもわからないのに、
行けるわけないでしょう。
修平さんに連絡が取れなかったら、どうしようかと思ったわ」
「大丈夫だよ、私はママの縁の下の力持ちだから困った時は
しっかり、後ろ盾になるから」
と言って修平は預かってきた真空パックのハマグリをあかねに手渡した。
あかねが玲香に名刺を渡す。
「いつもありがとう、まだ、ちゃんと挨拶もしてなかったわね、
私はあかね 宜しくね」
と言って玲香に名刺を差し出した。
玲香はママの丁寧な挨拶に少したじろいで挨拶をした。
「こちらこそ、お世話になっています。
私なんかに、お客さんをお世話していただいて、
一言お礼が言いたくて今日は来ました」
あかねが玲香におしぼりを差し出しながら
「最近、少し忙しくなって来たかしら、
お客さんって帰る時間がだいたい一緒でしょ、
だから2台じゃ足らなくて修平さんに頼んだら、
貴方を世話してくれたの、なんでも、春樹といい仲なんだって!」
玲香は修平の顔をまじまじと見て、
「えぇ~ 春樹さんて泉さんの事ですか? いい仲だなんて、
私が一方的に思っているだけで全然、泉さんに相手にされていません」
「そんな事ないだろ、春樹はよく、君の事、話しているけどな~
だから、てっきり付き合っているのかと思っていたけど・・・・・」
修平が言った。するとママが
「春樹は基本、根がまじめだからね、それにすごく奥手でしょ、
照れ屋だし、簡単にはいかないかも。きっと、自分で操作ができないのよ、
そうよね、そうなのよ、だから・・・・・」ママの言葉が止まった。
「だから、なんだよ」ゆっくり、優しく修平が問う、
ママは話を逸らして、
「修平さん、このハマグリ、どうやって食べるのよ」
「酒蒸しでいいんじゃない、作ろうか?」
「じゃ、お願い!」修平はカウンターの奥に入っていった。
「上野さんは、修平さんに茜に行こうって誘われたの?」
すると、修平が奥から大きな声で口を出す。
「ちがうよ、本当は上野さんが、あ`れいちゃんでいいかな」
修平が玲香に呼び名の変更を求めた。玲香が笑って答える
「れいちゃんでも玲香でも、好きなように呼んでください」
玲香も奥にいる修平に聞こえるように大きな声で答えた。
「じゃ、これから、れいちゃんって呼ばせてもらうよ、
私の事は修平さんでいいからね、その方がつながりを持てるしね、
春樹の事も春樹さんって試しに呼んでみたら・いいかも」修平が言った。
玲香はあかねの問いに答える
「で、さっきの話ですけど、昼に稲留さんから電話をいただいて・・・・・」
玲香がカメラを忘れた事を話そうとした時、
「あ、れいちゃん、その話はいいからさ~いや、参ったな~」
修平が、焼いたハマグリを器に盛ってカウンターに置いた。
「なに、どうしたの」 ママが話に飛びついた。
「れいちゃん、修平さんが何をしたの、教えて・・・・・教えなさいよ!」
だんだんママの目が真剣になってきた。
玲香は修平に目であやまると、あかねに説明をした。
「昼に 稲留さん、‘あ‘ 修平さんから電話があって
千代田橋の下にカメラと三脚を忘れたから、
取って来てくれって、頼まれたの、
ママから電話を受けたら、鳥の撮影の事も忘れたみたいで・・・・・
修平さんが、今、桑名に向かっているから取りに行けないからって、
60万円のカメラが誰かに取られたら大変だから
取って来てくれって、頼むって、
だから、私、急いで千代田橋まで探しに行ったら、
ちゃんと三脚の上にカメラもあったので持って帰って来たの、
す~ごく大きいカメラ、重かった~」
「本当に助かったよ、れいちゃん ありがとう」
「どう、ハマグリ?」三人は大きなハマグリをくわえて身を食べた。
ハマグリの上に細かく刻んだネギがふってある。
「美味しい」「ネギがいいね」「いけるわ」
ハマグリをしゃぶりつきながら、てんでに感想を述べている。
「つまり、修平さんは、川で鳥を撮影している時に、
私が桑名へ行ってって頼んだもので、カメラの事も忘れて、
桑名までスマホを届けに行ったって事ね、
吉田さんも吉田さんなら、修平さんも修平さんだわ」
ママが大笑いして言った。
「 バカじゃない、もう、やあねー」
あきれているあかねがいる
「れいちゃん、悪かったわね、
もう少しで、修平さんから60万円を請求されるところだったわ、
あぶない あぶない」
修平が話を繋いで
「スマホを届けてから、
れいちゃんのマンションへカメラを取りに行ったら、
茜へ行くのなら私も行きたいって言うから、
仕事はどうするの?って、聞いてる最中に、
もう、会社に電話して嘘咳をしながら
『ちょっと、体調が悪いので休みます』
だって!私も開いた口がふさがらなかったよ、
れいちゃんは本当にやる事がすごいよ」
「そう、行動力があるのね、私に似てるかも、ねぇ」
そんな話をしていると、智美と香奈子が出勤して来た。
「あら、修平さん、いらっしゃい、早いですね」智美が言う。
「ママと同伴ですか? 上野さん、お店初めてですよね」
香奈子が言った。
「いつも、お世話になっています。
今日はそのお礼もかねて、修平さんに連れて来てもらいました」
玲香が丁寧にお礼を言った。
「お礼だって、ママが一番助かっていると思いますよ、ねぇ、ママ」
「だって、ほら、先週の金曜日、新規で来られたお客さん、
なんていったけ」
香奈子が問うと
「浜口さんたち」
智美が答えた。
「そう、あのお客さんたち茜に来たら、
タクシーが捕まるからって来たらしいよ」
「茜専属タクシーも有名になって来たね」と云っていると、
お客さんが入って来た。
「中沢さん・吉村さん、いらっしゃい」ママが出迎える。
カウンター席の奥へ誘導すると、
あかねは、とりあえず突き合わせといいちこを棚からだした。
「加奈ちゃん、炭酸くれるかな、昨日から立て続けだって言うのに、
吉村がちょっとだけって言うから来たけど、軽く飲んで帰るから」
修平が中沢さんに軽く頭を下げると、吉村さんが指さして言った。
「あれ、この間、時間が無いって言ったら名駅まで、
すっ飛ばしてくれた運転手さんだよね」
「あのせつは、どうも、間に合いましたか」
「やっぱりそうだ、なかさん、タクシーの運転手さんだよ」
「はいはい、おかげさまで助かりました、今日もじゃ、お願いしようかな」
「今日はこの人たちはお客さん、お休みでお礼がてら来てくれたの」
ママが言う
「じゃ、わしらもお礼しなきゃ」
「違いますよ、お礼する側は私たちですので、
また、タクシー使ってくださいね」
「いやいや、また、乗せてくださいね、だろ」みんな、大きな声で笑った。
また、お客さんが3人、入って来た、ママのスマホに電話がなった。
どうやら、席の確認の電話だ。
忙しくなってきたので、修平と玲香は帰る事にした。
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NO10 1時間の幸せ
春樹が仕事を終えて会社に戻ると玲香は納金を済ませていた。
納金とは、今日の売り上げ金を日報と一緒に
会社に提出しなければならないのだ。
玲香が春樹が事務所に入って来たのを見つけると
春樹の袖を引っ張って、外に連れ出し、
今度の火曜日、休みが一緒だから食事に行こうと声をかけた。
春樹は、何があったのかと玲香に着いて行くと
「いいですね、でも、俺はお酒は飲めないから、
だから、居酒屋も好きじゃないし・・・・・」
「どこか行きたい所ありますか」 玲香が聞いた。
「そうだね、上野さんはウナギは好きですか、
女性の方は苦手な人が多いみたいだから」
「はい、好きです!名古屋はやはり蓬莱軒ですか」
玲香はうなぎ屋と云えば蓬莱軒しか、頭に浮かばないのだ。
「いや、俺は澤正へよく行きます。よくって言っても年に2回程度ですが、
安月給なので中々行けません」と言って苦笑いをした。
「澤正って初めて聞きますが、何処にあるのですか」
「観光ホテルの西側、角のセブンイレブンの南側にあります」
「ありましたっけ」
「あります 昔からあります、老舗です。
蓬莱軒やうな富士、しら河、新補、西本、いば昇等
有名店は多数ありますが、俺の好みはやっぱり澤正かな!
そこのウナギは後味がいいんですよ、
ウナギを食べた後、仕事をしていても
一時間は口の中がしあわせ、幸せってほころんでいます。
嫌な客が乗ってきても、なんとか、ウナギがカバーしてくれるので、
本当、一時間の幸せ、最高です。他のウナギ屋も行った事はありますけど、
大概がお店の中だけで食べて[おいしかった]ですが 、
一時間の幸せはついていません」
「へぇー 、じゃ、私もその一時間の幸せにつかりたいです。
是非連れて行ってください」
玲香は春樹を上手く誘えた事にガッツポーズだ。
翌、火曜日、玲香は午後6時に
本山駅のセブンイレブンの前で待ち合わせをした。
春樹は時刻に合わせて行くと
まだ少し早かったが、玲香はすでに立っていた。
玲香を乗せると広小路通りを西へまっすぐ走る。慣れた道だ。
仕事では、この広小路通りを中心にタクシーを流していると言っても過言ではない。
伏見を超えヒルトンホテルの前の信号を北に曲がる、一方通行の道だ。
中ノ町通りの呼び名がある。右側は観光ホテル、そして左側に澤正がある。
駐車場には5台ほどの枠があるが、
まだ、時間が早いのか1台も止まっていなかった。
お店に入ると向かって右側は4人掛けテーブルが四つほど見える、
左側は2人掛け用のテーブルが4台並んでいた。
その奥は、個室席か、畳席か、仕切られているのでよくわからないが
部屋がある事は確かだ。
春樹は、ここに来る時はいつも隅の2人席に座っていた、
仕事の制服を着て食事をするのは少し抵抗があったのだ。
一番最初に、この店に入った時、[すみません、制服でもいいですか]
と云って入った事を記憶していた。
制服を見ればすぐにタクシーの運転手とわかりそうな制服なのだ。
なんだか、いやらしく感じたが、店員さんは気持ちよく案内してくれた。
それ以来、何回かは来てはいるが、
いつも、静かに目立たないようにポツンと
一番手前の2人テーブル席に座っていた。
しかし、今日は、堂々と入れる。
ドアの開け方も、なんだか、堂々としていると春樹は思った。
4人掛けのテーブルに座ると、店員さんが注文を聞きに来た。
玲香はひつまぶしを注文しようとしていたが、
春樹は「うな丼2つ」と言って注文してしまった。
玲香は申し訳なさそうにビールをせがむ。
その時、丁度、店員さんが来たのでビールを頼んだ。
「ごめんね、今日はうな丼にしよう。ひつまぶしもいいけどね、
だし汁をかけて食べたら、一時間の幸せが半分になってしまう。
うな丼なら、しっかり味を堪能できて口に残るから、ね」
それも、あったが、実は普通のうな丼でも3500円だ。
2膳だと7000円、ビールが600円、春樹には痛い出費なのだ。
「そうなんだ、そうか、お茶漬けにしたら味が残らないのですね、
どうしよう、ビールと一緒に食べたら、ウナギが消えちゃいますか」
「さぁ~、食べたらわかるよ」そう云っていると、うな丼が運ばれてきた。
「おいしそう、いい匂い」
玲香は箸を割ると、ウナギを口にほおばった。
「美味しい、香ばしい、本当だ、おいしい」
笑顔、満タンで箸が進む。春樹も黙々とうな丼を食べた。
「どう、一時間の幸せはありそう」春樹が聞く。
最後のビールを飲むと、
「美味しかった。今、わたし、最高に幸せです」と言って玲香は笑った。
春樹がレジで支払いをしようとすると、玲香が横から
割り込んで店員さんに「これでお願いします」と言って一万円札を出した。
春樹の心の中では、女性に払わせるなんて、様にならんと思う自分がいた。
「今日は私が払うって言ったでしょう」
なんだか、昨日までのよそよそしい玲香じゃないと春樹は思った。
すごく、身近に感じるのだ。
時計を見ると、午後8時を過ぎていた。
「どうする、もし、まだ、飲みたいのなら、
1軒、知ってるスナックがあるけど行く?
1時間くらいなら付き合うけど」
「えぇ、どこどこどこ、行く、行く、行く 」
玲香のテンションが上がっている。
「錦のジャンボパーキングの近くだけど、本当に行く?」
「行くったら、行く 行きます」
春樹がもじもじとあかねに電話すると、
「あら、どうしたの」
受話器から優しい声がした。いつもの、上から目線の声じゃない。
「ママ、今から行ってもいいかな、二人だけど・・・・・」
「いいわよ、ただね、今日、ビルの配管が詰まって、今、工事中なの 、
だから、お店は今日はお休みだけど、おいで! 春樹
2人って、れいちゃん? 修平さんは仕事中だし・・・・・れいちゃんでしょう」
声が大きいので玲香にもつつぬけである。
「あれ、れいちゃん? 上野さん? 何で知っているの」
春樹は玲香の顔を見ながら確認を取る
「知ってるわよ、茜の専属タクシーは修平さんと春樹とれいちゃん
3人なの 知らなかった? 」
「いつから、全然 知らなかった、誰も何も教えてくれないし」
春樹は玲香の顔を見て
「なんで教えてくれなかったの」ってつぶやいた。
春樹があかねに問う、
「休みなのに、本当に行っていいの」
「だから、おいでって言っているでしょ、休みだからいいんじゃない」
と言ってあかねは電話を切った。
春樹はなんで休みの方がいいのかよくわからなかったが、
そんな事、考えても仕方がないと思った。玲香が問う。
「泉さんって、茜のママと親戚かなんか?」
春樹が答える。
「そんな、親戚でも何でもないし、
知り合ったのも去年の暮くらいからだし、よくわからないけど、
ママは俺にはいつも、あんな態度なんだ。
修平には修平さんって言っているくせに、俺には春樹っていつも呼び捨て、
なんだかな~、どうでもいいけど・・・・・」
ジャンボパーキングに車を入れると、茜に向かった。
まだ、工事をしているようだ。3人の作業員がパイプを交換していた。
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NO11 スナック 茜で
お店のドアに close クローズの看板が掲げてあった。
そうだ、お店は休みだ。休みなのに、本当に入っていいのだろうか、
春樹は不安げにお店のドアを開けた。
あかねはカウンターのテーブルを雑巾がけしていた。
「ママ、来ちゃったけど、本当にいいの」春樹が尋ねる
「あら、いらっしゃい、ソファーに座って、
ちょっと待ってて、こんな時でないと掃除できないから・・・」
「私、手伝いましょうか」
玲香がカウンターの花瓶をずらしながら言った。
「ありがとう、でも、すぐ終わるから、待っていて」
あかねは早々に掃除を切り上げると、
「れいちゃん、此間、ありがとうね。
修平さん、けっこうおちょこちょいだから、ほんと、助かったわ」
春樹には、何の話だか全く分からないと云うか、なんで自分より、
玲香の方があかねと親しいのか訳が分からないと思った。
茜専属に玲香も加わっているとは意外だったのだ。
「水割りでいい」
「はい、ライムでお願いします」
あかねがボトルセットをテーブルに持ってくると、
玲香は自分でコップに注いだ。
「春樹は何 飲むの?」
あかねがカウンター越しに聞いた
「ノンアルコールなら何でもいいけど」
「今日も車なの?」
「そう、だけど どっちみち飲まないし・・・・・」
「ここにライムあるからライムサワーにしようか」
「うん、酒が入ってなければなんでもいいよ
ねぇ、ママ ここに来る前に澤正に行ってきたんだ。
一時間の幸せを買いに・・・」
「澤正って…なにやさん、一時間の幸せが売っているの?」
あかねには何のことだか分からないらしい。
すると、玲香がつかさず言った。
「観光ホテルの横にあるウナギ屋さん
泉さんが美味しいからって連れてってくださったの
後味がいいから、一時間は幸せになれるって言ってたけど、
もう、私、後味、消えちゃった」
と云って玲香は二杯目の水割りを口にした。
「食べたのが19時半頃、今、20時半、もう、1時間経っているか、
でも、俺はほのかに残っているよ」
「ねぇ、ママ、聞いて、私、泉さんに一時間の幸せより
永遠の幸せがいいって言ったら、なんて言ったと思う」
「なんて言ったの」あかねはくすくす笑って聞いている。
「じゃ、毎日、ウナギを食べに来ようか、だって!」
「だから、冗談 冗談だって、言ったのに」 春樹は困ったような顔をした。
「ふふふふ、可笑しい、ねえ~、女性の気持ちなんて全く分からないのよ、
困った人ね」ママも二杯目の水割りを飲んでいる。
春樹がカラオケをしたいと言い出した。
するとあかねはカラオケのセットをしてリモコンとマイクを春樹に渡した。
奥に小さな舞台がある、
そこへ行って春樹は【夏をあきらめて】を歌いだした。
あかねと玲香は総武線がどうの、浅草がこうのと言って盛り上がっている。
春樹は、そのあと【松山千春の大空と大地の中で】を歌って戻ってくると
「あぁ、強姦魔が帰ってきた。春樹は危ないから気を付けた方がいいわよ」
だいぶん、あかねも酔っているようだ。春樹を指さすと
「わたし、この人に強姦されたんだから、オッパイはもまれるし、
乳首は吸われるし、下半身まで手が伸びてくるし」
春樹はそれを聞いてびっくり、首を横に振り続けながら違う違うの連発。
「ママ、ひどいよ、全然、話が違う、逆だよ 逆
ママ、この話は誰にも言うなって 云って 自分で言っているじゃん
違うんだから、上野さん、信じて!」
春樹はあかねをにらむと玲香に救いを求めた。
すると、あかねが立ち上がって、玲香にもつ煮を食べるかと聞いた。
玲香がいただきますと言うと、あかねは、カウンターの奥に入って行った。
玲香は春樹にどういう事かと問いただした。
「本当はこの話は誰にも内緒って言ってたから黙っていたけど、
去年の11月頃に錦を流していたらママが乗ってきて勝川って言うから、
勝川まで行ったんだ、
そしたら、そこの公園に寄せろって言うから寄せたら、
急に車から降りて助手席に移動してきたんだ。
ここで、支払するのかなと思って、ママに4200円ですって言ったら、
いきなり 急に 突然、俺の唇をめがけてキスしてきたんだ。
びっくりして、何するんですかって怒ったら、じっと俺の顔を見て、
ニコッとして『いや』って言うんだ。
とっさに『いやじゃないけど』って言ったら、『じゃ、いいじゃない』って言って、目を瞑ってキスのポーズをとったんだ、
だから、いいんだと思って、ありがとうございますって言ったら、
ママが大笑いして・・・・・」
玲香がゲラゲラ笑いだした。
「馬鹿じゃない、そんな時にありがとうって言う」
もう、笑いが止まらないようだ。玲香は笑いを抑えると、
「わかったわ、今の話、よく分からないから、現場検証しましょう」
春樹が戸惑う、どういう事?って顔をした。
「最初に、ママが・・・ 」と言ったとたん、玲香は春樹にキスをした。
玲香はまだ、くすくす笑っている。
くすくす笑いながら唇を春樹の唇に押し付けている、
時間が長く感じた。玲香は姿勢を戻すと
「キスをした後、ママはどうしたの」
春樹は降参したように素直に玲香に従った。春樹の目があかねを探す、
「そしたら、ママが俺の手を取って」
「どっちの手」
「左手だったかな」
玲香は春樹の左手を掴むと
「どうしたの」
「ママが自分の胸に俺の手を押し付けた」
「 どっちの胸」
「えぇと、左手を右胸に押し付けた」
「こう!」と言って、玲香は自分の胸に春樹の手を押し付けた。
「それから・・・・」 玲香が甘い声で言った。
「それから、ママが来ている服のボタンを外して
オッパイをもめって言いだした」
玲香はTシャツだったので、Tシャツをまくって上にあげると
ブラジャーも一緒に上にあげた。大きなオッパイが顔を出す。
「揉んで・・・左側も・・・・・」しばらくそうしていると、
春樹は顔をオッパイに持ってきた。
その時、あかねが熱々のもつ煮を持ってきて、
「あら、ラブラブね、私も混ぜてもらおうかな」
って言うのだ。春樹はびっくりして、
「待って・待って・待って・・・・・
これ、ただ、あの時の現場検証していただけだから、違うんだから・・・・・
ママがいらん事を言うから、こんな事になったんだよ」
春樹は青ざめた顔をして言った。
あかねと玲香は目を合わせて大笑いだ。
その後も、春樹は ライムサワーを飲んだ。
実はライムサワーにはウイスキーが少し落としてあったのだ。
あかねは、春樹を少し酔わせて玲香との距離を近づけようとしていたのだ。
結構、春樹はまじめな男だ。
普通につき合っていても、なかなか煮え切らない、
あかねは玲香に春樹が好きなら、もっと強引にいった方がいいと言って、
この現場検証をたくらんだのだ。
とはいうものの、あかねは玲香の行動に仰 天した。
流石、この子やるわ、ただものじゃないと思った。
あかねが玲香に言った、
「どう、この子、いい子でしょう、れいちゃんにあげるわ」
「えぇ、もらってもいいんですか」
「特別だからね、大事にしてよ」
「良かったね、春樹、れいちゃんがもらってくれるって」
「ちょっと、待ってよ、あげるとか、もらうとか、
俺、ママのものじゃないし、それ、変だよ、おかしいよ、俺は俺だから」
「あら、玲香がもらってくれるって言ってるのに、あんた、いやなの」
ママの顔が迫ってくる
「いやじゃないけど・・・・・」
春樹は追い込まれると、すぐに口癖の【いやじゃないけど】になるのだ。
あかねは急に優しい言葉で、玲香に言った
「いやじゃないそうよ、もらってほしいって言ってるわ」
「大事にしてね」そう言って、春樹をつまみにして飲んでいると、
春樹が3杯目のライムサワーを口にした時、気持ち悪いと言い出した。
春樹はトイレに走る。
トイレから春樹の【ウエェ】って云う嘔吐が聞こえる。
玲香は心配になって春樹を見に行った。
春樹はトイレで腰を下ろしてダウンしていた。
あかねと玲香は春樹を担いでソファーに横たわせると
「ちょっと飲ませすぎたかしら、そんなに飲ませていないんだけどね、
やっぱり、肝臓が弱いのかしら~
修平さんが『春樹は肝臓が弱いから』とは、言っていたけれど
ちょっと様子を見てダメだったら救急車を呼ぼうか」
あかねが不安そうに言った。
10分ほど経った頃、玲香の膝に頭を下ろして寝ていた春樹が、
「水、下さい」と言って体を起こした。
「大丈夫、歩ける」玲香が言った。
あかねがスポーツドリンクをコップに注いで持ってきた。
「ゆっくりでいいから、これ飲みなさい、少しは楽になるはずよ」
しばらく、そうしていると、春樹は帰ると言い出した。
玲香が送って行くという。玲香があかねにお勘定を聞くと、
あかねは今日は休みだから商売じゃないと云う。
今度は玲香が修平さんのボトル開けちゃったから、
それはダメだと言うのだ。
結局、玲香は2万円を置いて外へ出た。
あかねと玲香の肩を借りて春樹はタクシーに乗り込んだ。
修平にメールを入れると、【遠くなので無理】の返事が返ってきたのだ。
当然、玲香も一緒に乗る。
あかねは玲香に「ありがとう」とお礼を言って見送くった。
玲香は運転手に言った。
「運転手さん、この人、たくさん嘔吐した後だから・・・
大丈夫だと思うけど、
もし、万が一、車内を汚したらこの1万円で許して下さい。
料金は別に払います。一応、袋も持っているので、
私、しっかり抱えていますのでよろしくお願いします」
と言って、1万円を運転手に手渡した。
運転手は最初、困惑をしていたが、
玲香の話を聞くと態度が急変して、愛想良く守山区苗代に向かった。
春樹も酔っぱらってはいたが、
今、タクシーの中にいる事は認識していたようだ。
酔っぱらいながらも、気を使っているのが玲香には感じ取れた。
アパートに着くと、先に春樹を降ろすので、
少し待つようにと運転手に言った。
春樹の部屋は一階の一番手前だ。玲香の肩を借りて、
春樹の部屋に向かおうとするが危なっかしい、
それを見ていた運転手が見ておれないと言って肩を貸してくれた。
春樹のポケットを探ってカギを取り出すとドアを開けて
春樹を部屋の中に押し込んだ。
玲香は運転手にお礼を言うと、
「何処も汚していないと思うのですが どうですか」と尋ねる。
運転手も確認して、
「料金は3700円頂きます。この1万円から頂きますね」
と言って釣銭を用意している。
玲香は助けて下さったのでこの1万円を受け取って下さいと言って、
運転手にお礼を言うと、いそいで中に入った。
==========
NO12 春樹の部屋で
玲香は春樹を万年布団に寝かせると、どうしようかと考えた。
ハッキリ言って、一言 豚小屋だ。手のつけようがない、
大きなごみ袋(名古屋市指定)が部屋の隅で大きな口を開けている。
使ったちり紙が、万年布団の足元に落ちている。
エロ雑誌、エロビデオ、脱ぎっ放しのシャツ、
服、靴下、こたつ台にリモコン、
コーヒー缶、ハンドグリップ 耳かき、
UFOと書いてある食べ終えたカップ麺、割りばし、
畳の上は素足で歩くと、ゴミが足裏に刺さる感じ、
キッチンは、ゴミの山、どうしようと頭を抱えた。春樹は高いびきだ。
玲香はこの部屋を見たら酔いがいっぺんに吹っ飛んでしまった。
1DKの部屋だ。その気になればすぐに片付くと自分に言い聞かせると、
まずはゴミ袋を探して、要らんものはすべて分別しながらゴミ袋に入れた、
ビデオは守山区の小幡にあるゲオレンタルビデオ店から借りてきたようだ。
返却日が明日に迫っていた。
要らんものとは、汚いシャツ、パンツ、服、
全部要らない、私が後で買ってやればいいだけだ。何も問題ない。
どんどん、ゴミ袋行きだ。
そして、5袋のゴミ袋を縛ると外の玄関横に置いた。
通りに出れば、ファミリーマートがある。
そこへ行って、雑巾、マイペット、金タワシ、サンドイッチ、
牛乳などを買うと春樹の部屋に戻り、畳はマイペットで雑巾がけをした。
春樹が寝ている横で、ゴシゴシ、どうかと思ったが、起きる様子はない。
小さな冷蔵庫に入っていた牛乳、お茶も取り替えた。
23時に帰ってきて今、午前2時だ。掃除に3時間も掛かった事になる。
こたつ台の上に、
【牛乳は冷蔵庫に入っています。食べてください】
と書いたメモをサンドイッチの下に置く
玄関から見ると、一応は見れる部屋になったと玲香は思った。
GOOでタクシーを呼ぶと、玲香は春樹の部屋の鍵をかけて、
本山のマンションに帰った。
玲香がマンションでシャワーを浴びて眠りについたのは、
もう、4時近くだったのだ。
さて、明日の事を考える
春樹のスケジュール表は明日は連休になっていた。問題は私だ。
明日、会社に電話して、頭が痛いと言って休むことにした。
そうなのだ、明日の事を考えれば、確かに頭が痛い。
今から寝て、朝、10時には起きて、
タクシーで、錦のジャンボパーキングに行き、
春樹の青いカローラを取りにいかなければならない。
そして、戻って来た時、春樹が起きていればいいが起きていなければ、
先にイオンに行って下着や服を買ってくるか、
あるいは春樹が起きるのを待って二人で買い物に行くかだ。
なにしろ、春樹の着るものが何もない、全部捨ててしまった。
そんなことを考えながら玲香は眠りについた。
翌朝、9時には目が覚めた。ママからメールが入っている。
【昨日はありがとう、あれから、春樹、どうでしたか?】
玲香はあかねに電話をした。
寝ていたら、あとで、かけなおせばいいと思ったのだ
呼び出し音、5回目でママは出た。
「朝早くごめんなさい、起きていましたか?」
「昨日はありがとうね、春樹 どうだった」
「大丈夫です、高いびきで寝ていました。
タクシーに乗っている時も
意識はありましたし、問題ないと思います」
「一緒にいるの」ママが言う
「私は朝方、家に戻って今まで寝ていました」
「あ、そう、一緒じゃなかったんだ」
「もう、なにしろ、春樹の部屋は豚小屋以下で、とても座る所もなくて、
万年床に春樹を寝かすとすぐに高いびきで寝てしまいました。
私はそのまま帰る気にもなれなくて、掃除でもして帰ろうと思い、
春樹の汚い下着から服から全部ゴミ袋に入れて捨てました。
そして、キッチンの回りもきれいに片づけて、畳も拭いて、
あれから3時間近く掃除をして、それから家に戻って今まで寝ていました」
「豚小屋だったの、そうね、男の一人者ってそうかもしれないわね。
大変だったね、もう、りっぱな世話焼き女房じゃないの、春樹も幸せだわ、
だけど、本人、わかっているのか、どうか、言い聞かせないとわからないかもよ」
「私が世話焼き女房なら、ママは世話焼きお母さんですね」
「ちょっと、私、そんな年じゃないから」二人で大笑いだ。
「じゃ、私、今からジャンボパーキングに車を取りに行きますので・・・・・」
「あ、春樹の車があったわね、
私、今、実家にいるから会えないけど、また、来てよね。
なんだか、れいちゃんも身内のような気がするの、
会ったばかりなのに、私と同じ匂いがするの」
「ママ、私も全く一緒、前世で、親子か姉妹か、
縁者だったんですよ、きっと!」
「そうね!きっと、そうだわ、
じゃ、そういう事で長い付き合いをしましようね
今日から、姉妹でいいかしら」
「はい、お姉さま」 本当になにか通じるものがあると玲香は感じたのだ。
猫が洞通りから本山駅まで歩いても5分もかからない所に
玲香は住んでいた。
春樹の部屋の鍵を黙って持ってきている
極力、春樹が寝ているうちにカローラを取って来たいと思った
丁度、平和公園から下りてきたタクシーを捕まえると錦に向かった。
ジャンボパーキングから車を出して桜通りから環状線、
そして、千代田橋を渡ると苗代まで20分もかからない。会社のすぐ近くだ。
会社の事をすっかり忘れていた玲香はスマホを取り出すと、
車の中から会社に電話をした。課長が出る。
「すみません、上野です。腹が痛くて・・・・・生理痛みたいなんです。
お医者さんへ行ってきますが、今日は休ませてもらえますか」
「そう、無理しないでね、そうだね、病院行ってきた方がいいね、
もし、明日になっても辛いようだったら、
無理しないで電話してくれればいいからね、お大事に」
「はい、よろしくお願いします」 腹が痛いような声を出して話していると、
本当に腹が痛いような気がした。
春樹のアパートに着くと
トントンとドアをたたいて様子を伺った。出てこないと思って、
ドアにカギをさそうとしたその時、中から足音が聞こえてきた。
ドアが開く 春樹は眠たそうに目をさすっている。
「今、起きたの?」
玲香は平然と部屋に入って行った。
春樹は、部屋の中がいつもと違うのに、気が付いた、
「あれ、ここ、上野さんの家?」
「何が上野さんの家よ レイカでしょう、
昨日、玲香って呼ぶって言ってたでしょう。
結婚してくれるとも言ったじゃない、まさか、あれ、嘘じゃないよね」
玲香は春樹の顔をまじまじと見て迫った。
「えぇ」春樹は大きな声を張り上げた。
しばらく、沈黙が続く、 玲香は優しい声でなだめるように言った。
「覚えてないの!ママの前で俺たち結婚しますって言ったでしょう
私のオッパイにしゃぶりついていたじゃない」
春樹はオッパイと聞いて、
【そういえば、なんだっけ、オッパイをさわっていた記憶がある。
あ、そうか、上野さんとウナギを食べに行って、その後、スナック茜に行ったんだ】
ブツブツ言いながら思い出そうとしている。
玲香は、あんまり正確に思い出されても都合が悪いと思い、話をずらした。
「ねぇ、春樹」
昨日までの【泉さん】が【春樹】に呼び方が変わった【春樹】いい響きだ。
「春樹、おなかすいていない、
このサンドイッチを買ってきたけど、食べる!
牛乳も新しいのを買ってきたのよ、冷蔵庫に入っていた物、
全部、賞味期間が過ぎていたから捨てたからね」
こたつの上に置いておいたサンドイッチの袋を破ると、春樹に手渡した。
そして、牛乳を取り出してコップに移した。ハイっと言って手渡す。
春樹はまだ、状況が呑み込めていないようだ。サンドイッチを食べながら、
「ここ、俺んちだよな、す~ごくきれい
どうなった、上野さん 掃除してくれたの」
「だから、上野じゃないって言ったでしょう れいか レ イ カよ
ちゃんと言ってみて、私の顔を見て『玲香』って呼び捨てにして」
って迫った。
6帖の部屋で立ったままのやり取りだ。
外に聞こえていてもおかしくないと玲香は思った。
「早くっ」と言ってせがむ
「れ い か 」 春樹は言葉をつづるように言ってみた。
「もう一度、ううん もう、10回 呼んでみて」
「えぇー」 照れくさそうに、玲香、玲香って指折りしながら春樹は言った。
気が済んだのか、玲香が話し出した
「昨日、ごめんね!
ママがレモンサワーに焼酎を混入させていたみたい。
あとから誤っていたけど、だから、タクシーで帰って来たの、覚えてる?
大変だったんだから、私一人で春樹を担いで、
その汚いせんべい布団に寝かせたんだからね、わかる?」
玲香はここで、しっかり、恩を売って、嘘も事実に塗り替えたいと思った。
「どう、頭痛くない、二日酔いしてる?大丈夫?」
「そういえば、確かに玲香さんと帰って来たような気がする」
春樹がつぶやいた。
「じゃ、玲香さんは・・・・・」
話しかけてる春樹に玲香が怒鳴った
「だから、玲香さんじゃないでしょう、
本当にわからないんだからもう一度、言い直して」
「じゃ、玲香は昨日、ここに泊ったんだ」
「そう、その汚いせんべい布団で一緒に寝ていたでしょう」
「そうなんだ」春樹はそう言われれば、そうなのかな~と思った。
「ねぇ、今から買い物に行って、うちに来ない」
玲香がニコニコして春樹にねだった。
「あ、そうだった!車、取りに行かないと、お金、高いだろうな、
3,000円位かな」「4,500円」 玲香がつぶやく
「4,500円って、なんでわかるの!」
「今朝、春樹が高いびきで寝ている間に取って来たわよ、
ほら、あそこに見えるでしょう、ついでにガソリンも入れて来たわ」
「本当に・・・・・ありがとう、ガソリン代いくらだった」春樹が聞くと
「いいわよ、だって、結婚してくれるんでしょう
私を抱いといて、今更、いやだなんて言わないでよ」
「本当に、本当に俺でいいの」
「仕方ないじゃない、夕べ、強姦されたんだから」
「してない、してない、してない」
と言って春樹は首を何度も横に振り続けた。
玲香が今とばかりに言った。
「ねぇ、結婚式、いつがいい」 甘えた声で春樹にせがんだ、
春樹は展開の速さについていけないようだ。
「まだ、ちょっと早いから・・・・・」
「じゃ、いつ 今年の秋、冬、正月?いつ!」
「だって、お金を貯めないと・・・・・」
「あ、そういう事ね」玲香は肩の荷が下りたような気がした。
「お金の心配はしなくていいから・・・・・私、お金持ちだから」
「玲香はお金持ちかもしれないけど、俺はそんなに持っていないから、
結婚式代くらい、俺の甲斐でするから・・・・・」
「じゃ、いつ!」
「そのうち」
「そのうちっていつ」
ちょっと、待ってと思いながら、
「年明け早々」
それを聞いた玲香はしてやったりと思った。
うれしくて、嬉しくて、うれしくて
春樹に抱きつくと あつ~いキスをした。
長~いキスだった。
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NO13 春樹のプライド
玲香は春樹に今日の予定を伝えた。
「春樹さ~、このエロビデオ 今日までだよ、
ゲオに寄ってからイオンに行こうか、
私、春樹の下着、汚いから全部、捨てちゃったし、
服も買いたいし、食品も買いたいし・・・だから いぃい」
「あの、お願いがあるんだけど・・・・・おれ、子供じゃない・・・・・
なんか、傷つくんだけど、その、ズバ ズバ、云うのやめてほしい。
エロビデオも恥ずかしいし
下着が汚いって言われても、なんか、いやなんだ
なんか、馬鹿にされているようなガキ扱いされているような、
茜のママもそうだけど、あれ、もしかして、茜のママと姉妹・・・・・
俺に対する態度、一緒だよね!」 春樹はふと、そう思った。
「ふ~ん、そうなんだ、プライドを傷つけているのかな~ごめんなさい」
少し、沈黙が続いた。そして、玲香が切り出した。
「ごめんね、そうだよね、私、春樹に甘えているのかもしれない
男って、みんな、自分中心で、女の扱いって、なんていうのかな、
『俺の言う事を聞け』みたいな、一方的なところがあって、
ちょっと、反論すると、
オオカミみたいにすぐに牙を向けてくるでしょう
だけど春樹は、うまく言えないけど、春樹といると安心できるの、
何、言っても受け止めてもらえるような気がして、
だから、強く出ても大丈夫のような~なんて言ったらいいのかな、
母性本能・・・湧いてくる?きっと・・・・ママも同じだと思う」
玲香は台所でしゃがみ込んで話をした。
「ほめられているのか、けなされているのか、よくわからないけど、
ほんと、すべてが、急に変わっちゃって、
ちょっと、待ってくれ、時間が欲しい」
「それって、付き合うのやめるって事、付き合うの、待てって事」
「そうじゃなくて、そうだな~なんていうのかな、
だからさ、心臓を突き刺すような事、ビデオの事とか、
汚いシャツとか言われても気分悪いし、
ビデオのエロは黙ってくれればいいのに、
汚いのは自分でも、わかっているからさ、
いちいち、強調しないでほしいって事、恥ずかしいじゃん、
プライドズタズタになるし」
「はい、気を付けます。ごめんなさい、許してください」
玲香は良かったと思った、一瞬、これで終わるのかと思ったのだ。
春樹が立ち上がるとイオンに行こうと言い出した。背伸びしながら、
「言いたい事を言ったら楽になった」と叫ぶように言った。
「私も話したら、楽になった」春樹と同じポーズをとって叫んだ。
考えてみたら、こんな話などした事が無かった。初めて話をした。
玲香はちょっと、自分でも、ひどい女だって気が付いた。
考えてみれば、ぜんぶ嘘、春樹に抱かれてもいないし、
結婚って言葉も作り上げたものだし、本当にひどい女だと自覚したのだ。
春樹が欲しいばかりに強引過ぎた自分に反省した。
多分、心のどこかに、お金を持っているから、
大丈夫と思っていたのかもしれない、
どちらにしてもこれからは春樹を立てて、良い女になりたいと思った。
春樹はまだ、少し二日酔いが残っていそうなので車は玲香が運転をした。
ゲオにビデオを返すと、猪子石原のイオンに行った。
午後3時だ。まだ、6月に入ったばかりだというのに
気温は29度を上回っている。暑いはずだ。
早く買い物を済まして夕飯を作りたい。
今日、熱田神宮で花火大会があるらしい、
そんなニュースで流れていたが、玲香にはそんな余裕はないのだ。
玲香の頭の中には、買い物項目がぎっしり詰まっていた。
すべて、春樹のものだ。
まずは衣類、下着、靴下、パジャマ、ジャージ 、Tシャツ、
すべて、サイズはLLだ。最初は春樹に選ばせていたが、中々決まらない。
なにしろ、春樹は値札ばかりを気にする。
これでは、らちがあかんと思った玲香は、自分が春樹に着せたい衣類を、
どんどん買い物かごに入れた。トレーナー パンツ、スニーカー
春樹は、はじめはいちいち、籠の中をチェックしていたが、
結局、玲香の言いなりだった。
「ねぇ、春樹、パンツはトランクス、ブリーフどっちがいい?」
「どっちでもいいけど、これだと、運転していると、股に食い込んできて痛いんだ」
「金玉が締め付けられるの、じゃ、ブリーフにしようか、大きめがいいね」
「言い方が露骨、もう、ちょっと遠回しに言ってよ、恥ずかしいよ」
小声で云うと続けて、
「まるで、女房見たい!女房でも、金玉なんて言わないと思うけど、もう」
自分で言いながら、なんだか、可笑しかった。
そうか、女房になってくれるんだ、と思うとまんざらでもなかったのだ。
「いいじゃない、私、春樹のお嫁さんになるんだから・・・・・」
といって、玲香は春樹の腕を組んだ。
イオンのユニクロで買った衣類はレジで大きな袋が三袋になって、
結構、重いのだ。
玲香は、その袋を先に車の中に持っていくようにと春樹に頼むと、
自分は地下の日用品売り場で買い物をしていると言った。
日用品売り場へ行くと、髭剃り 髭剃りクリーム シャンプー、
ボディソープ、歯ブラシ 歯磨き粉、マスク、バスタオル、
必要な物、全て買った。
春樹が、自分を探しているのを気が付いていたが、
知らん顔をして買い物をつづけた。きっとまた、口を出してくる。
うっとうしいので、早く買い物を済ませようと思ったのだ。
レジに向かうと春樹が寄って来た。
「探したよ、ここに居たんだ、ここ、結構広いから探すの大変、
人も多いし、なんか、たくさん買ったんだね」
「うん、半分は私の物」
そう、言っておけば、春樹は納得すると思ったのだ。
ショッピングカートの中には日用品が山ほど入っている。
食品売り場へ行くと、そのカートを春樹に引かせて、玲香はもう一台、ショッピングカートを持ってきた。食品売り場はフルーツから始まる。
玲香はフルーツを指さすと、春樹にいちいち、好きか嫌いかを聞いた。
「リンゴは好き?ブドウは好き?キウイは好き?嫌い?バナナは?」
最初は答えていたが、食品売り場にあるもの、すべて確認しそうな流れだ。
春樹はこれはたまらんと思って、トイレに行くと言って、その場を抜けた。
玲香は春樹の好みを知っておきたかったが、もう、17時を回っている、
衣類、日用品で2時間も掛かったようだ。早く帰って夕飯をつくりたい、
春樹に美味しいものを食べさせたいと思った。洋食は苦手だと言っていた。
とすれば、中華か和食だ。中華はあまり得意ではない、つまり、和食、肉ジャガ、ほうれん草の胡麻和え、鶏肉の竜田揚げ、あとはサラダ、
これで今日は決まりだと思った。春樹が戻ってきた。
「今日の夕食、肉ジャガ、ほうれん草の胡麻和え、サーモンの刺身
鶏肉の竜田揚げにしたけど、嫌いなものある?」
「すごい、玲香が作るの、作れるの 、本当にすごいね!
すぐ、奥さんになれるね」
「だから、春樹の奥さんになるって言ってるでしょう
すぐにでもなるから・・・・・」
「たしかに・・・・・失礼しました」春樹はそうだったと照れていた。
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NO14 玲香のマンション
買い物を終えると玲香の家に戻った。
春樹はまだ、玲香の住まいを知らなかったのだ。
平和公園を抜けて猫が洞通りを下って行く、
そして猫が洞2丁目を南に曲がったすぐ先に玲香のマンションはあった。
七階建ての白い大きなマンションだ。
玲香の住戸は3階にある。2LDKの部屋は玄関のドアを開けると
LDKが正面にある。2つの部屋はリビングをまたいで分かれていた、
リビングの左側の部屋が寝室になっている。
右側の部屋は使用していない。その部屋には大きな段ボールが2つ重ねておいてあった。
中央のリビングには50V型の大きなテレビが占領しており
テーブルと薄オレンジのソファーが小さく見えた。
その下に高級そうなベージュ系の絨毯が敷かれている。
「このマンション、誰の持ち物」
春樹は自分が足を踏み入れれる場所ではないと思った。
少し玲香が分からなくなった。
たかがタクシー運転手に、とても住める家ではない。
「私の家よ、昨年、東京から越して来た時に買ったの
思ったより安かった」
「えぇ、分譲マンションなの? いくら~」
「2千万もしなかったよ」
「へぇ~何十年ローン?」
「現金、父の残した遺産がまだ、2千万円ほど残ってる」
「お母さんは?」 玲香は天井を指さすと、
「父も母も上から私を見守っているわ、きっと」
「私、遅駆けにできた子だから、一人っ子なので、
自由気ままで生きてきたけれど、気が付いたらもう37歳、
さすがに、家庭が欲しい」
「だから、春樹に出会えて本当に良かった。
一番最初にあった時から、この人だと思ってたのに、
全然気が付いてくれないんだもん、ね、
このマンションはあなたの物、私も、お金も全部あげるから、
結婚してください」
「こんなにかしこまって言われると・・・・・
俺には荷が重すぎるかも、分相応ではないと思うよ、
高校だって定時制なんだ。仕事だって、いわゆる、肉体労働者だ、
社会の隅で小ネズミのように生きている。
玲香にはそぐわないと思うけれど・・・・・」
「どうして、そんなに自分を否定するのよ、
普通、2千万円持っているって言ったら、殆んどの男は飛びついて来るわよ
春樹だけよ、真面目で・・・正直で・・・・・貴方だけなのに・・・」
「いいのかな、俺は、玲香と結婚出来たら、嬉しいけれど
今だから、言うけど、俺の親は、情けないほど、レベルの低い人たちで、
俺が小学生だった頃、離婚したんだ、離婚したと言っても、
父親は母子家庭になれば、国から援助金がもらえるから生活が楽になると言って2重生活をしてたんだ。
今、思えば父はホスト、母はキャバ嬢だったらしい。
そして、父は金づるができたって言って・・・・・
当初は母にお金をくれていたみたいだけれど、
いつの間にか、連絡が途絶えた。
そうすると、今度は母は男に走り、結局、俺は捨てられた、
中学の時は児童養護施設で暮らし、
15歳になった時、運送会社で荷物の仕分けの仕事で暮らしを立てた。
この時、定時制高校も行かせてもらい、
18歳で免許を取ってトラックに乗った。
ある時、あこがれの子がいて、
親友だと思っていた友に、
あの子と結婚したいな~って言ったら、
お前の親が親だろ、どうせ、親の二の舞だ。
やめとけって、言われて、
それが今でも心のどこかに引っかかっているんだ」
「そんな、複雑な家庭だったんだ。だから、人には優しいのね、
親を見て来たから、どんな事をしたらどうなるのか、
一番わかっているのは春樹なのよ、
だから、だから、その辺の出来損ないとは違うのよ、
大丈夫よ
ね、これからはさ~、
一時間の幸せでなくて永遠の幸せを作ろうよ、
ふたりで、長~く 愛して・・・・・」
春樹を沸いた風呂に先に入れると、
玲香は買ってきた食品を振り分けて冷蔵庫に入れた。
買ってきた衣類はクローゼットに押し込み、
春樹用のタンスがいると思った。
さっきの春樹の生きざまが、自分と似ているかもしれないと感じた。
でも、今は言えない、いや、私の過去は、一々公表する事ではない。
知らないで済めばそれにこした事はないと自分に言い聞かせた。
片づけをしながら、肉じゃがを作る、合間を見て、サラダを盛り、
ほうれん草を湯がいて胡麻和えにする、油を使う竜田揚げは最後に作った。
慣れた手つきだ。この3年間、結婚にあこがれていた玲香はYouTube動画で料理の勉強をしていた。
それが今ではすっかり自分の物になっているのだ。
時間はもう、20時近くだ。
春樹が風呂から上がると買ってきた下着、パジャマに着替えさせて、
着ていた衣類はすべてゴミ箱に捨てた。
テレビは 世界まる見え!をやっている。
春樹は、バスタオルで頭を吹きながらテレビの前に座った。
玲香が風呂に入る。
テレビを見たい春樹は、キッチンのテーブルに置いてある料理をリビングのテーブルに移動させると、待ちきれずに唐揚げを口に頬張った。
風呂から上がってきた玲香は、
食事はキッチンでするものだと思っていたが、
こんな手もあったかと、何も言わず、冷蔵庫からビールを出すと
「美味しいっ」って 春樹に目で乾杯した。
今まで、キッチンのダイニングテーブルで一人で食事を取っていたが、
これからは、リビングで食事をするのが通常になるのだと思った。
それをどうのこうのという気はない。このマンションは春樹の物だ、
つまり、好きなように使えばいいと思ったのだ。
とはいえ、あのアパートのゴミ屋敷にだけはさせてはいけないと思った。
春樹はテレビを見ながら食べている。
玲香は、春樹の箸の動きを追いながら、
「それ、どう、いけるでしょ。唐揚げとは、ちょっと違うんだからね、
そこにある、レモン少し、落とした方がいいかも」
玲香は一々、春樹がおかずを口に入れようとするたびに声をかける。
「だから、さっきから何回も美味しいって言ってるだろう、
もう、黙って食べさせろよ、それより、飲んでばっかりいないで食べたら、
美味しいのだから、くえ、」
春樹は吉高由里子のドラマ[きみの瞳が問いかけている]を見ているのだ、
す~ごく面白いのに、邪魔をするなっと言いたかったが、
玲香もこの食卓が楽しそうなので、あえて言わなかった。
[きみの瞳が問いかけている]が終わった時にはもう、
テーブルもきれいに片付いていて、玲香はキッチンで食器を片付けていた。
そして、玲香は初めての初夜を春樹と過ごしたのだ。
ここまで来るのに、どれだけ、嘘をついただろう、
もしかすると、私は春樹に心の強姦をしたのかもしれないと思った。
強引におっぱいを触らせて、抱かれてもいないのに、抱かれたと嘘をつき、
責任を取れと言って迫り、春樹をうまく誘導して、強引に、
こんな形も持ち込んだ。これって、立派な犯罪かもしれないとも思ったが、
玲香は今、とても幸せだった。
今日からは赤いマツダ2に乗って二人で出勤だ。
春樹の青いカローラは近くの月極駐車場と契約をしてきた。
玲香の運転で会社に向かう、自由が丘から千代田橋を渡って
千代田街道を東へ2Kも走れば会社が見えてくる。春樹は一緒に事務所に入るのはいやらしいからと言って、少し手前で車から降りた。玲香は事務所の南側の駐車場に車を入れると事務所に入った。
「おはようございます」
「おはようございます」「おはよう!」
17時出勤の同僚たちがどんどん入って来た。
何食わぬ顔して、事務所の奥にある大きく構えた機械を操作をする。
最初に免許書を機械に通しアルコール検査を行う、
そして、今日、乗る車のメモリーカードをセットすると次は、
今日の日報とグッズを事務所から受け取る。
事務所で連絡事項を聞き、今日乗る車両を見つけて車両点検、
そして車両の運転手座席の後ろに「運転者 上野玲香」と書いてある案内カードを貼り付ける、助手席の前にも名札を差し込み、
タブレットに自分の登録番号を認識させてやっと、出発となるのだ。
17時勤務の各々が出勤してからの動作は同じで流れるように
こなしていくのだ。グッズを受け取って事務所を出ようとした時、
春樹が事務所に入ってきた。玲香は春樹に
「おはようございます」とだけ言って、駐車場に向かった。
玲香が車の点検をしていると春樹が来た。
「輪の内に行って、先にガスを入れないと・・・仕事にならんわ!」
輪の内とは名古屋駅北側にある交差点名であるが、
すぐその北側にタクシー専門のガススタンドがあるため、
タクシー運転手はみんな、燃料補給に行く事を輪の内に行くとか、
桜田町【金山にも東邦ガススタンドがある】に行くとか言うのだ。
「春樹、早く帰って来てよ!ねばらないでね、いつも遅いから、
待っているの嫌だからね、言っとくけど、
今日から一緒に帰るんだから・・・・・」
と言っていると、玲香の車両に無線が入った。
「はぁ、もう、仕事入ちゃった・・・・・じゃ、行くから」
玲香も仕事に行った。
=====================
NO15 お客の手招き
22時、そろそろ、お客さんの帰宅時間だ。
昨日、今日と雨が降り続いている。
プリンス大通りの片側1車線の小さな交差点で手が上がった、
春樹は交差点の南向きで信号待ちをしていると
交差点の東側でお客さんが曲がって来るように指示をしている。
そんな所で待っていないで信号機が赤の間に
お客さんがタクシーに乗り込んでくれればいいのにと思いながらも
春樹は左ウインカーを出して青になるのを待っていると
後ろから男女のお客さんがドアをノックして乗せろと言って来た。
春樹はそのお客さんを乗せて、手を挙げていたお客さんの前を通過する。
さっきのお客は春樹を睨んで怒っていた。
「なんだ、あのおっさん、運ちゃんをえらく睨んでいたけど、
なんかあったのかな」
乗車中のお客さんが言った。春樹が答える。
「先にあのお客さんが私に曲がるよう指示していたんですが、
お客さんたちがドアをノックされたので乗っていただきました」
「あの人の方が先だったんだ、だったら、曲がれなんて言ってないで、
信号待ちの間に乗ればいいじゃん」
「そうですよね、あぁいう方、結構多いのですが、
タクシーに乗るマナーとでも思ってるのでしょうか
本当にタクシーが止まっている間に乗り込んでくれれば
円滑に走行できるのに、左に曲がって止まったら、
また、後ろの車にも迷惑を掛けるわけで・・・なんでしょうかね」
「乗ったもん勝ちだよね」女性客が言った。
「はい、そのとおり、乗ったもん勝ちです」
春樹はお客様を千種駅に送ると駅から、またお客さんが乗ってきた。
雨の日は近い距離のお客さんが多い。
珍しく千種駅にも待機しているタクシーがいなかった。
本当に、雨の日は何が起きるか分からない。
赤信号で信号待ちをしていると、
春樹の前にいた先頭のタクシーが
お客さんが手を挙げて寄って来るのを見て、
左脇に車両を寄せた時、道路の左側から、
走ってきた自転車が横断歩道を渡ろうと、
ハンドルを右に切った瞬間、タクシーとぶつかった。
自転車に乗った若い女性は片手で傘を差していた。
通常、自転車は横断歩道では自転車から降りて渡るものだ。
しかし、信号待ちで止まっていたタクシーが
お客さんが手を挙げたからと云って、
横断歩道をまたいで左に寄せるのもまずい。
ただでさえ、雨で視界が悪いのに・・・・・
とは言え、春樹の横を通過して右に曲がる自転車も問題がある。
多分、あのタクシー運転手には自転車など見えていなかったはずだ。
春樹は青信号になったので、その場を去りたかったのだが・・・・・
考え直して、目撃者としてその場に残った。
倒れた女の人の救助に当たる
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NO16 玲香 救援要請
今日も35度を超えている異常な暑さだ。
20時頃、スナック茜から救援要請が入った。
玲香が鶴舞へお客様を送り届けた時だった。あかねから電話が入る。
「れいちゃん、今、何処」 あかねが慌てている様子だ。
「今、鶴舞にいるよ」玲香はスナック茜の専属タクシーなのだ。
「よかった、お願い すぐ来て!」
「お客さん?」
「ごめんね!違うの!お願い、お願いだから、
お店を手伝って! 今、私一人なの、
加奈ちゃんも智ちゃんも二人ともコロナになって、大変なの。
なのに、お客さんがどんどん入って来て、
私一人では、もう、どうにもならない、ね、お願い、助けて!」
「でも、助けろって言われても、
スナック経験、全くないし、仕事中だし・・・・・」
「そう、言うと思って、い~い、私の言うことを聞いて、
タクシーはメーターを入れたままでいいから来て!
そして、ジャンボパーキングにメーターを入れたままで
駐車しておけばいいから!お金は全部、私が払うから、で、来る途中、
東新町の南側にほら、
ファミマの手前にJ-Jってドレスショップがあったでしょう、
そこで適当なドレスを買って、着替えて、お店に来て、お願い、
私には頼れる女はれいちゃんしかいないの!
お店にいるだけでいいから、何もしなくていいから、
お客さんとお喋りしているだけでいいから ね!お願い!」
「ママがそこまで言うなら行くけど、あまりあてにしないでよ」
「ありがとう、れいちゃん、本当に助かる、待っているから、早く来てね」
「了解です」玲香は言われた通り、キャミワンピースを買うと、
ジャンボパーキングにタクシーを入れて、
駐車場のトイレで着替えるとお店に向かった。
お店は、ほぼ満員状態だ、あかねがせわしく飛び回っている。
[ママ、ビール]
[炭酸無いよ]
[ママ、お勘定]
あっちこっちで言葉が宙に浮いていた。玲香はドアを開けると、
「は~い、れいちゃんで~す」
「あれ、れいちゃん、どうした?今日、お休み」
「中沢さん・吉村さん、お勘定なの、帰るの」
「れいちゃんは、そんな格好して、どうしたの」
「今日は、特別応援、ママが立っているだけでいいから来いって」
「じゃ、もう少しいるか 」 中沢さんたちはまた、腰を下ろした。
テーブル席についていた3人連れのお客さんが玲香を見て、
「えぇ、れいちゃんって、タクシー運転手のれいちゃん? ホントだ」
玲香がスナック茜の専属タクシーになって初めの頃に送ったお客さんだ。
「あの時はありがとございました、島さんでしたっけ!
また、よろしくお願いいたします」
れいちゃん、れいちゃんと呼んでいるので、
他のお客もれいちゃんと呼びだした。
「れいちゃん!ビール頂戴 」
「れいちゃん、こっち、炭酸無いからね」
「は~い、ちょっとだけ待ってねぇ!」
あかねがビールを手渡すと、玲香はテーブル席に次々に運んだ。
すると、島さんの連れが
「れいちゃん、かわいいお尻」と云って玲香のお尻を撫でた。
「わぁ~いやらしい、セクハラ!
セ・ク・ハ・ラ・・・・・」
玲香はあまりに思いもしない事で驚いたのだ。
その反動で大きな声を上げてしまった。
スナック茜の空気が一瞬、止まった。
「言っとくけど、お尻だけだからね」
これは、まずいと思って・枕詞のつもりで・・・・・
玲香は【お尻だけだからね】と言ったのだ。
しかし、この枕詞が仇になって帰ってきた。
「えぇ、おしりだけってお尻はさわっていいんか? 」
と云って、また、島さんの連れが玲香のお尻を触った。
お尻をさわってくる男にスナック茜では、どう対応しているのだろうと
玲香はあかねを見た。
あかねも困った様子だ。
「だめだろ、幸次、行儀悪いな!」
すると、もう一人の連れが、
「幸次、飲みすぎだぞ、島さん、こんな奴、連れて来なきゃよかったのに、
こいつ酒癖悪いから、ほどほどにしないと、幸次、いい加減にしろよ」
玲香は雰囲気が悪くなってくるのを避けようとして、
「幸ちゃん、言っておくけど、私のお尻、臭いからね、
私の干支はスカンクなんだから」
「干支にスカンクってあったか」 幸次が口ずさむ
「隠れ干支って知らないの、もう、
ほら、お尻をさわった手の臭いを嗅いてみて、臭うでしょう」
「あ、あ、ホントだ、れいちゃんのにおいがする、いい匂い」嬉しそうだ。
「あんまり臭いから手も腐ちゃうよ、大丈夫、幸ちゃん」 玲香が言った。
「大丈夫、オレ、とっくに頭、腐っているから・・・・・」
誰かがその会話を聞いてプッと噴出した。笑いが聞こえる。
張りつめていた、その場が一気に和んだ。
すると玲香が歌いだした。
「おしりふりふり、おしりふりふり、おしりふりふり」
と言って、おしりを振りながら歩く。
すると、幸ちゃんがまた、おしりをさわった。島さんが触った。
島さんの連れも触った。
「おしりふりふり、おしりふりふり、おしりふりふり」
そのうちにお尻フリフリに手拍子が付き、みんな歌いだす。
「おしりふりふり おしりふりふり おしりふりふり プップウ」
「おしりふりふり おしりふりふり おしりふりふり プップウ」
「おしりふりふり おしりふりふり おしりふりふり プップウ」
に変わった。お尻フリフリは、お尻が横に揺れるが、
プップウはお尻を突き出す格好になる。
つまり、薄っぺらなキャミワンピースを着ているお尻は、
プップウの時、パンティラインがしっかり見えるのだ。
白い花柄刺繍のパンティだとわかるくらいにはっきりと見える。
それが、セクシーと云うかエロチックと云うか、なんとも艶めかしい
玲香はこれを知っているのだろうか。お客さん全員が玲香のお尻に注目だ。勢いが付く
「おしりふりふり おしりふりふり おしりふりふり プップウ」
中沢さんが触る
「おしりふりふり おしりふりふり おしりふりふり プップウ」
吉村さんが触る
「おしりふりふり おしりふりふり おしりふりふり プップウ」
山田さんが触る
次から次と玲香は順番にお客さんの顔に向けて プップウをする。
お客さんたちはこの時とばかりに触る、撫でる、つかむ、
顔をつけてチュウするお客まで出て来た。
プップウの時、玲香はお尻を上げるものだから、上半身がかがむ、
すると、胸の谷間が開いてオッパイも見えた。
それに気づいたお客さんたちは、前から後ろから大騒ぎだ、
「おしりふりふり おしりふりふり おしりふりふり プップウ」
が鳴りやまない。
すると、一人でカウンターで飲んでいる、いつも静かな金山さんが あかねに耳打ちした!
「ママ、なんか、真面目に飲んでいるのがあほらしくなった。
れいちゃん、触っても大丈夫かな」
あかねにお伺いを立てている。あかねは大きな声で玲香に声をかけた
「れいちゃん、真面目な金山さんもお尻を注文なんだって!」
「はーい、お尻 注文一丁」
「おしりふりふり おしりふりふり おしりふりふり プップウ」
と言いながら、
金山さんにお尻を向けた。金山さんは両手で、じっくり撫でまわす。
「あ、インチキ、触りすぎ」って、幸ちゃんが叫んだ、みんな大笑いだ。
「キャバクラより、よっぽど、いい、れいちゃんにカンパ~イ、最高!」
「 ママ、こちら、ビールだって」
あかねがカウンターから玲香にビールを手渡しをすると、
玲香はお客さんにビールを注いで廻る。
胸元から見えそうなオッパイを覗き込もうとするお客に、
ハイって言ってほんの一瞬、胸元を開いて見せた。大歓声だ。
「れいちゃん、何飲んでるの、ビール飲もうか」
杉田さんがビールを注ごうとする。
「私、まだ、仕事中なの」
杉田さんは、玲香がタクシーの勤務中に来ている事を知らないようだ。
「だから、飲まなきゃ、売り上げにならないよ」
「私の仕事はタクシー運転手なの、
抜け出してきて手伝っているの
なので・・・・・タクシーはジャンボパーキングで待機中なの
わたしが飲んだら、どうなると思う、
みんなが飲ませたって事で全員逮捕よ」
「やば、それまずいよ」幸ちゃんが言った。
「でしょ」玲香が幸ちゃんに視線を送った
「だから、今日は、お酒は飲めないし、ス カ ン ク~って感じ」
「そりゃあ、かわいそうだ、じゃあ、何、飲みもしないで、
お尻フリフリってか、やるねぇ」
杉田さんが驚いている
「タクシーやめて茜においでよ、おれたち
毎日のように来てあげるからさ~」
「飲みもしないで、ここまでできるんだ。こんな女性、どこにもいないぞ」
「いや、参った、すごいね」
「ママ、もう、茜やめて、スカンクに名前を変えたら・・・・・」
「本当ね、私、スカンクで皿洗いで使ってもらおうかな」
みんな大笑いだ。
誰ともなく、話題はスカンク、みんな一つになっていた。
中沢さんがあかねに言う。
「れいちゃんがいると、帰る時間を忘れてしまうよ、お勘定して、
で、れいちゃんに乾杯って事でボトル入れとくから、それも一緒に頼むよ」
すると、玲香が、新しいいいちこを出してくると、
いいちこにスカンクの絵をかいて玲香と書いた、
その横に中沢・吉村と書いて、これでいいと言って見せると、
「これ、可愛いね、スカンクだ、すごくいいよ」
みんなが見たいと言い出した。
それを手渡ししてみんなに見せると、
俺も俺もと、あっという間に10本のボトルが売れたのだ。
あかねがボトルの在庫が無いって言うと、
『ボトルは次回にして、今日はその支払いも一緒にお勘定するから、
次に来るまでにスカンクを書いておくように』と、みんなに頼まれた。
時計は23時40分だ、玲香は、これが潮時と思って、
「ほたるのひかーり・・・・・」と歌うと、お客の一人が歌いだした。
「スカンクのにお~い、いいかおり、あしたもスカンク~会いたいな~」「スカンクのにお~い、いいかおり、あしたもスカンク~会いたいな~」「スカンクのにお~い、いいかおり、あしたもスカンク~会いたいな~」
みんな合唱して帰って行く。
玲香はみんなに謝りながら、明日は無いときっぱり断った。
中沢さん・吉村さんがもう、電車がないと云うので玲香が送る事にした。
村井さん・井沢さん・山口さんは春樹を呼んだ。
島さん・幸ちゃん・山田さんは豊田だ 修平を呼んだ。
あと2台タクシーが必要だったので修平に頼んだ
0時10分、今日と云う日がようやく終わった。玲香に感謝だ。
感謝してもしきれない。本当に玲香に助けてもらった。
あの、男たちのさばき方 、ただ者ではない。
本当に水商売に染まっていないのだろうかと驚くばかりだった。
今日の売り上げ、30万円、今までにない最高の売り上げなのだ
ボトルだけでも10万近くの売り上げがある。
すべて、玲香が売ったようなものだ。
すご~い、もう、頭が上がらないと思った。
玲香の今度の休みは日曜日だ。春樹も修平も仕事だ。
3人の日程表をもらっているので、すぐにわかるのだ。
今度の日曜日は玲香とどこかへ食事に行こう、
その時に、今回の支払いもしようと思ったのだ。
ジャンボパーキング代、メーター待機料金、
ドレス代、救援代、含めて10万円、
あかねは利益が云々じゃない。本当は30万円全部上げてもいいと思った。
それくらい嬉しかった。
玲香が 一宮の中沢さんと岐阜の吉村さんを送り届けて
会社に戻ると丁度3時、春樹が車の中で待っていた。
「お疲れさん、岐阜へ行ったんだって、いくら出た?」
「尾西経由の安八町だったから、3万円弱、
だって、ジャンボパーキングで待機していた13000円もメーター切らないで、そのまま、行けって言うんだもん、甘えちゃった」
「よかったな、だけど、ちょっと、いくらママの頼みでも、
大胆すぎやしないか、村井さんたちから聞いてびっくりだよ」
「ね、参っちゃった 、まさか、ね、ごめんね!」
「誤る事もないけどさ、あきれてね、玲香にもママにも、
ママ一人で賄えきれないのなら、
お客を入れなきゃいいのに・・・・・
玲香も玲香、仕事中にスナックに居ました、ってだけでも、
大問題なのに・・・・・。
ホステス?何て呼ぶんだ、スナックだと、まぁ~、バイトをしていました、
なんて、わかったら、即刻、会社 首だから」
「だよね!ごめんね!本当にごめんなさい」
玲香がだんだん小さくなっていく
「村井さんたち、家に着くまで、玲香の話ばかり・・・・・
スカンクってお店を出すのなら
スポンサーになってやるって意気込んでいたよ」
「するわけないじゃん、きっぱり、お客さんたちにも、
今日だけですって
断っておいたのに・・・・・だって、私、スナックの事なんにもわからないし、
何をしていいのかもわからないのに、
ママが立っているだけでいいからって言うから
立ってただけなのに・・・・・」
「ケツ、出してか」
春樹の顔がゆがんでいる。玲香はしまったと思った。
村井さんたちに口止めしておけばよかったと思ったのだ。
春樹にだけは知られたくなかった。
「ケツなんか出していないわよ、
ママがリオのカーニバルみたいに踊れって云うから、
お尻振って踊っていただけ・・・だから、
ごめんごめんごめんごめんごめん ご め んなさい
ママが、酔っぱらって、おしりふりふりってやって、
私にも、それをやれって云うんだもん。
嫌だったけど、ほら、ママ怒ると怖いから・・・・・ママが悪いのよ
私、こんな事したくなかったのに」泣きそうな顔をして答えた。
「まぁ~いいけどさ、それで、着ていたドレス、どうした」
「えぇっ、バックに入ってるよ、ママに返さなきゃ、どうして?」
「生地が薄いペラペラのドレスなんだって・・・・・
お尻を突き出した時、
パンツまで透けて見えたって、
タクシーの中で大盛り上がり、
うるさくて、運転も、ままならなかった」
「うそ、そんな・・・・・見えるわけないと思うけど・・・・・」
それについては玲香も吉村さんたちに言われて知っていたのだが、
春樹には、とても知っていたとは言えなかったのだ。
マンションに帰ると、玲香は、なんか、身の置き所が無く 、
シャワーを浴びた後も、春樹に合わせる顔が無く、
なかなか出て来れなかった。
=========================
NO17 あかねと玲香
あかねは玲香にお礼をしたかった。
玲香に明日,空いているかと電話すると、夕方からなら大丈夫という。
「夕食、一緒にしようか、私の家でいいかしら、何が食べたい?」
「なんでもいいよ、パスタが食べたい、春樹といると、
あいつ、洋食が嫌いだから、食べたくても食べる機会がないの」
「わかった、クリームパスタとビーフシチューでいい」
「ビーフシチュー好きだよ、じゃ、明日、19時頃行きます」
翌日、日曜日、玲香は休みだが春樹は仕事だった。
それで、春樹のタクシーであかねのマンションに送ってもらった。
「何時頃、迎えに来ようか」
「わかんない、また電話する」と言って
玲香はあかねのマンションに入った。
玲香はあかねをマンションまで送って行った事があったので、
マンションは知っていたが、家に入るのは初めてだった。
部屋に入るとあかねはモスグリーンのロングワンピースを着て待っていた。
リビングの壁に、横に長い額はモネの【庭園のアーチスト】が飾られている
白い壁にひときわ目立つ。
「ママ、きれいにしているね、男っ気が全くない、
1LDKだよね、なんか、広く感じる」
「だって、いらないものは、何も置いていないから」
「あ、そうか、テレビ台もないんだ、テレビスタンドなんだね、本当だ、
この方がすっきりしていていいかも」
玲香は周りを見渡すと、棚一つ無いのに驚いた。
リビングにあるのは、大きなテーブルだけソファーも無い。
壁際に40インチのテレビが立っている。
ただ、真っ白な絨毯は分厚く、ふっかふかで心余地がいい。
これが部屋中に敷き詰められている。下手に、ソファーなど置くより、
この方がよっぽど居心地がいいと思った。しかし、ベットも無かった。
「ママ、どこで寝ているの!ベットは?」
「そんなものはないわ、しいて言えば、この絨毯がベットかしら」
真っ白な毛足の長いウール毛布が無造作に置いてある。
大きな犬のぬいぐるみがあかねのそばにいた。
「かわいい、白い犬ちゃん、すご~い白一色の部屋、すべてが白いから、
余計にすっきりして見えるんだ」
「このワンちゃんは枕、抱いて寝るのよ、
毛布はこのウール毛布、絨毯と一緒だから、わからないよね、
だから、どこででも寝られるの、いいでしょう」
玲香はこんなインテリアにするのもいいなと思った。
「れいちゃん、ワイン好き!」
「飲まない事は無いけど、好きかって聞かれても・・・・・馴染みないし」
「そう、少し、飲んでみて、口に合わなかったらビールにしようか」
あかねは新聞紙にくるんであるワインを持ってくると
コルクをワインオープナーで抜いて少しだけグラスに注いだ。
「飲んでみて、どう」
「あ、深~いコク、あまい、美味しい、
ワインって渋いもんだと思っていたけど、全然違うね」
「ワインも色々あるからね、私はこのオーパスワンが好きなの、
でも、年代によって味も少し違うけど、でも、美味しいでしょう」
キッチンから、クリームパスタ、ビーフシチュー、サラダを、持ってきた。
「本当にこれだけしか作ってないけど、足りるかな」
と言ってワインを口にする。
「れいちゃん、改めて、先日はありがとう。本当に助かりました。
これ、少ないけど、取っておいて」封筒の中に10万円入っている。
「ママ、こんな大金受け取れません」と云って8万円を返すと
「駐車料金2500円とワンピースが7000円 これで充分です」
「何、言ってるの、駐車場のメーターは入れたままにしていたでしょう」
「あのお金は吉沢さんが払ってくれた。
ジャンボパーキングでメーターを切ろうとしたら、
切らないでそのまま行けばいいからって、
降りる時、3万円も払って行った。
料金は全部で28,000円ほどだったんだけど、儲かっちゃった」
「そりゃあ、れいちゃんが気に入ったからチップをはずんでくれたのよ」
「これは、私の気持ちなんだから、受け取って・・・・・
あの時の売り上げって今までで最高なのよ、だから、ね、受け取って!」
「でも、いらない、ママが姉妹になるって言ってくれたでしょう。
だから、妹が姉の頼みに協力しただけ、こんな大金を貰ったら、
私の心が消えてしまう、そんなのいやだから、
私だって、ママに充分に助けてもらっているのに、
だから、お金が絡むの、好きじゃないから」
「変わった子ね、れいちゃん・・・・・わかった」
あかねは返してくれた8万円をひっこめた。
「もう、でも、本当にれいちゃん、以前は何をやっていたの、
その辺の女とは全然違う、男って生き物をよく知ってる、
ただ者じゃないわよね」
「何を言ってるの、その辺の女よ、
何処にでも転がっている お・ん・なです」
「その辺の女が、不穏な空気を読み取って
場面を一掃する事なんて普通、出来ないでしょう。
しかも、自分をさらけ出して、おしりふりふりなんて、
誰があんな事できるの、私にだってできない・・・・・
新宿の女ならできるのかなと思って、
実は、このワイン[オーパスワン]クラブやラウンジで
扱われているワインなの、
同じ世界の人間なら絶対に知っているはずなんだけど、
知らないみたいだし・・・・・不思議な人」
「でも、みんな、盛り上がって、楽しかった」 玲香が思い出し笑いをする。
「だけど、あの幸ちゃん、あくの強い子、
うまく手なずけちゃうんだからすごいわ、
そうそう、カウンターの一番奥にいた金山さん
いつもはホント、紳士な人で飲んでも自分を崩すなんてしない人だけど、
玲香が、[あ、セクハラ]って叫んだ時、
幸ちゃんを見て、
『あいつら、来る場所、間違っているんじゃないのか』って、
言っていたくせに、私が水割りを作りに行ったら、
目を大きくして『俺も触ってもいいかな』だって、
もう、おかしくておかしくて金山さんの顔を見て笑えないから、
カウンターの下にかがみこんで笑ちゃったわ、
思い出したら、また、おかしくなる、やだわ」あかねが笑いこける。
「おしりふりふりプップウって、最高、
あぁあ、面白かった
で、ちゃんと、金山さんからお金を貰った?」玲香があかねに問う
「えぇ、なんの?」
「だって、お尻を注文したんでしょ!だったら、お金を貰わなくちゃ」
二人はゲラゲラ笑いながら話した。
「お尻、ひとつ、いくらだった」
「私のお尻高いよ」
「でも、臭いんでしょ」
「そうか、じゃ、300円貰っといて」
「触った人、全員にお尻代って請求書出せばいいかしら」
「やっぱりだめ、そんなことしたら・・・・・
次に遊びに来たら、みんな、300円持ってさわりに来たら大変」
すると、玲香が踊りだした。
「おしりふりふり おしりふりふり おしりふりふり プップウ」
歌いながらやって見せる。
「ねぇ、れいちゃん、本当にうちでやってみない、店、任せてもいいから」
「ダメ、イヤです、スナックなんて、まったく素人だし、
何よりも、男がうざい、春樹は特別だけど、それこそ、
その辺の男にかまってられない、
春樹を知る前は男なんて全部同じだと思ってた。
地位や名誉がある人たちはかならず、それをかさにする。
地位や名誉の無い人は腕力で構える。
どっちにしても心なんて持ち合わせていない。
自分を中心に周りが動くようにあの手、この手と使って
自分の思うように動かそうとする、何かをすれば見返りを求める、
そんな最低の男たち相手に酒を飲んだっておいしくも何もない、
ちがう、ママ」
「そう、なんだけどね、私たちはそれで、食べていけるんだから、
しょうがないけどね、でも、れいちゃん、苦労したんだね、
なんか、わかる」
「春樹に一番最初に出会ったのは、私がお客さんを乗せて走っている時、
自転車と事故したの。
あとで、あれは自転車の単独事故だってわかったんだけど、
あの時、会社に連絡をしたら、班長が来て警察に連絡をしてお巡りさんに事情聴取されている時、春樹が私の代わりにお客さんを送ってくれたの!
その料金って、お客さんからいただけないからって、
事故を起こした人に請求が来るの。
つまり、私が払うはずだったんだけれど!
春樹はその料金が私にかかってくることを知っていて、
4000円以上掛かる距離だって聞いたけど、
メーターを入れないでお客さんを送ったらしいの。
課長が、教えてくれたけど、
『なんで、メーターを入れんのだ』って怒ったら、
『何も知らない新人が事故を起こして、違反で点数をとられ、
罰金を払わせられ、タクシー車両に傷がついてたら、
その料金も払わせられ、
その上、自転車が壊れたらその料金も払わなければならない。
それで、お客の料金だ。そんな事になったら、すぐに辞めちゃうだろ、
俺にはこんな事しかできないけれど、少しでも力になれたら・・・』って
私をかばってくれたんだって! そんな人、今までいなかったし、
あとで、春樹にお礼を言ったら、頑張ってねって一言
なんか、すご~く嬉しくて、見返りって求めない人なの
あの時、この人だと思った」
「そうだね、わかるわ、だって、ありがとうございますだもの、
思い出したら、また、おかしくなっちゃった、面白い子、春樹って」
「キスをしようとした時?」玲香が聞いた。
「そう、でも、結局、キスはしなかったのよ、よかった、しなくて」
「でも、ママに助けてもらったから 、今、春樹と一緒に居れるの、
あの時、力になってもらえなかったら、まだ、付き合ってもいないかも!
でも、面白かった。現場検証しなきゃわからないって・・・・・
ママがやれって言ったのよ」
「それを本当にするとは思わなかったけどね」
「で、あの日、春樹のゴミ屋敷に行って、
私は昨夜、抱かれたんだから責任とれって春樹に迫って・・・・・
あれって、心の強姦だったかな、後悔してないけど」
「今あるのは、あの行動力の賜物でしょ」
「そう、ママ、本当にありがとう」
そんな事を話しているとワインが空になった。
「ワイン 無くなったわね、
どう、まだ飲みたいならお店にドンペリがあるけど、
あ、そうだ、れいちゃん、
お店に行ってボトルにスカンクを描いてもらわないと、
村井さんや島さんが来た時、困ってしまう、今からお店に行って描いてよ、
まだ、22時だから時間あるでしょう、ドンペリ、おいしいよ、ね!」
二人はタクシーを捕まえるとお店に向かった。
いいちこ 3本 角 5本 白州 1本 玄武 2本 計11本
玲香がマジックペンでスカンクを描いていく。
お尻の吹き出しに【プーゥ レイカ】と入れる。
あかねがドンペリを進めたが、玲香はライムサワーを好んだ。
あかねは描かれたスカンクの下にお客さんの名前を丁寧に入れている。
静かなひと時だ。玲香が話し始めた。
「ママ、私、コロナになる前まで、東京でAV女優をしていたの、
16歳の頃から、非行に走って、男たちの言いなりになって、
遊び金欲しさになんでもした。
そして、気が付いたらAV女優をさせられていた。
動画、一本撮影すると、企画に寄るけど20万から30万、月に10本出れば、
2百から3百は稼げたの」
あかねは驚きもせず、平然として聞いた。
「AV女優って、そんなに稼げるものなのね、
じゃあ、れいちゃんのビデオ、
ビデオ屋へ行ったら、まだ、あるのかしら!」
「私の契約会社は、Webサイト上の動画撮影だから、
DVDの販売会社とは違うの、だから、Web上で調べれば
私の動画が出てくるかもしれないけれど、アダルト動画なんて、
山ほどあるから、それに新しい動画がどんどんUPされているから、
私の動画なんて、よっぽどでないと出て来ないと思う、
ただ、私の動画を買ってダウンロードしている人たちであれば、
いつでも見る事はできるけど、それが私だってわかる人っていないと思う。だから、ずーと、心の中で閉じ込めておけばいいと思っていた。
なのに、ママは疑っているし、結局、過去って、身体にしみついていて、
私の行動の一つ一つに見え隠れしているんだと思った。
おしりを触られても、別にどうって事はないし、
今まで私は体張って生きていたわけだから、
ヌードになれって言われれば躊躇なく裸になれるもの」
「悪かったわね、ごめんね、
だけど、心の底では、そうじゃないかなって少し思っていたわ。
私はAV女優になる環境って無かったから、
足を踏み入れる事もなかったけれど、横浜で十年以上かな・・・
ヘルスで働いていたの。デリヘルもやったわ。
俗に云う風俗嬢をやってお金を稼いで、この店を持つ事ができたのよ。
れいちゃんのAV女優とは、また、違うのかもしれないけど、
私は1日、3人も4人もの男を相手にしていたから、
男の数なんて千を超えてるかも・・・
AV女優は、その一時期であったとしても、記録に残っているわけで、
それが、今でも心の底に闇になって潜んでいるのだとしたらツライわね。
でも過去は過去よ、れいちゃんは堂々と生きていいのよ。
何も過ちはしていないでしょう、
れいちゃんも私も、今まで通り、精いっぱい生きて行きましょうよ
ありがとう、聞かせてくれて・・・・・」
あかねは急に泣き崩れて玲香に言った。
「わたしって、馬鹿な女、聞いたからって、何をしてあげられるの、
結局、私は自分の同類を求めていただけで・・・・・
なんだろう、れいちゃんも私と同じような世界で生きていた女、
同じ境遇の女じゃないかって、[同類哀れみを乞う]じゃないけど、
私だけじゃない、
れいちゃんも同じだって思う事で心の浄化っていうのかな、
ただ、私の不安を解消したかっただけなのかもしれないわ
今、私、それに気づいた。
ごめんね、自分が情けない、聞いてはいけなかったのかも、許して・・・・・」
「ママ、そんなに自分を責める事ないよ、
私、ママに聞いてもらって少し、心が軽くなったような気がする、
ママも私も似たような生き方をしているんだと思ったら、
すこし、勇気をもらったような気がする、
やっぱり、私たち、姉妹よね!これ、ママと私だけの秘密だからね」
時計を見ると、いつの間にか0時を過ぎていた。
玲香は春樹を呼ぶと、あかねを送ってから自宅に戻った。
あかねは春樹のタクシーから降りる時、料金を1万円払うと、
「春樹、今日はとても良い日だったわ、
れいちゃんをしあわせにするのよ、頼むわよ」
と言って嬉しそうにマンションに入っていった。
「ねぇ、今日は早く帰ってきてよ、
どうせ、晩ご飯食べていないでしょう、
塩焼きそば作るから、一緒に食べよう」
と云うと玲香も気分良さそうにマンションに入っていった。
まだ、午前1時前だ、早く切り上げるにしても早すぎる、
春樹はもう、一踏ん張りしようと街に戻った。
==============
NO19 玲香 炎上
日曜日、春樹が仕事を終えて会社に戻ると、洗車場の奥で、
2人の同僚が玲香に何か話をしている。
通常、春樹はそのたまり場の前を知らぬ顔をして通り過ぎるのだが、
なにやら、話をしている様子がおかしい。
春樹が玲香の視線を感じると、
「よう、どうした !」と言って2人に声をかけた。
「泉ちゃん 、これ見て、これ」
と言って、臼井が春樹にスマホの動画を見せた。
「なに これ、エロビデオか」
春樹が言う、玲香は下をうつむいている。
「なんで、こんなもん、上野さんに見せてるの、
いやらしいな、セクハラか」
「何、言ってんだ、よく見ろよ、これ 上野だよ」 臼井が言う
春樹はスマホを覗き込んで・・・・・
「馬鹿を言うな、こんなもん、似ている奴ならいくらでもいるだろ」
「見て見て、見て、この首の後ろ、二つ並んでほくろがあるだろ
上野にも同じほくろが二つある、本人だからさ、
だから、金を出すからやらせろって交渉してるんだ。
泉ちゃんも乗っからないか、いいからだをしてるし、
なぁ、上野、3人、3万でどうだ」
春樹は玲香の顔を見て聞き正した。
「これ、本当に玲香か?」
玲香は春樹の顔を恐る恐る見て、
「そう、私、昔,AV女優だった」と言い切った
スマホを見せた白井は、ほら、見ろと言わんばかりに、
「だろ、 タクシーなんかやってるより、
よっぽど、こっちのほうが金になるだろ、
やらせろよ、やらせないとみんなにばらすぞ
まだまだ、すてたもんじゃないし、なぁ!」
と言った時だった。
春樹がおもいっきり臼井の顔を殴ったのだ。
臼井は後ろに飛ばされるようにして、しりもちをついた。
周りにいた同僚たちが集まってくる。
「お前な、ふざけた事を言うなよ、いいか、過去はどうあれ、
今、一生懸命、タクシーの仕事をしているんだろう、
そんな昔の事、持ち出して、やらせろって、どういう了見だ、
お前、クソだな、お前のやってる事は、恐喝、売春だ」
しりもちをついている臼井を上から押さえつけて春樹は言った。
「警察に電話してやる、いいか、泉、おまえこそ、
暴行罪・傷害罪で逮捕だ、みんな見てただろ、現行犯だろ」
臼井が血相抱えて警察に電話をした。
班長が出てきて、警察はまずいと云うが臼井はいう事を聞かない。
臼井と一緒に居た富樫は、
臼井が面白いもの見せてやると云うので、そこにいただけで、
臼井とは関係ないと言っている。
春樹が言った。
「呼べよ、警察でもなんでも呼べ、出るとこ出て話しようか、
どこの世界に昔の事を持ち出して、やらせろだ。
やらせないと言いふらす・・・・・何がやらせろだ、
4人で、4万、ふざけやがって、1回じゃ気がすまん、
2回も3回も同じだろ、警察が来るまで、ぶん殴ってやる」
課長から班長から、みんなで春樹を止めに入った。
2台のパトカーがサイレンを鳴らしてやって来た。
玲香は、その場から動けないのか、じっと、春樹を見ている。
警察が来ると、二人の警察官は臼井から、話を聞いている。
あと三人の警察官は春樹を囲むようにして事情聴取をしている。
そして、今度は玲香の所へ警察官が行った。
その警察官の所に課長が話を割って入って来た。
「会社で警察沙汰になっても困る。
元をただせば、臼井がエロビデオ見せて、
やらせろって云ったことが原因だ。
泉さんは、本来、訳もなく人を殴るような人ではない。
臼井の方がよっぽど素行の悪い人間だ。
私だって、その場にいたら、臼井を殴ったかもしれない。
上野さんは女でありながら、
夜のタクシー運転手として仕事を頑張っている。
どうか、ここは喧嘩両成敗と言う事で、
おとがめは無しにならんだろうか」
と警察官に頼んだ
すると、警察官が臼井を見て言った。
「しかし、殴ったのは事実だ、
臼井さんがこれを取り下げると云うのであれば、話は別だが」
そして、今度は玲香を見て話した。
「上野さん、この件を脅迫罪と強要罪で
臼井さんを訴える事ができますが、
どうされますか、その場合、臼井さんは実刑2年は免れません」
と言って、臼井を見た。
臼井は、その話を聞いた途端、慌てふためいて
「あぁ、すみません、私が間違っていました。どうか許してください」
玲香は、あふれんばかりの涙をこらえて、
「泉さんはどうなるんですか、訴えるのですか」
と臼井に迫った。
「すみませんでした。殴られても仕方ありません、
訴えるなんてとんでもありません。私が悪うございました」
と言って手をついて謝ったのだ。一応の決着がつき、
警察官も引き上げていった。
とは、云え、まだ、会社側の対応が残っていた。
春樹は玲香に先に帰れと言って事務所の中に入って行った。
玲香もここにいても気まずく、まっすぐ、家に帰った。
早朝、6時に春樹は帰って来た。始末書兼報告書を書いた後、
修平の所に行って話を聞いてもらっていたらしい。
マンションに帰ると、
玲香に少し、ほとぼりがさめるまで休んだ方がいいと言い聞かせた。
春樹は今回の事が喧嘩両成敗となったとは言え、
今後の事は社長の出方次第だ。
=====================
NO20 春樹にママが激怒
翌日、会社に行くと、臼井は来ていなかった。
富樫が春樹の所へ謝りに来た。
「昨夜はどうも、すみませんでした」深く頭を下げる。
「あれ、なんで、謝るの、関係ないんじゃなかった?
それに謝るとしたら、俺じゃない、
お門違いじゃないか まぁ~いいけどさ」と言って、
春樹は仕事に出て行った。
春樹は街でタクシーを流していても、全くお客がいない、
考えてみたら、ずーと、右車線を走っている。
これではお客など拾えるわけがないと思った。
昨日の事がずっしり、頭をひっかき回している。
修平は、
「お前のやった事が正しい、れいちゃんも喜んでいたんじゃないのか
それでこそ春樹だ、人間なんて、みんな過去を持っている。
その過去をずっしり、引きずって生きている奴も大勢いる。
問題は、周りの人々が、どう、受け止めてやれるかで、
その人の生き方もまた、変わって来るんだ。
だから、今、お前がれいちゃんを支えてやらないと、
れいちゃんがかわいそうだ」と、言っていた。
とは云え、まさか、AV女優なんて、考えられなかった。
春樹はゲオでよく、エロビデオを借りていた。
でも、玲香が映ったビデオなど見た事もなかった、
というよりはAV女優の顔など一々、覚えているわけが無い
しかし、もし、玲香のビデオを目の当たりにしていたら、
本当に付き合っていたのだろうかと思う、
過去は過去、そう、過去は過去だって理解しているはずなのに、
自分が、わからなくなった。
春樹はタクシーをセントラルパークの地下駐車場に入れると
スナック茜にトボトボ歩いて行った。
酒を飲みに行ったわけじゃない、飲めるわけもない。
制服をタクシーの中で脱ぐとワイシャツ姿で錦に向かった。
お店には5人のお客さんがいた。
春樹が知っているお客さんはいない。少しほーとした。
あかねが春樹の顔を見ると、一番奥の席に来いと手で合図する。
「ちょっと、仕事中でしょう。どうしたの」
あかねが優しく接してくれた。
「昨日 色々あって、疲れちゃった、なんだか、仕事も手につかないし、ちょっと変、急にママの顔が見たくなって来ちゃった」
「そう、れいちゃんから聞いたわよ、すごかったじゃない
しっかり、れいちゃんの事、守ったのね」
「ママ、もう知っているんだ!
だって、昔の事、持ち出して、やらせろってひどくない。
カチーンと来ちゃって、気が付いたら殴ってた」
「そう、春樹を見直したわ そうよ、その臼井って人,
殴られて当たり前よ、で、どうなった」
「どうなったって?」
「だって、あれだけ質が悪いんだもの、首じゃないの」
「まだ、わからない、会社は喧嘩両成敗って事で
けじめをつけたいらしいけど、社長次第だって・・・・・」
「でも、課長さんは春樹は優秀な人材だけど、
臼井って人は素行が悪いって言ってたんでしょう」
「よく、知ってるね、玲香はママに全部話をしてるんだ」
仲が良すぎると思いながら、話をつづけた。
「とは言え、社長の判断が出るまでは全くわからない、
玲香がどうなるかもわからないしね」
「れいちゃんは被害者でしょう」
「問題は元、AV女優という観点からどう判断するか、なんだよね」
「そうねぇ、大変だ、でも、春樹がいれば、れいちゃんも安心だわ」
あかねは、昨日の春樹の行動がたくましく思えたのだ。
春樹がつぶやいた。
「なんだけどな~なんだかな、いざ、自分にふりかかるとな~、
過去は過去って自分で言ったくせに、なんだか、しっくりこないんだ。
玲香が別人のような気がする。どうしてだろう、
昔、何をやっていたのかと考えると、玲香の顔をまともに見れないんだ
なんか、訳が分からない」
春樹が目に涙をためている。
それを聞いたあかねは顔色がどんどん変わってくると、
急に春樹に怒鳴った。
「あんた、バカじゃないの、なによ、偉そうに、過去は過去なのよ、
わかっているじゃない、それをなんで受け止める事ができないの」
だんだん声がうわずっていく、周りのお客さんたちはびっくりだ、
だが、みんな、その成り行きを見守っていた。
智美も加奈子も目を丸くしてみている。
あかねが引きつった声で叫んだ。
「わかったわ、春樹、わからせてあげる、
いい事、私は、私はねぇ
元風俗嬢よ、ソープにも居たし、ヘルスにも在籍していたわ、
男とした数、軽く千を超えてるわ。
そんな女は、汚いの、ねぇ、
乳首が真っ黒でしおれて見れたもんじゃない、ねぇ、
あそこが使い物にならなくなったとでも言いたいの、
どうなの、ねぇ、言いなさいよ
私の体、醜い? れいちゃんの体 醜いの?ねぇ、どうなのよ
あんた、昨日までれいちゃんが好きだって言ってたくせに・・・・・
じゃぁ、あんたはれいちゃんの何が好きだったのよ、
エロビデオに出てたからって何が気に入らないのよ
春樹もその辺の男と一緒ね、世間体ばっかり気にして、
本当に大切なものを見つける事もできない バカよ バカ」
春樹は、あかねの感情に,
どう、向き合っていいのか言葉が出ない。
あかねは頭を整理すると、今度は低い声で話した。
「春樹、あんた何歳よ、39だっけ、
いい事、れいちゃんと一緒になって、セックスをするとしたって、
あと何年よ、60も過ぎたら、
ほとんどの夫婦はセックスなんてしていないわよ、
そこからよ、本当の愛は、心よ、こころ こころがすべてなんだから、
じじぃばばぁになって、総入れ歯になって、
くちゃくちゃな顔になって、目もまともに見えなくなって、
誰にも相手にされなくなった時、人生を振り返りながら、
二人で手をつないで、支えあって生きてゆくのよ。
心が通っていなきゃできない、
そう、思わない、ちょっと、聞いてる、わかってるの、
言っとくけど、れいちゃんはあんたにはもったいないほどいい女よ、
もと、AV女優が何だって言うの。わかったわ、
じゃ、こうしたら、私の妻は元、AV女優ですって、
あからさまにしたら、隠すものが無くて清々すると思うわ、
どうなの 春樹、ハ・ル・キ・
身も心も過去もすべて受け止めてあげなさいよ」
あかねはカウンターをたたいて春樹に迫った。
春樹があかねの目を見ると
「そうだよね、わかった、よく、分かったから
ママのおかげで心が決まった。
うん、もう、大丈夫」
あかねは、こみあげてきた笑顔を見せると
「そう、わかってくれた・・・・・じゃすぐにれいちゃんの所に行きなさい」
春樹はあかねの言葉を心に刻むと
「身も心も過去もすべて、受け止める、受け止めるよ」
「そう、わかってくれた、しっかり、受け止めてあげるのよ」
「じゃぁ、早く行きなさい」
「うん、ママ、精算」 するとまた、あかねがけしかけた。
「青酸、何が青酸よ、れいちゃんが青酸カリを飲んで
死んじゃったらどうするの 早く、早く行け」
あかねは大きな声で春樹を追い出した。
それを一部始終見てたお客さんたちは感慨無量
「ママ、すごいわ、感動した」
「こころだよね」
「じじぃばばぁになって、心が無かったら支えあって生きていけない、
そのとおり」
「いや、本当、いい勉強になった、
セックスなんて人生のおまけみたいなもんだね」
「いや、本当、いい勉強になったわ」
「つまり、なんだ、六十を過ぎたばぁさんが
私、昔、AV女優だったのって言ったって、
だから、なにって話か」みんな、ゲラゲラ笑った。
「れいちゃんって、あのスカンクさんだろ、例のお尻フリフリの・・
また、会いたいなぁ」
スナック茜はそれからしばらく玲香の話で盛り上がっていた。
春樹は売り上げ5000円にも満たない金額で会社に戻り、
仕事が手につかないと言って早退した。
マンションに帰ると、玲香は涙目で出迎えてくれた。
「ごめんね」玲香が言う。
「何言ってんだ、俺がごめんね、だ」
「よかった、あと5分遅かったら青酸カリ飲んでたよ」
「ママから電話があったのか?」
「うん、ママは私のママだから、ぜ~んぶ教えてくれる」
「そうか、良かった、死ななくてよかった」
「玲香、明日、千種区役所行って籍入れてこようか、
それから、夕方、結婚祝いに澤正に行って、
ウナギのコース料理を食べに行こう。
ちょっと、贅沢だけど奮発するから」
「春樹、私の事、本当に、身も心も過去も・・・・・
しっかり受け止めてくれる?」
「もちろん、身も心も過去も全て受け止める。
ママにも誓ったから・・・・・
そして明日は、一日の幸せじゃなくて、
永遠の幸せを手に入れような」
玲香は、拭っても拭っても涙が止まらなかった。
「永遠の幸せ じゃ、うなぎ 毎日 食べなくちゃ」
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NO21 婚 約
7月30日午後1時 今日もまた、異常な暑さが続いている。
ニュースでは36度超えだと伝えていた。
春樹はまだ、出勤時間には早かったが、会社に向かった。
先日の騒動事件について会社の対応が知りたかったのだ。
会社には常務がいた。二階の会議室で話し合う事になった。
常務と部長が入って来ると、春樹は無言でお辞儀をした。
「話は聞いた、大変だったな」常務はいつも通りの対応だ。
「はい、ご迷惑をおかけしました」春樹は今一度頭を下げた。
「まぁ~なんだ、警察沙汰になったわけでもないし会社の敷地外であれば、
ただの喧嘩だ。会社内だから問題だったんだが、
臼井は退職したので、この件はいいとして ただ、問題は上野さんだな」
部長が春樹に声をかけた。
「泉ちゃんは上野さんと付き合っているのか?」
「はい、今回の事で私も吹っ切れました。玲香と結婚します」
「ほぅ、そうか、結婚するのか」常務は驚いている
「つまり、上野さんは退職でいいのかな!」
部長はこれで、目の上のたんこぶがなくなったと
安心したような顔つきだ。
「いえ、出来れば、このまま、ここで働きたいと言っています」
「んぅ、みんなに、元、AV女優って事、知れ渡っていて、
やりにくくないのかな」
「会社はどうなんですか、AV女優ではダメなんですか」
「参ったねぇ、会社の規定にはAV女優は雇用できない、
と云うものはない、
ただ、世間の反応がどうなんだろうな」
常務の本音は玲香が退職する事を望んでいた。
「世間の反応って、どういう事ですか。
臼井が昔のエロビデオを持ってきて騒ぎ立てなければ、
何も問題にはならなかった事、
そんなビデオ、誰が見て、誰が問題にするのですか、
するとすれば、ここにいる人たちだけだと思いますが、違いますか」
春樹は常務に食い下がると、
「一応、玲香にはその他の選択を聞いてみますが、
ここに残りたいと言った時は辞めなくてもいいんですよね」
常務も、折れて、
「そうだな もう、一回、社長にも掛け合ってみるよ」
常務も間に挟まれ、大変なようだ。
「で、いつ、上野さんと結婚するんだ」
「はい、8月2日、玲香の誕生日なのでその日に籍を入れます」
「上野さんの誕生日にか、そいつはいい、おめでとう」
常務に笑顔が戻った。
「いや、でも、すごいね、どう、AV女優と結婚って、
少しは抵抗はなかったか」
部長が意味ありげに問う。
「えぇ、ある人が言いました。
60過ぎたら、AV女優も風俗嬢も無いだろうって、騒ぐのは今だけだって、子供って事を除けば、セックスなんて人生のおまけみたいなもので、
60歳から2人で互いに支えあって生きていく事が重要なんだって、
その時からが本当の結婚なんだって、私もそれで心が決まりました。
玲香と共に生きていく決心がつきました」
「たしかにね、60を過ぎてAVもないか、間違いない。がんばれ!」
常務はちょっと、心に響くものを感じた。
春樹は8月5日まで有休をもらって玲香のもとに帰った。
マンションに近づくと、
玲香は自由ケ丘のマックスバリューで買い物をしていたのか、
大きな袋を両手に持って歩いていた、
長い坂を上ると左側に猫ヶ洞池が見えてくる。
玲香がちょっと疲れたなと思った時、
タイミングよく青いカローラが玲香の横に止まった。
「もう、クラクションくらいならしてよ、びっくりするから」
と言って玲香は車に乗り込んで来た。
この坂を下れば、すぐにマンションに着くのだ。
車の中で春樹は会社での話を伝えた。
「俺はいいみたいだけど、玲香には、
あまり勤めてもらいたくないみたいだ、
会社の言い分もわかるんだけどね」
「私、辞めた方がいいって!」
「なぁ、なんで、そんなにこだわるかな、タクシー会社なら、
近くに近鉄もあるし、香流タクシーだってあるし、
なんだったら別に無理して働かなくてもいいと思うけど」
「私は、前にも言ったと思うけど、春樹とすべての事を共有したいの、
つまり、戦争映画に出てくるような、
2人で背中を合わせて、機関銃を持って、
どこに隠れているかもしれない敵を探しながら、一歩一歩前進していくの、
すごいって、思わない。
敵が来たら、二人で機関銃でババババーンって打ちながら
右に左に背中合わせて回るの。迫力あるでしょ、
だから、死ぬ時も一緒、逃げるのも一緒、私が転んでも絶対手を放さない
ねぇ、そんな人生を送りたい」
「すごい、元気、休む暇ないじゃん、
俺はずーと、玲香の膝枕で寝ていたいけど」
「60過ぎたら、ずーと膝枕してあげる、それまでは、私のために戦って、
勇敢な戦場の兵士となって、私を助けるの、わかったぁ!」
「えぇ、60まで戦い続けるのか」
「そう、60まで戦い続けるの 大丈夫、疲れ切って死にそうになった時、
目の前に茜の花がいっぱいに咲いた大草原が現れるの、
そこにうずくまっていると茜の精が現れて、私たちをかくまってくれるの、
修平という老兵がおにぎりを持ってきて食べろって差し出してくれるの、
そうそう、桑名のハマグリの酒蒸しもついている、美味しいんだから、
そして、体がゆっくり休まると、また、戦地に行って戦うの」
「俺はそこでもう少し休んでいたいけど・・・・・」
「春樹、知らないの?茜の精は怖いよ、早く行けって怒鳴って来るよ」
「そうだった、敵よりも怖いかも・・・・・って」
そんな話についていけないと思って春樹は現実に戻した。
「わかったけど、話が見えてこない、つまり、会社を辞める気はないのか」
「ない、部長が辞めろって直接、私に言うまで辞めない、
もし、言いそうになったら機関銃で撃ち殺してやる」
「その機関銃、どこかにしまっておいたら、危なくってしょうがない」
「毎日、今日、暇だねとか、お客がいないねとか、
そんなふうにメールしているだけでもいいから、
春樹と時間を共有していたい、お願い
それに茜の専属タクシーがいなくなったら、ママが困るじゃない」
夕食を作りながら、バタバタ話す玲香がいた。
「焼きそば、何味にする、ソース、塩、醤油、早く言って、
焼きそばが焦げちゃう」
「塩、玲香の塩焼きそば、美味しいよ!」
「キッチンカウンターにある麻婆豆腐とサラダ、
リビングに持って行ってよ」
春樹は臼井事件が終わった時、玲香に籍を入れようと言っていた。
7月31日を予定していたのだが、
玲香の誕生日が8月2日であることを知り、
その日に籍を入れる事に決めたのだ。籍は8月2日に入れる。
翌日、7月31日(水)
春樹は千種区役所に行って婚姻届の用紙を貰ってきた。
保証人2名の記入欄に
あかねと修平の名前を記入してもらえるよう頼んでいたので
今日はそれを2人に書いてもらうためにスナック茜に会いに行ったのだ。
夕方、18時にスナック茜に着いた。
春樹と玲香は、よそよそしく大きなハートケーキを持って中に入った。
「ママ、保証人、よろしくお願いします」二人で頭を下げる。
「まぁ、ご丁寧な事、修平さんも19時には来れるって言ってたから、
それまで大丈夫?」
「はい、慌てる事はないので・・・・・ママ、先日はご迷惑をおかけしました」
春樹が恐縮して頭を下げた。
「本当ね、もう、大変だったわ、思い出しただけでもぞーとする」
あかねが舌を出して笑った。
「あの時、カァ~と来て、みさかい、つかなくなったのね、
本当に取り乱しちゃって、大変だった」
玲香があかねに婚約ケーキを渡すと
「ママ、ありがとう、ママに救われた。
私、あの時、本当に目の前に青酸カリがあったら飲んでいたかも」
「でもね、今回の事、たくさん、考えさせられたわね。
中里さんが言ってたけど、60歳を過ぎたら、AVだろうが風俗嬢だろうが
そんなもの話題にもならないって、犯罪犯したわけではないから、
なにも気にする事はないって、今、吹いている風が通り過ぎれば、
また、穏やかな日々が来るから、
ここはひとまず、息を潜めて待つ事だって。
電話でれいちゃんにも話したけど、なんだか、胸にグーときたのよね。
だから、あんまり思い詰める事はないから、
春樹もわかってくれた事だし、嬉しいね、よかったね」
と言ってあかねは婚姻届に署名をしてくれた。
ハート型の婚約ケーキがカウンターをうるわしている。
玲香があかねに言った。
「結婚祝いは8月4日にしたの。
夕方18時に澤正で予約を取っておいたけどよかった?」
「例の1時間の幸せがついてくるって、うなぎ屋さんね、楽しみだわ、
修平さんも行った事は無いって言ってたし・・
ちょっと、でも、結婚祝いがうなぎ屋さんでれいちゃんはいいの」
「うん、だって、永遠の幸せ、
手に入れたから澤正にお礼を言いたいくらい」
笑顔がたえない。
智美が入ってきた。
「いらっしゃい、ご結婚、おめでとうございます」
香奈子も来た。
「わぁ、れいちゃんも春樹さんも来てたんだぁ、おめでとうございます。
でも、すごかったなぁ、れいちゃんにも見せたかった。
ママってすごいんだから、まるで、ヤクザ映画の女親分みたいで、
す~ごく迫力あったんだから、
お客さんたちも、あの一部始終を只々、口を開いたまま眺めていた」
「本当、あの時、スマホに撮っておけばよかった、失敗しちゃった」
「春樹さんったら、小さく、小さくなって、面白かった」
智美と香奈子はお店に来るなり大盛り上がりだ。
「そうだね、ビデオに撮っておけばよかったね」
春樹があの時の事を振り返る。
「馬鹿言ってんじゃないわよ、あんなのを撮られたら、
もう、恥ずかしくってお店を開けられなくなるでしょう、
あぶないあぶない、いいこと、智ちゃん香奈ちゃん、あの事は、忘れて、
れいちゃんも春樹も、忘れなさい、それから、いいい、
絶対、絶対、修平さんには言っちゃ駄目よ、
いいこと、絶対ダメだからね」
あかねの迫力は一段と増さる。
「だけど、私、ママにもれいちゃんにも感動したなぁ、
勇気をもらったって言うか、体を張って生きるって、
こういう事なんだって、
本当は、私の友達に風俗嬢になった女がいて、
少し、軽蔑していたんだけど、
人生を生きるって、
それこそ、いい加減じゃ、生きていけないんだって・・・・・
ちょっと、考え方、変わったなぁ」
しみじみと香奈子がつぶやいた。
「そんな事に感動していないで、
風俗嬢やAV女優なんてやっちゃいけないって話だからね、
駄目よ、そんな所へ足を踏み入れないでよ、
はい、約束、指切りげんまん嘘をついたらハリセンボン飲ーます」
あかねは両手を出して二人と約束をした。
修平が入ってきた。修平の坊主頭に汗が浮いている。
あかねは修平に冷たいおしぼりを渡すと《気持ちいい》と一言もらした。
修平は玲香を見るなり言った。
「よぉ、れいちゃん、よかったね おめでとう」
みんな、玲香の顔を見て、なんども、上下に顔を振った。
「ママ、下に吉田さんたち見えていた、
連れを待ってるって言ってたからもうすぐ来ると思うよ」と言って、
修平はテーブルにあった婚姻届に署名した。
吉田さんたち4人が入ってきた。
冷たいおしぼりを用意してママが出迎える。
「いらっしゃい、吉田さん、テーブル、カウンター?」智ちゃんが案内する
「あれ、れいちゃん、どうした、チーママになった?
いいねぇ、来てよかったな」
吉田さんたちのテンションが上がった。それを押さえるようにママが言う。
「れいちゃんは、今日は、婚約発表に来たのよ」
修平、春樹が頭を下げて挨拶をした。
「あれ、修平さん、今日は、そうか、結婚か」
「違いますよ!れいちゃんと結婚するのは春樹、
まだ、春樹は吉田さんを送った事なかったっけ」
「そうか、春樹さんも茜の専属タクシーさんかな」
「はい、今後ともよろしくお願いします」
「やっと、れいちゃんに会えたと思ったら、もう、取られちゃったか」
みんな大笑いだ。吉田さんがあかねと修平にお礼を言った。
「あらためて、ママと修平さんに一言、お礼をと思ってね、
先月はありがとう、助かりました。
わざわざ、桑名まで届けてもらえるなんて、
茜でなきゃできない事だよ、本当にありがとう。
おかげで商談もうまくいって助かった。
ママ、その棚にある{銀座のすずめ}キープもの?」
「大丈夫よ、キープします?」
「婚約祝いも含めて、ここにいる皆さん、
全員に銀座のすずめが行き渡ったら乾杯しよう」
「れいちゃんと春樹さん、婚約おめでとう。
そして、スナック茜にかんぱ~い」
吉田さんが乾杯音頭を取った。
「そうだ、ママ、ハートケーキを忘れてた。
えぇと、全部で10人、智ちゃん、10等分して、
皆さんに出してくれないかな」
春樹が言った。
麦焼酎と婚姻ケーキで玲香と春樹の結婚祝いだ。
お客さんがぞろぞろ入ってくる。
いつまでも、席を占領していてはまずいと言って3人はスナック茜を出た。
時間は22時近くになっていた。
春樹は赤いマツダ2で修平を茶屋ヶ坂のマンションまで送った。
「れいちゃん、おめでとう、でも、よかったね、
臼井のバカヤロウが問題を起こさなければ、
こんなに早く結婚なんてなかったよなぁ
こういうのなんて言うんだろう、
不幸中の幸い、違うか、地獄で仏かな、
雨降って地固まるか、怪我の功名か まぁよかった、よかった、
春樹、大切にしろよ、ママが言ってたけど、
れいちゃんは、おまえにはもったいないほどの女性なんだぞ」
「やだ、修平さんまで飲み過ぎじゃない」
玲香がうれしそうに修平に言った。
大幸団地で修平を下ろすと二人は家に戻った。
NO21 婚 約で終わっていますがこの物語はまだまだ続きます。
https://note.com/witty_mint9624/n/ndf7daaae0087でも見れますので
よろしければご覧ください