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Azail Oleith  作者: Sillver
色付くプリミス≪3月≫

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第3話・在りし日の記憶~森の静けさ~

「意識を失う前、私の横にヴァリアスは居たと思うんですが、どうして移動してたんです?実は、動けるとか?」


 気付かれるだろうとは思っていたし、ツッコミを入れられるだろうとは思っていた。しかし、その問いはあまりにも直截で、自分の今の感情としては明確に答えるのは実に躊躇われた。


「さてな。お前さんの想像に任せる」

「ヴァリアス。さてはごまかしとか嘘が下手ですね?」

「どうでもいいだろ?ユーエルはとりあえず朝飯でも調達して来いよ。ただでさえ、めちゃくちゃ痩せてるのが丸わかりなんだからよ」


 答えになっていないことは良く分かっていたし、人の機微に聡いらしいユーエルは俺の複雑なものを感じ取って、大人しく朝食の調達に出かけていく。俺を連れて行けと言いたいが、肉体強化魔法を禁じている以上、今のユーエルに俺を持ち歩かせるのは憚られた。そのため、何かあったときはどうにかして空になんらかの魔法を打ち上げることにする。状況が分からないと、こちらの心労もただ事ではないからだ。


「いいか?ちゃんと30分で戻って来いよ」

「はいはい、ヴァリアスは結構心配性なんですね」

「はいは1回だ」

「はぁ~い」

「……」


 なんとものんきなユーエルに頭が痛くなるが、昨夜しっかりと眠ったことによって多少はルクタスが回復したのだろう。上機嫌で出かけていく。ついていけない俺は、昨夜のユーエルが気絶してからのことを思い返していた。


「聞こえるかわからんが、言っておく。その痛みは、訓練をしていけば軽減できる。ユーエル、お前いままでしっかり飯食ってないだろ。まずはそこからだ」


 返事をする余裕がないことも分かっていたが、そばにいるというのを示すには声をかけるしかない。動ける時間にならない今は。俺が人の肉体を持っていたら、きっとこの場にはいない。しかし、この場に今居る。痛みに押し殺した声を上げるユーエルのそばで、そんな埒もないことを考えていた。

 次第に、ユーエルの声が小さくなっていく。どうやら、痛みによって気絶しかかっているらしい。完全に落ちるころには、酷く小さな呼吸になっていた。死にはしないだろうと思っていたが、念のためにルクタスを見る。その結果は、予想通り酷く削られたものだった。


「Ren Luctasレン・ルクタス。最大値が100で、現状0か。タエナで回復してなきゃ、今頃は寿命にまで食い込んでたな」


 人間の寿命は様々だが、ルクタスはある程度年齢によって幅が決まってくる。ユーエルの年齢ならば通常ルクタスは500はないとおかしい。しかし、俺の予想通りなら、これは良く伸びた方だろう。

 月が南天し始める。すると、じわじわと、熱を感じられなかった体が熱を帯び始める。どこか、薄い布を纏っていたようだった感覚がクリアになる。自分という形が、明確になる。俺は、一時的に人の形を取り戻していた。

 そっと、ユーエルの頭をなでる。傷んだ髪の感触が、これから確認することが事実だと伝えていた。

 俺は、体がきちんと動くことを確認すると、うずくまったままの姿勢だったユーエルをそっと抱きかかえる。酷く軽いその体重に、眉間にしわを寄せる。少しでも体力が回復できるように、レチスが密生し、寝心地がよさそうな場所に寝かせなおす。


「バレた時に、死ぬほど怒られてやるから、確認するぞ」


 一人ごちると、ユーエルのボロボロになった服をめくって腹や背中を確認する。そこには、ユーエルが癒し切れていなかった長年にわたる虐待の痕跡が色濃く残っていた。タエナ1匹では、長期間に渡る傷跡を癒すには足りなかったのだ。回復していくところを、魔法で見ていた俺だが、あまりの酷さに思わず唇を嚙み切る。


「癒しの一族の忘れ形見が、こんなことになってるなんてな。1週間じゃ足りねぇな……」


 舌で噛み切った唇を止血しながら、俺はなおもユーエルの状況を確認していく。しかし、全てを見るには圧倒的に時間が足りそうになかった。それでも、引きつれた火傷の跡や、醜い傷跡になった切り傷や鞭の跡が、ユーエルの過酷だった過去を伝えていた。

 幸い、レチスの密生した場所は、ユーエルにとって寝心地がよいらしい。随分とおだやかな顔をして眠っている。


「少しでも、体に負担がないようにしてやらないと……」


 しかし、時間は無情にも過ぎていく。ジワリと体から熱がなくなっていくのに気が付いた俺は、万が一にもユーエルに倒れかかったりしない位置へと移動する。徐々に徐々に、自分がなくなっていく感覚。いつものことながら、耐えがたい苦痛だが、今日は少し負担が減っているような気がした。きっとそれは、ユーエルが居ることで復讐への目途が立ちそうだからだろう。

 大鎌に戻ってしばらくして、俺はユーエルを見つめながら最愛であるテロメアならば何と言うか考えていた。大鎌の状態では眠ることが出来ないからだ。最初のころは、この状態に慣れず、人に戻る度に気絶していた。


「テロメア、君はユーエルを利用する俺を怒るだろうな。君は、どんな時も高潔たらんとするグロウシアスの花のようだったから」


 揺るぎない信念が求められる裁判官のシンボルとなるほどの花。それに例えられるテロメアは、復讐のためにユーエルに近づく俺を、一体どう思うのだろうか。そんな埒もないことをずっと考え続けていた。

 夜が明けて、ユーエルが目を覚ます。肉体強化魔法の後遺症は一晩でだいぶ軽減されたらしい。元気よく朝食調達に出かけていく。俺が一時的に動ける事に勘付きながらも誤魔化されてくれた。俺よりもよほど大人なのかもしれない。

 ユーエルの居ない30分。ふと、彼女の声が聞こえた気がして。遠い日の記憶、テロメアを酷く怒らせた出来事を思い出す。


「ダメだ。子供だけで森に入るなんて危険すぎる」

「でも、ヴァリアス!俺んちの母ちゃんの具合、ずっと良くなんねぇんだよ!!俺だって、母ちゃんのために何かしたいんだ!!」


 ここ最近、村では少し性質の悪い風邪が流行っていた。このドイル少年の母も、この流行り病に倒れていた。俺は、自警団兼村の薬師の雑用係として、これから出かけるところだった。そこで、このドイル少年が森に入ろうとしていたのを止めて事情を聞くに至るわけだ。

 気持ちは痛いほど分かるが、子供だけで森に入るのは無謀だ。魔物や、凶暴な動物に襲われでもしたら、彼のルクタスでは確実に寿命を削り切り、最悪死ぬだろう。


「それでも、お前だけじゃ危険だ。俺もつれていけ。そうしないと、俺がドイルの親御さんにどやされる」

「やだよ。ヴァリアスは忙しいから薬草の時期過ぎちまうだろ!!」


 血気盛んな悪たれ坊主だと思っていたドイルだが、いつの間にかしっかりとした考えを持つ少年へと育っていたらしい。自分よりもはるかに小さい勇者に、敬意を表して目線を合わせる。


「いいか?お前さんの母ちゃんはアクアリア族だろう?」

「うん」

「だから、専用の薬草がいるんだ」

「だから!!」


 血気に逸る少年をなだめるように、俺はニヤッとした表情を浮かべながら話す。


「まあ聞け、ドイル」

「……なんだよ」


 俺の表情から、何かを察したらしいドイルはそれまでの怒りから、不貞腐れ、怪訝な表情をする。こういうところが、子供らしくて可愛らしい。


「お前さんが探してるウキュロイヤ草ってのはな。一人じゃ取れないんだよ」

「そうなの?」


 きょとんとした表情をするドイルに、嫌な予感がする。


「……お前は、どこを探すつもりだったんだ?」

「森の奥にある、川の岸に生えてるって聞いたけど、違うの?」

「それを誰に聞いた?」

「いつだったか来ていた旅人さん」


 それを聞いて、俺は盛大に顔をしかめる羽目になった。村では、子供たちが迂闊な行動に出ないように薬草の採取地などを伝えない。ある程度、分別が付いたと判断されてから、こういったことに駆り出されるようになる。村の人間なら、それを分かっているし、旅人には村人から伝える。

 つまり、こういったことが起こるということは、村に悪意を持った人間がやってきていたということだ。


「その旅人のことを覚えているか?」

「え?んー、あんまり覚えてないや。俺、その話を聞いて、早く薬草を取りに行くことしか頭になかったし。ヴァリアス、旅人さんになんかあるのか?」


 その返答を聞き、考える。先に村長に知らせてから出かけるか、このまま行くか。俺は、不安げな顔をしているドイル少年に笑顔を向けて安心させるように言う。


「いんや、お前さんが世話になったようだったからな。俺から礼を伝えようと思っただけだ。ただ、お前さんが覚えてないなら、旅の無事を祈るだけにしよう」

「そうだな~。その人、先を急ぐらしくてさ。なんでも、ウルオール中立地域を目指してるとか何とか言ってた」


 ウルオール中立地域。あそこにはこのエルセリア全ての知が集まる。目指す旅人など珍しくもない。しかし、なんだか胸騒ぎがした。それを表に出すと、子供特有の聡さでドイルは見抜くだろう。なんでもない顔をして言う。


「そうか。ドイル、お前ここにいろよ?」

「なんでさ」

「お前さんの母ちゃんに必要なウキュロイヤ草、これから取りに行くところだったからな。ただ、お前さんも来るなら、もうちっとばかし準備がいる」


 もっともらしい言葉を並べ立てて、ひとまずドイルがその場から動かないように誘導する。ドイルが期待に満ちた顔で俺を見る。


「それって」

「俺の言うことをちゃんと聞くっていうなら、親父さんにどやされてやるよ」

「ありがとう、ヴァリアス!!」


 にぱぁ!!という効果音が似合いそうなくらい破顔したドイルは、そのまま道のわきに生えていた木陰に移る。往来のど真ん中では邪魔になるからな。ご両親の教育のたまものだろう。

 手を振って、ドイルと別れると俺は急いで村長にこのことを伝えた。ついでに、どうしてもドイルが聞かないから、俺が薬草採取に連れていくことも。難航したが、あそこまで覚悟を決めてるやつを動かすなら相応の説得がいる。ウキュロイヤ草は長持ちする薬草ではない。早く採取する必要があった。村長から、ドイルの両親に同行することを伝えてもらうように頼み、家で準備をする。なんだかんだで時間がかかってしまっている。同じく自警団のテロメアにも伝言を頼むべきか悩むが、この程度のことは伝言するまでもない。それよりも、急がなくてはならなかった。


「待たせたな。きちんと待てて偉いな」

「子供扱いすんじゃねーよ!!」


 憤懣やるかたないといった表情をするドイルを宥め、俺たちは村近くの森へと向かう。この森は、村人からはアヒュイアの森と呼ばれてる。かなり大きく、深い森で慣れない人間は確実に遭難する。そんな森だ。入る前に、ドイルに言い聞かせる。


「いいか?森に入ったら、俺が逃げろと言ったら絶対に何があっても逃げろ。そんで、村長とご両親に俺が森に残っていることを伝えるんだぞ。逃げ道は、レイゼールが示してくれるからな」


 俺は、首からかけていたレイゼールを外してドイルの首にかける。これは、記憶させた 場所をどんな状況でも指し示すアイテムだ。


「使い方は分かるか?」

「うん。夏祭りとかで父ちゃんにつけさせられてたから」

「よし。じゃあ、ウキュロイヤ草を取りに行くぞ」


 太陽が南天しようとするころ、俺たちはとうとう森に足を踏み入れたのだった。

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