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Azail Oleith  作者: Sillver
色付くプリミス≪3月≫
4/4

第2話・名前に祈りを、無茶には説教

「にん……げん……?」


 人は、驚きすぎるとこうも発言がたどたどしくなるのかと身をもって実感する。それほど、目の前にある大鎌の発言は、私にとってかなりの威力を持っていた。人が、動物が。生きとし生けるもの全てにとって、それまでの生きてきた形を無理やり変えるなど、『やってはならない禁忌』だ。


「だって、あなたどう見ても大鎌じゃない!」


 一縷の望みをかけて反駁(はんばく)する。しかし。


「ああ、そうだな。今は何をどうまかり間違ったのか、ヒューマンから大鎌へと見事な大変身を遂げちまってるなー」


 ほけほけといった効果音が聞こえてきそうなほど、大鎌はいっそ不気味なほど明るく話す。私は、その言葉の裏にどろりとしたものを感じる。当然の感情だ。ただ、それだけなら私は不気味とは思わない。不気味なのは、『大鎌になる』という事態に遭遇しているにも関わらず、『狂っていない』ことだ。

 これまで、短命種が長命種に、長命種が短命種に憧れて自らの種族を変えることを試みたことがあった。けれど、その悉くは悲劇でしかなかった。種族はどうあれ、人から人でも成功事例がなかった。なのに、人から無機物に変わって狂いもせずそこにある。不気味どころか――。


「Kaal――」


 魔法を詠唱しようとするも、大鎌から発せられた大声で中断する。


「だー!!まてまてまてまて!!気持ちはわかるが、すぐ俺を破壊しようとするんじゃない!!」


 私としては、こんな得体の知れない危険物はさっさと破壊するに限る。しかし、当人としてはそうもいかないらしい。私は、むくれつつも彼の話を聞くことにした。


「むぅ」

「むぅって……。お嬢さん、年齢は?」

「17か、18ぐらい」

「そうか……」


 私としては、そこそこ分かりやすく対話に応じるというサインを出したつもりだった。しかし、ヴァリアスと名乗った大鎌は妙な受け取り方をしたようだった。


「お互いの過去は、『今は』聞かないでおきましょう?お互い、探られて痛い腹とか脛の1つや2つありますからね。それを話すには、関係性が今は浅すぎる」


 互いの抱える物に、今は触れるべきじゃない。そう考えて提案する。きっと、この短時間でも分かる彼の聡さなら、乗ってくるだろう。


「……分かった。お嬢さん、名前は?」

「それが、記憶ごと消されちゃってて。13番が今の名前になるのかな?ご主人様に名前に込められた意味を聞いてみた時にそう言われたんです」

「それは、名前じゃない!!そんなのが名前であってたまるか!!」

「んー、私を呼んでいることが分かるので、別にいいかなぁと」


 私にとってただの事実。それに烈火のごとく憤るヴァリアス。名前は一番短い呪であり祝福だとするこの世界で、私のこの態度は絶対的に間違っていることは分かっている。それでも。名前に関する記憶を失ったときにある意味一度『死んだ』私にはどうでも良いことだった。


「……ユーエル・ニハルスはどうだ?」

「え?」

「お嬢さんの名前だ。番号が名前なんざ、脱走奴隷だって言って回ってるようなもんだ」


 ぶっきらぼうな口調で告げられた、『私』の名前。それは、もうない記憶を呼び起こすような優しさで。私は思わず復唱していた。


「ゆーえる・にはるす……」

「気に入らないか?」


 むっすりとした口調のまま問いかけるヴァリアスに、私はにっこりとした笑顔で答える。


「いえ!大事にします!それで、意味は?」

「今は内緒だ」

「えー」


 意味を教えてもらえないことは残念に思いつつ、目下早急に話さなくてはならないことを思い出す。


「それで、私を呼んだのは何の用ですか?」

「お前さん、ヒーラーだろう?それも、結構な使い手の。そんなユーエルを見込んで頼みがある。俺をユーエルの旅に連れて行って欲しい。その代わり、俺を振るうといい。護身用にはなるだろうさ」


 それまでの、よく言えば明るく、悪く言えば浮ついた雰囲気から一転してヴァリアスは私に懇願する。私は、気圧されるように弱々しく反論する。いくら名前をくれても、そう簡単に頷けなかった。

 まず、大前提として。私はヒーラーだ。武器を持ったことがない。


「私、大鎌なんて振るえませんよ?」

「俺が指導すればいいだろう?」


 指導は確かにありがたい。そうすれば、護身くらいは彼の言う通りできるだろう。しかし、彼は『大鎌』だ。本当に、物語の死神が持つような大鎌なのである。大きいという事はつまり、その分重量もあるわけで。


「そもそも、持つための筋力が足りないと思いますが」

「大丈夫だ。軽くできるから」


 魔法で、持っている人間が感じる重さを軽減できる武器が世の中にはあるという。その機能が、ヴァリアスにもあるなら、確かに筋力のない私でも扱おうとすれば出来るだろう。しかし、繰り返すがヴァリアスは『大鎌』。


「逃げて、平穏な隠匿生活したいのにめちゃくちゃ目立つんですが」

「そこは諦めてくれ」

「えぇー……」

「頼むよ。俺はどうしても旅をする必要があるんだ」


 スライムに釘、ヤーナェに風。ああ言えばこう言うの良い見本の様にヴァリアスは私に返答を返す。答えに詰まった私に、ヴァリアスはなおも言い募る。


「目的を果たすまでは、絶対に死なせないし死なないと約束する。……」


 それは、今まで目の前で命が消えていく瞬間を嫌というほど見てきた私には酷く甘い約束だった。

 私は生きたい。けれど、許されないと思っている。関わった人全てが今まで死んで来たから。でも、だからこそ。今度こそ。私に関わった人を死なせたくないのだ。それだけに、最後が気になった。


「最後がよく聞き取れなかったんですが」

「ん?なんでもない。気にしなくて大丈夫だ」


 人間の肉体を持っていたら、さぞかし男くさく笑っているのだろうと思わせる声色で、ヴァリアスは言う。軽い口調だからこそ、私は唇を噛み、自分とヴァリアスがどうしたらいいのかを考える。

 癒し、守るために磨いた魔法。それを歪んだ欲望に穢され続けた日々によって、すっかり擦り切れてしまった誇りと汚名を雪ぐ。ヴァリアスの願いを叶えることによって。それは、自分の在り方を取り戻すという意味では、酷く魅力的に思えた。


「……分かりました。でも、食べる以外でもう何も殺したくないんです。だから――」

「ああ――」


 ユーエル。お前のその類い稀な力を狙う者たちから、逃げ切れるだけの力を。お前に教えて身に付けさせる。

 そう言い切ったヴァリアスの声色は酷く静かで。魔法で契約していないにも関わらず、私の心に染み込んだ。

 暫く、私たちは黙り込んでいた。我に返ったのは、近くでホホロウの鳴き声がしたからだ。この声が聞こえ始めると、いよいよ日没だ。今日の寝床の確保ができていない状態での日暮れは、獰猛な動物や魔物たちに殺してくれと言っているようなものだ。


「とりあえず、今日の寝床の確保しなきゃ」

「そうだな」

「持ち方とか今は聞いてる暇ないから、適当に掴みます。ごめんなさい」

「あ?ちょっとマテ!?」


 適当に持ちやすそうな所を引っ掴む。ヴァリアスが何か喚いてるが、いったん全てを無視する。


「Uzail Uleith ekakuur renウザイル・ウレイス・エカクール・レン


 とにかく、急いで身の安全を得られそうな木のうろや洞窟、最悪は木の上を確保しなくては。魔法で強化された体は、通常では考えられないほどの速度で私とヴァリアスを前へ前へと導く。グッと足に力を込めると、私の体は10メルトはある木の梢まで舞い上がる。上手く梢に足をつけると、もう一度高く飛ぶ。これを繰り返していく。ただ、この肉体強化魔法は、そこまで長くは使えない。人の体のリミッターを外しているから、後の反動が凄まじい事になるのだ。うまい具合に山を見つけた私はそこへ向かった。


「Raren uzail uleith ekakuurラレン・ウザイル・ウレイス・エカクール


 私という質量の塊が起こす風が下生えの草を揺らす。地面はいきなりの質量に僅かに私をその身に受け入れる。しかし、緩やかになった落下速度のおかげで、高高度から着地したにしては小さな音だけを周囲に響かせて地面へと着地する。


「お前なぁ……」

「もう、すっかり日が暮れましたよ。あのままでは早晩、決意も何もかも食い荒らされてました」


 それ以上、ヴァリアスは何も言わず、ただため息をついただけだった。私は肉体強化魔法を解いた反動で、うずくまる。ここは、魔物や動物たちが嫌うレチスが群生しているのが見えたから選んだ。だから、こうしていても問題はない。ヴァリアスは、私の右横にどうにか安置する。色々扱いに文句があるかもしれないが、それを聞くのは後だ。



「ぐぅぅ……!!」


 無理やりに引き出した、ヒューマン本来の力と魔法の作用で無理をさせた筋肉たちが悲鳴を上げる。その痛みはすさまじく、歯を食いしばっても口からうめき声が漏れ出る。


「聞こえるかわからんが、言っておく。その痛みは、訓練をしていけば軽減できる。ユーエル、お前いままでしっかり飯食ってないだろ。まずはそこからだ」


 ヴァリアスが何か言っているが、上手く聞き取れない。徐々に私の視界は黒く染まっていく。今までの経験から分かる。これは、落ちる。ぎりぎり落ちないだろうと思っていたが、思っていた以上に、私のルクタスは下がっていたらしい。そう思いながら、ヴァリアスの声を聞きながら、私の意識は闇に包まれた。


 チュンチュン!ぴゅろろろ~。

 元気な鳥たちの声と、まぶしい朝日に私は身を起こす。体の節々は痛むが、昨日の様に肉体強化魔法を使わなければ何とでもなりそうだった。不思議なことに、ヴァリアスは私のすぐ傍ではなく、少し離れた山に立てかけてあった。


「おはようございます。ヴァリアス」

「おはよう、ユーエル。体は……まあなんとか大丈夫そうだな」

「はい。ただ、しばらくは肉体強化魔法を使えませんね」


 それを聞くと、ヴァリアスは苦虫を1000匹嚙み潰したのかと言わんばかりの声を出した。物凄く心配をかけてしまったらしい。


「ユーエル、お前俺が良いっていうまで肉体強化魔法禁止な」

「え゛」

「当たり前だろうが!分かってないとは言わせねぇぞ?」

「………………分かりました」


 ヴァリアスのいう事はもっともなので、沈黙の果てに了承する。痛む体をゆっくりと解しながら、ヴァリアスに問いかける。


「それで、私たちはこれからどうしましょうか」

「ああ。俺もこのままの姿じゃどうにも動きづらい。だから、解呪方法を求めてウルオール図書館へ行くぞ」

「図書館?」

「なんだ、知らないのか」


 曰く。このエルセリアで産み出された全ての本が、国や種族の主義主張を超えて保管・閲覧することが可能な、人類の共同保存図書館。全ての歴史と英知が集まる場所らしい。たしかに、そんな所があるならきっと彼の解呪方法も見つかるだろう。

 ウルオール図書館がある土地は、ウルオール中立地域というらしく、そこではどんな差別も許されない。助けを求める者にはそれが与えられる。ただし、甘えるような堕落を見せると罰せられる。

 話を聞いているだけだと、なんだか理想郷のように思えた。


「では、そこへ向かうためにはどういうルートを?」

「まずは、このエフィーシャ大森林を抜けないとな。そこから、エルフ領から出ている船でウルオールだ」

「じゃあ、路銀を集めないと」


 大まかな方針が決まったところで、ヴァリアスが心配そうな声で言う。


「ユーエル。一応聞くがな。先に回復を優先するか、先を急ぐか。どっちだ?」

「先を急ぎましょう」

「バカタレ」


 ヴァリアスは、想定していたのか私をナチュラルに罵倒してきた。酷い。私としては、大鎌状態のヴァリアスは目立って仕方ないから、解呪できるなら早く解呪したいのだ。


「ヒーラーだからこそ、自分を最優先に出来なくてどうする?俺を優先しようと思うな。今は、お前が優先だ」

「でも」

「でもじゃない」


 有無を言わせない口調で、ヴァリアスは言う。


「いいか?一週間くらい、ここで休んでいくぞ」

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