序章
手に伝わる振動だけが、罪を犯したことを教えている。ああこれは現実なのだと、ぼんやりと思った。
いまだ冴えない頭を振り、そろそろと近づいていく。
金髪の少女は下町の子供のようなラフな服を着ている。先程まで身に纏っていたドレスを両手で抱え、犯行に使った凶器をテーブルの上にことりと置いた。
最期の瞬間に彼らは、驚きと恐怖が入り交じった表情で少女を見つめた。きっと少女がこんなことをするとは思ってもみなかったのだろう。そのことを思い出しながら、すでに息絶えた両親を見下ろす。少女にとっては厳しい、憎いだけの人達だった。愛情らしいものも与えられず、伯爵令嬢としてしゃんとしなさいと口煩く言われていた。彼らは男児を望んでいたが、生まれたのは女だった。それから子宝には恵まれず、女である少女に継承権はない。父親亡き後、伯爵位は叔父に渡るはずだ。
両親と同じく息絶えた、少女と同い年の赤毛の侍女の服を剥ぎ取り、少女はドレスを彼女に着せる。まるで追いはぎのようで気が引けるが、今は致し方あるまい。ドレスはぐちゃぐちゃになっているが、どうせ燃えてしまうのだからあまり関係はないだろう。最後に侍女の首にネックレスをかける。それは少女が普段から身につけていたものだ。
少女はぐるりと部屋を見渡し、満足げに微笑んだ。これなら万が一全焼しなくても、強盗が入ったかのように見えるはずだ。
銃を手に取り、あらかじめ用意しておいたバッグにしまう。
外に置いていたガスタンクを抱え上げるが、その重さに思わず眉をしかめる。やっとのことで室内に入れると、部屋中――特に三人の死体――にガソリンを撒いた。独特の臭いが部屋に充満する。
悪臭に鼻をつまむが、そんなことをしている場合ではない。
急いで窓から飛び出し火をつけたマッチを放り投げると、火は瞬く間に広がった。
すぐには消えないだろう。これなら、あれが少女ではなく侍女だとはわからなくなるはずだ。
早くこの場を離れなければ。
誰かに見つかってしまっては、今までの苦労が水の泡となってしまう。そうなってしまえば、わざわざ侍女を殺した意味もなくなる。少女にとって唯一の相談相手であった彼女のことを、少女は気に入っていたのだ。
後悔がないといえば嘘になるが、いまさら悔やんだところで後戻りはできない。生きて逃げ延び、新たな人生を歩むしかないのだ。
燃え盛る屋敷を後にし、少女の姿は闇に溶けていった。