村とリン
キリとリン
「絶対戻ってきますから!待っててくださいね」
異世界から来たと言われている少女がキリを見ながら力強く訴える。
「えっ、うっうん。」
キリは驚きながらもその少女の言葉に頷いた。
「聖女様、こんな村は早く忘れて王都でお幸せにお過ごしください!」
「そうですよ。ここの土地では貴方様が満足される環境ではございません」
キリの隣に立っていた村長夫妻が優しくなだめた。
「チッ」
少女の方から舌打ちが聞こえたような気がしたけど...。気のせいだよね?
キリはもう一度少女の表情を確認すると、少し困った表情をした後
「キリさんは私がここへ戻ってくるのは迷惑でしょうか?」
少女の一方後の両脇に従えるように立っている騎士たちが空気を読めよと言う表情をする。
キリは焦りながら言葉を選んでいると少女が突然キリに抱き着いた。
キリは驚きながらもしっかりと受け止める。
少女の甘い香りがキリに届く。少女の問いに答えることが出来ないキリはその代わりにそっと抱きしめ返した。
少女はキリの胸におでこをスリスリとした後、パッと体を放した。
「では、王都に行ってきます。キリさん、浮気はダメですからね!」
少女はキリを人差し指でズバッと指さすとそのまま迎えの馬車に乗り込んだ。
村人達がキリと少女を驚きながら交互に見渡す。
キリと村の人たちは馬車が見えなくなるまで見送った。
村長夫妻がキリを見ると
「聖女様とはお付き合いとかしていませんからね!!」
と慌てて弁解した。
「そうよね...。」
「だろうな」
村長夫妻もキリと少女の関係を知っていたようだが確認ができて少し安心した様子だった。
「だって、キリは息子の第二夫人になる予定なのですからね」
村長夫人がキリに確認する。
「...。はい」
キリも戸惑いながら返事をした。
「まあ、本来ならばお互い好きな相手と夫婦になれればいいんだが...。」
村長も戸惑いながら答えた。
村長は自分の仕事部屋に置いてある領主の命が記された書状を思い出し深い溜息を付いた。
ほぼ見ることがない王都の使いを見終えた村人たちは自分達の作業に戻り、その場に残ったのは村長夫婦とキリだけになった。
三人も戻ろうと踵を返す。
「まあ、キリとナガリは幼馴染だし友人のままでいることだってできる。命が出ているからどうしても書類上の夫婦にはなってもらわなければいけないが」
「ナガリを巻き込んでしまってすみません。」
キリが2人に謝ると
「いや、キリのほうが被害者だよ」
と村長はすぐに言い返してくれた。
「王家にゴマをする為に、こんな牽制までするとは...。私の父上が申し訳ない。」
この村長と呼ばれている男性は、元はこの地域の領主の三男だった為、少し政治には明るかった。ただし、領主の意向に逆らったため飛ばされこの村を治めているらしい。
キリは、村長夫妻と分かれ一度自分の家に戻ることにした。
家に入るとそれまで少女今となっては聖女様になったリンとの生活の跡がまだ残っていた。
キリは、両親と妹の四人家族だったが両親は流行り病で2人とも亡くなってしまった。
妹は同じ村に住んでいる昔から仲が良かった男性と結婚した。
キリを一人にするのが不安だと言う妹を妹の旦那とキリで説得するのが大変だったなとキリは思い出しながら少し笑った。
そんな時、突然庭が光りだしたので驚いて三人で家を出ると見たこともない服を着た女の子が倒れていた。
とりあえず、妹の部屋のベッドに寝かせて明日の朝一番に村長に連絡しようという話に落ち着いた。妹の寝る場所がなかったので妹の旦那と目配せをして妹を旦那の家に泊まらせることにした。
「後は、君ががんばるしかないんだぞ。僕は応援しているからね」
とキリは旦那に伝えると、「はい!」と力強く返事をした。
次の日妹は顔を赤らめながら実家に戻ってきた。
えっ、誰がそこまで許すといった?
キリは妹がいないところで旦那を一発殴った。
村長にリンの事を話すと少し難しい表情をした後、これは国に報告しなければいけないと言い出した。
「しかし、この村から王都へは数カ月かかるからそれまでは私達の家に来てもらおうか。部屋も余っているしな」
と村長に言われたので、リンを連れて再び村長の家に行った。
しかし
「あのぉ~、私はキリさんの家で大丈夫ですので、お気遣いなくぅ~」
とリンが言い出した。
僕と村長は驚いて一瞬固まった。
「でもね、いい歳の男女が一つの家にいるのもねぇ~」
見かねた村長夫人が声をかけると
「ん?大丈夫です。私魔法とか使えるみたいなので。キリさんは...。無理ですよね?」
リンは何かが見えるらしく僕をじっと見つめた後、そう答えて再び僕を見つめた。
「あっ、これは見惚れているやつなので大丈夫ですよ」
とリンが言った。少し意味が分からなかった。
村長が渋々キリの家での滞在を許可したので二人はトボトボと歩きながら帰った。
キリはリンの横顔をこっそり盗み見る。
倒れていた時は化粧のせいか自分よりも年上に見えた。
でも、次の日飛び起きると
「あっ、メイクしたまま寝てしまったぁ~。顔が死ぬぅ~」
と言いながら一緒に持ってきていた鞄?ような物から薄い何かを取り出し、手鏡をみながら顔を拭きだした。すると、かなり幼い顔に変化した。
キリは内心驚いているとそれに気付いたリンは
「あっ?イメージと全然違った?私、幼く見えるからメイクでわざと大人びた感じにするタイプなの」
ハハハ~。と楽しそうに笑うリンをみてキリも思わず微笑んだ。
キリは妹とはまた少し違うタイプの少女リンを見て妹が出戻ってきたような感じがして少し嬉しかった。
もちろん、そのことを妹に言うと本当に帰ってきそうなのでキリは心の中だけで思うことにしていた。
二人の生活は思ったよりも楽しかった。
妹より家事などは苦手だったが、そこは魔法でカバーしていた。
リン曰く
「向こうではもう少し色々出来たんだよ!この世界が不便すぎるぅ!」
とむくれながら洗濯物を干していた。
異世界から来たリンのことはすぐに村中に広まった。
みんなリンを一目見ようとキリの家に色々なお土産を持って遊びに来た。
特に、キリと同じ年代の未婚者の男性が多かった。
リンも向こうの世界では異性との交流があったようで気さくに受け答えしてくれるのがいいらしい。
こんなにモテると村の女性から反感を買うのではとキリは思い始めていた頃、男性と同じぐらい女性もリンの所を尋ねるようになった。
そして、不思議なことが起こり始める。
リンに会いに来ている男性の所に女性が後から遊びにくるのだ。
キリは自分の仕事があるのでずっとは見ていなかったが、その男性は始めはリンとばかり話していたが少しずつ女性とも話始め最後は二人で家を出ていくという形になる。
リンはそんな二人を見送りながら
「今日もいい仕事をしたぜ」と呟いているのをキリは何度か見かけたことがあった。
週に一度リンの生存確認と報告の為に二人で村長の家を尋ねた。
その時に村長が
「ん~。別にいいけどリンが来てからこの村の成婚率が爆上がりだわ」
とぼやいていた。
リンはしれっと
「それは良かったですね。家族が増えるとか素敵じゃないですか」と言った後
「ね~」
とキリの方を見ながら言ってきたので「うん」と答えてみた。
それをみた村長が
「なんか、怖っ、今悪寒が走ったぞ」
と自分の両腕をさすりながら呟いた。
「あ~、それ風邪じゃないですか?」
「違うわ!」
リンと村長はいつも楽しそうに掛け合いをしていた。
あまりにも仲がいいので帰りにそのことを話すと
「ん~雰囲気が元担任に似ているんだよね~。」
との返事をもらった。タンニンと言うのはその...。好きな人の事を指すのだろうか
そう考えるとキリは少し悲しくなった。
リンとの生活に慣れ始めた頃、村長の息子のナガリが青ざめた表情でキリとリンの家に来た。
「村長が二人を呼んでいる。すぐに来てほしい」
いつもは自分たちのペースで報告に来ればいいよと言われていた為なにか重要な用事があると考えた二人は、そのままナガリと三人で村長の家に向かった。
いつもの村長の執務室に向かうと、見たことのない鎧を着た騎士が村長の執務机の前に立っていた。村長は、キリとリンをソファーの前に立たせ、ナガリを自分の後ろに立たせた。
騎士は四人を見渡した後、一つ頷き
「聖女 リン様は王都に帰還されたし。聖騎士団は一週間後聖女様を迎えにこられます。」
これは王命ですといい、その書簡をリンに手渡した。
リンは「えっ、えっ、これ受け取ったらヤバイやつじゃない?」
と呟いていたが。
「リン様、どうかお受け取りください」
村長がいつもと違う口調と態度で促してきたので仕方なく、かなり嫌そうに受け取った。
キリは、ついにきたかと思いつつ騎士がその場を離れるのを待っていたが、もう一枚書簡を取り出した。リンに渡した物よりかなりシンプルなその書簡を騎士は再び読み始めた。
「フォミテ村のキリは同じくフォミテ村 村長の嫡男ナガリの第二夫人となる事」
騎士の言葉にその場にいた四人は驚いた。
キリは思わずナガリに視線をやると、ナガリも驚いたままキリに視線を合わせた。
「これは、どういうことでしょうか騎士様」
村長は騎士に質問すると
「これは、村長のお父上の書簡です。王の御意向を組んでかと思われます」
さすがに騎士も動揺を隠せなかったようだった。
「えっ?はい!騎士さん!質問です」
リンが思わず手を挙げて騎士に声を掛ける。
「はい、何なりとご質問をしてください」
騎士が片膝をついて頭を下げた。
「あっ、そういうの大丈夫です。とりあえず皆さん座りませんか?」
この場所では聖女であるリンが一番位が高いらしく、騎士が頷くとソファーに座った。
夫人とメイドがそのタイミングでお茶を出してくれた。
皆でお茶を飲んで一息つくと、リンが再び声をかける。
「この世界って、夫婦って一夫一婦制だと思っていたのですが」
確かにリンの言う通りだった。リンはどうやら色々な人をくっつけて恋人同士にしている。
その人たちはあくまでも一対一だから不思議に思うのも仕方がない。
騎士は言葉を選びながら
「はい、基本的には一夫一婦制ですね。王家や一部高位の貴族とかの例外はあります。」
騎士はキリをチラチラと見ながら答えた。
「えっ?じゃあどうして、キリさんは第二夫人になるのですか?少し譲って同性同士の結婚とかはあるって聞いていたけど、次期村長ってそんなにステータス高いのですか?」
リンが騎士に詰め寄るように質問をする。
騎士は悪い人ではないようで...。村長をみながら
「これは、ここだけの話にして欲しいのですが、ここの領主が王家に貸しをつくるつもりで命じられたようですね。村長は領主と折り合いが悪いのですか?地方で第二夫人という話は...。ほぼありえませんよ」
騎士の最後の言葉は溜息と共に消えそうな声で言われた。
村長はキリをみながら
「すまない、俺の身内のゴタゴタにキリを巻き込んだようだ。騎士様、確かに領主の父上と私は政策の違いで今は疎遠となっております。しかし、これはキリにも婚約者のいるナガリにも不憫すぎる命ではありませんか!」
珍しく感情的になった村長は自分の父親が書いた書簡を握りしめる。
「申し訳ない。私は、この書簡をあなたとリン様に渡すだけの立場です。お力になることはできません」
騎士は小さく頭を下げる。しかし、太ももの上に置いてある両手はきつく握りしめられていた。
重い空気の中、隣でリンが小さくフッと溜息を付く音が聞こえた。
「分かりました。私、王都へ行きます」
豪華な裏地の書簡を握りしめながらリンは空を睨みつけるように宣言した。
キリはハッとしながらリンの方をみると
(にくしょくけい じぇーけー なめんなよ)
と呟いていたが、キリにはさっぱり意味が分からなかった。
最後までお読みいただきありがとうございました。