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Azail Oleith  作者: Sillver
色付くプリミス≪3月≫
3/4

第1話・命を喰らって、生きる

 私は夜明け前の森を、今できる限りの全力で走っている。体のあちこちが痛み、治りきっていない火傷からは体液が漏れ出ていた。


「おい!居たか!?」

「いや、居ない。そっちはどうだ?」


 少し離れた位置から、2つの声に対して指示を飛ばす声が聞こえてくる。


「分からない。しかし、あの体だ。そう遠くへは行っていないはずだ。探せ!!領主様を(しい)した罪人だ!!」


 遠くから、私を探す兵士たちの声が静かな森の中に響き渡る。私と兵士という、常には起こらない珍客に怯えて、森の動物たちはその身を潜めていた。今、森の中で音を発しているのは私と兵士のみだった。


「ごめんなさい、ごめんなさい……!!それでも、私は」


 うわごとの様に呟いていた言葉が止まる。降り積もった枯葉に足を取られて、転んでしまった。尖った石が、私の膝を喰い破る。じわじわと滲む赤を気にすることなく、私は立ち上がって走り出す。


「私は、家族に何をされても守りたかった」


 強く唇を嚙んで痛みに耐える。しかし、如何に意志が強くても長年虐げられていた体は限界だった。しばらく走った所で、足が自然と止まってしまう。咳き込み、喉が切れたのだろう。口の端から赤が伝う。


「生きなきゃ。私は、生きる!」


 大きく息を吸う。弱り切った体では、ただ息をするだけでもその体を痛めつける。遠くでは、未だ私を探す兵士の声が聞こえていた。何度か大きく息を吸ったことで呼吸が整った耳に、せせらぎが聞こえてきた。


「川……。そうだ、もしかしたら」


 私は、休息を求める体を無視して川へと向かう。すると、そこには何とも運のいいことに木こり小屋があった。切った木を素早く町へと届けるためだろう。オールとそばには(いかだ)が係留されていた。


「ごめんなさい。お借りします」


 私はそっと誰に届くことのない謝罪をすると、筏に乗り込んでオールを手にする。徐々に兵士たちの声が近くなってきていた。迷っている暇はなかった。


「Neer kur surrネール・クル・スルー。上流へ……!!」


 私が魔法を唱え終え、筏が上流へと動き出したその時。兵士が追いついてきた。彼らは、反逆者を見つけると一様に呪文を詠唱しだす。


「Kaar aine sis kenカール・アイン・シス・ケン!!領主様を弑した犯罪者、大人しく捕まれ!」


 唱えられたのは、反逆者などの大罪人に向けられる殺傷力の高い魔法だった。次々と炎の剣がこの場から離れようとする私へと殺到する。


「もう追いついてくるなんて……。Neer ma――ぐぅぅ!?」


 詠唱の隙を突くように、一番最初に発動した兵士側の魔法が私をかすめる。その熱は、酷く『死』を意識させた。


「Neer maalネール・マール……!!それでも、私は生きるんだ……!!」


 火の剣がかすめて熱く痛む右腕を無視し、魔法を唱えて防御をする。周りを淡く光る水色の魔力が膜のように覆った。殺到した炎の剣は、水色の魔力に触れると、私の身に一切の熱を与えることなく溶けるように消えた。


「私は、もう誰も殺したくない!!だから、来ないでください!!Syyl leith keenシール・レイス・ケーン!!」

「うわぁ!?」

「ぬ、動けない!?」


 逆に、私が放った風の刃は、当たった兵士たちをその場の空間に固定。目の前で犯罪者を取り逃がした兵士たちは歯噛みするが、既に筏は魔法の届く範囲から去っていた。


「Sen koorセン・コール


 新しい魔法を唱える。伝えたいことがあったからだ。私の声が拡声され、朝日が届きだした森の中に響き渡る。


「その魔法は、暫くしたら解けます。ごめんなさい」


 10分後に兵士たちの体は自由を取り戻す。その前に、少しでも遠くへ。そして、かく乱をしなくては。焦りが心を焦がす。


「大丈夫、落ち着いて。大丈夫、だいじょ……ふ、ぅ、あ、あぁぁぁああ……」


 今までの色んなものが溢れ出してきて、涙が止まらなくなる。魔法に操られた筏は、泣いている私を乗せて、川を上っていく。

 ひとしきり泣いて落ち着いた私は、川の水で顔を洗う。


「……泣いてても始まらない。考えて行動し続けなきゃ。生きるって決めたんだから。とにかく、このぼろぼろの体をどうにかしないと。ご主人様に禁じられていて、自分には使ったことないけど、背に腹は代えられない……」


 私は、筏を岸辺へと寄せた。ちょうど、川の中流に差し掛かったところだった。筏をこのまま岸に残しておくか迷う。


「でも、見つかると困るな。仕方ない。下流に流そう。もしかしたら、持ち主が見つけて、手元に戻せるかもしれないし」


 自分の中の魔力が心臓から全身の血流に乗って巡るのを感知する。魔力量は、まだ何とかなりそうだが、あとでマギタスを確認しておかなくては。ルクタスは見なくても分かる。この体だ。ずいぶん減っていることだろう。もしかしたら、寿命も最大値が減っているかもしれない。

 右手に触れている筏の循環、自分の循環、世界の循環。それらの循環が重なり合い、大きな1つの循環である事を認識していく。ほぼ同時に収束させた魔力もこの循環の一部だと認識しながら、それでいて魔法であるための確立した循環を保つ。 


「Neer kur surrネール・クル・スルー。どうか、持ち主に届きますように」


 無事に魔法で筏を流した後、森の入り口で、1m程の木の枝と(つた)を拾う。枝の先端に、蔦を結び付けて、石をひっくり返して小さな虫を捕まえる。釣り針はないけれど、蔦の先に尖った小さな枝を結び、餌になる虫を取り付ける。


「上手くいくかわかんないけど……。えいっ」


 掛け声とともに投げた即席の釣り道具はぽちゃん、と小さな音を立てて川の水面へと落ちる。私は、魚が釣れて欲しいような、そうではないような気持ちで水面の揺らぎを見つめる。

 10分ほどじっとその場に立っていた。ずっと立っていることに疲れた私は、岸にそっと座った。そうしないと、石がお尻に当たってしまう。

 座ってからしばらく。そよそよとした、心地のいい風が吹く。疲れ切っていた私は、思わずうたた寝をしてしまった。頭ががくっと落ち、膝にぶつける。


「っつう~」


 涙目になって痛みをこらえていたところで、手にした枝から川の中へと引っ張りこまれるような感触がする。


「……かかった!!」


 元気に魚は暴れている。このままでは、釣り上げても逃げられてしまうだろう。私は、魚の動きに合わせて、枝をあちこち動かす。次第に、魚は疲れてきたのか動きが鈍くなってきた。ひときわ、枝を引っ張る力が弱まった時を狙いすまして、一気に枝を引き寄せた。

 釣り針代わりにした石には、見事なタエナがかかっていた。タエナは今いるエフィーシャ大森林の他でも見られる、焼いて食べるとおいしい魚だ。しかし、今は食べるよりも先にすることがある。

 私は、片手に鋭く尖った石を持つと、釣り上げたばかりのタエナに向ける。タエナは、自身の死を悟ったのか、より一層激しく暴れる。しっかりとタエナを押さえつけながら、詠唱する。


「Ainel u nochtor kakoor. Awal gneer sis.Ten aine yuur nocht en(アインル・ウ・ノクトル カコール。アワル・ゴネール・シス。テン・アイン・ユール・ノクト・エン)」


 詠唱を終えると同時に、タエナの頭を石で貫く。タエナの命が私に流れ込んでくる。そして、それは私に強烈な回復をもたらす。弱り切っていた肉体は、もう一度走れるくらいまでに体力が戻り、傷は大半が癒えた。


「……せめてもの償いに、命だけじゃなくその身もきちんと食べて、役に立てるからね」


 私はそのまま、命を貰ったタエナを川に持っていき、尖った石で不格好ながらもタエナの腹を開き、血を抜き切るなどの下処理をする。内臓は食べられないので、川に細かくして流し、他の生物たちの食事にする。ある程度できたところで、また森の入り口に戻って適当な枝を拾う。


「……一時期、ご主人様が野営にハマってたのが地味に役に立ってる」


 物凄く複雑な気持ちになりながら、火を熾せるところまで準備を進めた。


「Kaar kurカール・クル


 ボワっと集めた枝に火が付き、焚火が完成する。開いたタエナを火で炙る。タエナの脂がだんだんと火の熱で溶けて、皮や身を香ばしく焼いていく。あたりにはとてもいい匂いが広がっていた。


「もうそろそろいいかな?」


 15分ほどで、程よく焦げ目がついたタエナの素焼きが完成。その出来栄えは中々のもので、皮はタエナ自身の脂でパリパリになっていた。我慢できずにかぶりつく。じゅわっとした旨味が、疲れ切った体に染み渡る。夢中になって食べる。先ほど、タエナの命を貰っても回復しきれていなかった何かが癒されていく。

 喉に刺さってしまう骨以外は食べきる。私は、川で水を飲んで口の中をすすぐと、森の入り口からエフィーシャ大森林を抜けエルフ領を目指すことにした。

 現在いるのはエフィーシャ大森林。元居た場所はフェアリー領だったが、何故かヒューマンのご主人様が実効支配していた。私には、分からないことだらけだ。それでも、少なくとも今は逃げ続けないといけないことだけは分かる。


「いたっ」


 森の中を走っていると、木々の枝やとげなどにひっかけて傷を作ってしまう。元々粗末な格好をしていたが、一連の逃走劇でより服はボロボロになり、もはや身に纏っていない方が良いのではないかというくらいだ。靴も底がめくれてしまって使い物にならなくなっている。


「もう、この靴はダメだね。履いて移動していたら、余計時間かかっちゃう」


 キョロキョロと辺りを見回し、大きく厚みのある葉と細い蔦を見つけた。


「あ、この葉っぱなら靴代わりにできそう。……ごめんなさい、2枚の葉とあなたに絡まっている蔦を貰いますね」


 葉をもぎ取った木と蔦に謝ると、靴を脱ぎ捨てた。靴についていた足に合わせるための紐がまだ使えそうだと分かると、紐と蔦で葉を足に固定し、即席の靴とした。


「うん。足元に気を付ける必要はあるけど、靴を履いているよりかはずっと動きやすくなった。……これから、どうしようかな」


 体感では、かなり逃げたような気がしている。太陽は、魚を食べた時よりもずっと落ちてきている。もしかしたら、時期に日が暮れてしまうのかもしれない。その前に、どうにかして休めそうな場所を確保する必要があった。


「――い」

「え?」


 人の声が聞こえた気がして辺りを見回しても、周囲にあるのは木々や下生えとなっている草や大きな岩だけだった。私はいつでも魔法の詠唱が出来るように魔力を循環させ始める。


「来い、こっちだ」


 声の主は、私の警戒を知ってか知らずか。再度、私に呼びかけてくる。今度は、はっきりと聞こえた。恐る恐る、魔法の準備をしたまま私は声の方へと向かう。どうやら、大きな岩の方から聞こえてくるようだった。私のいるところからでは、声の主がどこにいるのか分からなかった。そこで、岩の後ろへと回り込んでみる。

 すると、そこには見事な大鎌が一振置かれていた。けれど、可笑しい。ここは、フェアリーが多く住まう地。体格が最大でも20シルトと小さなフェアリーに、この1.5メルトはありそうな大鎌は、魔法でも使わない限り、振り回せそうもない。

 私は、最大限の警戒をしながら大鎌に近付く。魔物の中には、こういった見事な武器をわざと捨て置いて、欲深い人間を誘い出して殺すモノがいるからだ。耳を澄ませても、虫の羽音、風に揺れて木々の葉がこすれ合う音すらしない。不気味の一言だった。


「そんなに警戒しなくても、俺は何もしない。というよりも、何もできないが正しいな」


 話しかけられて、2、3歩後ずさりをしてしまう。ここまで明瞭に人の言葉を話せる武具なんて、聞いたことがない。所謂魔剣と呼ばれるものだって、何十年、何百年と人に大事にされて初めてうっすらとした姿と声を発するのが精々だというのに。


「Gor――」

「まてまてまてまて、人の話は最後まで聞くもんだぞ、お嬢さん。俺の名前はヴァリアス・レイジャー。今は大鎌になっているが、元は人間だ」

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