上のものを出せ!
「あなたみたいなバイトじゃ話にならない! もっと上の人を呼んで!!」
近所のコンビニエンスストア。私にクレームを入れられた当本人である店員は反省の色も見せずに、ただはあとそっけなく返事を返すだけだった。それから店員は奥へ引っ込んだけれど、緩い口調で「店長~」と呼ぶ声が聞こえてきて、その態度に私の怒りはさらに高まっていく。
「大変お待たせした。いかがされました?」
奥から出てきた初老の店員が私の顔をうかがうように聞いてくる。
「あなたのとこの教育はどうなってるわけ!? 私を対応したさっきの店員だけど、私の宅配の荷物を雑に投げるわ、購入した商品の袋を破くわ、挙句の果てに接客の態度も最悪だわで救いようがないじゃない!」
「大変申し訳ございません。ですが、最近は人手不足やハラスメント予防が問題となっていて、強くは言えない立場なんです。24時間営業で年中無休のコンビニではやはりバイトもなかなか集まらなくて。私も雇われ店長で安月給なのに、重たい責任だけ背負わされているかわいそうな人間なんです。どうかご理解いただけたらと……」
「そんなので私の怒りが治まると思ってるの!? それにほとんど言い訳で何も反省してないじゃない! 雇われ店長で何もできないっていうなら、もっと上の人を呼んでよ!!」
店長は申し訳なさそうにぼりぼりと頭を掻きながら、わかりましたと頭を下げる。そして、少しお待ちくださいと私に伝え、電話を掛けながら奥の部屋へと入っていく。そして、待つこと三十分。奥から高そうなスーツを着た、いかにも偉い立場の男性が現れて、いかがされましたか?と私に聞いてくる。
「私、コンビニ本社の代表取締役社長です。この度は我がコンビニの店員の態度が悪かったということでお詫び申し上げます。ですが……私たちの経営理念に、コンビニで働く店員一人一人が自分らしく働き、自己実現を目指すというものがありまして。どうか、お客様の方でも、言い方が難しいですが寛大な心で受け止めていただけたらと」
「言い訳せずにただ謝ればいいだけなのに、なんで一言多いのよ! そんなんで、はいわかりましたとなるわけがないでしょ!」
「お客様のお怒りももっともです。どうしたらよいでしょう?」
「もっと上のものを出しなさいよ!」
わかりましたと社長がうなずき、少々お待ちくださいと言って店の奥へと姿を消す。待つこと一時間。奥から姿を現したのは、テレビで毎日顔を見ている、この国の内閣総理大臣だった。
「えー、わが国民を代表し、心よりお詫び申し上げます。私にできることといえば法律を変えることくらいですが、お望みであれば前向きに検討させていただきます。ただ一点だけ、私は国民と国民が互いに手を取り、お互いを助け合いながら国家の繁栄を願っています。自分ひとりだけがいいと考えるのではなく、誰かのため、国のために何ができるのかを、一有権者であるお客様も考えていただきたいのです」
「なんで私は悪くないのに、そんな説教されないといけないのよ! あなたも話にならないわ! もっと上のものをだして!」
「はあ、時間はかかりますが、大丈夫でしょうか?」
内閣総理大臣がお店の奥へ引っ込んでいく。それから待つこと三時間。外からジェット機が着陸する爆音が聞こえてくる。なんだろうと思って外を見ていると、お店の奥からアメリカ大統領が通訳を連れて姿を現した。大統領は通訳を通じて私に謝罪する。
「私はあなたに地球の代表として謝罪します。本当に申し訳ありません。ただ、私は確かに上の立場の人間ですが、上の立場でありすぎるがゆえにできることが限られています。あなたは私に何を望んでいますか? 教えてください」
「とにかくここの店員の態度がダメなの。なんとかしなさいよ!」
「私はあなたの気持ちがとてもよく理解できます。市民は一人一人が自由であり、その個性を認められるべきです。民主主義の一員として多様性を重んじていただけることを強く願います」
「あなたも話になんないわ。もっと上のものはいないの!?」
大統領は困った表情を浮かべる。それから同じように上のものを連れてきますと私に伝え、店の奥へと引っ込んだ。また待たされるのかと思ったけれど、数分もしないうちに店の奥から神々しい光を身にまとった神様が現れた。神様は私に謝罪の言葉を告げ、深く頭を下げた。
「人類を代表してあなたに謝罪します」
「神様だったらなんだってできるでしょ? あの店員の態度もだし、ここまで待たされた挙句、さらに苛立たされてるこの状況を何とかしてよ」
「私は神様なのです。神はいつだってあなたたちを見守り、あなたたちの幸せを祈っているのです」
「見守ったり、祈ったりするだけじゃ何も解決しないでしょ! どうなってるのよ! この状況を何とかできるような上のものはもういないの!?」
私がそう叫んだ瞬間だった。私の意識が一瞬だけ途切れ、気が付いた時には自分が宇宙のような空間に漂っていることに気が付く。何が起きているのかわからない私の脳内に、謎の存在が直接語り掛けてくる。
『私はこの宇宙そのものです。宇宙を司る存在としてあなたに謝罪します。私にできることは限られていますが、あなたが感じた怒り、苛立ちを私が何とか解決して見せましょう』
「私がどうしてほしいかちゃんと理解できてるの?」
『問題の原因はあなたがあのお店に行き、あの店員と関わってしまったこと。あなたの怒りを取り除き、これからもそのような怒りを感じることがないようにして見せます』
その言葉と同時に私の意識がおぼろげになっていく。ただ、宇宙そのものと名乗った存在は、今までの連中よりかはずっと話が通じそうだった。私はやっと自分の怒りが治まっていくのを感じる。そして、宇宙の存在を信じ、薄れゆく意識に身をゆだねるのだった。
*****
「昨日は変な夢見たの。なんか宇宙そのものだって名乗るよくわからない存在が私の脳内に直接何かを語り掛けてくるっていう夢」
仕事の帰り。残業で帰りが遅くなった私と同僚は空いた電車の中でそんな他愛のない話をする。私の話に友達は「きっと疲れてるんだよ」と笑いながら返事をする。
「そんな存在がいたとして、私たちみたいなちっぽけな人間の相手をしてくれるわけがないでしょ」
「言えてる」
それから友達は腕時計を確認し、ため息をつく。
「家に食べるものがないから、帰ったらご飯を作らなきゃ」
「そっか、スーパーはこの時間だと閉まってるもんね」
「はー、24時間営業で年中無休のお店が駅前とかにあったら便利なのにな」
「あはは、そんな都合のいいお店なんてあるはずがないじゃん」
そう言って、私たちは電車の中で笑いあうのだった。