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第5話 聖女のお務め



 ――結局あの後。


 すっかり乾いた洗濯物を回収したセシリアは、ヴィクターに宿舎まで送ってもらい「では、詳しい話はまた明日」と言われて終わったのだったが――。




 ◇

 



「セシリア。今日の全体礼拝もお見事でした」

「クリスティーナ様」


 月に一度、近隣の聖職者と信者を集めて大聖堂にて開催される【全体礼拝】が終わった後。

 セシリアは筆頭聖女であるクリスティーナに呼び止められ、にこにこと満面の笑みでそう告げられた。

 

 セシリアは毎月【全体礼拝】において、ウルド教経典の抜粋部分の朗読と、それに伴う祈祷きとうの係を任されており、クリスティーナはそのことについて賞賛したのだ。


 抜粋する経典の箇所は、その時々の国内外の時事や世間の風潮によって決める。


 例えば――、近隣諸国で戦争が起こっているのならば、人と人の間に起こる争いについての教えについて説き、平和を祈って祈祷し。国内の農業地で天候に恵まれない日が続く時は、農夫の役割や大切さと、平時の天気の恵みに感謝をして祈る。


 故に、聖女と一括りに言ってもただ祈っていればいいというわけではなく、政治や世事せじに幅広くアンテナを張っている必要があった。

 新聞を読み、権力者と交流を持ち、様々な情報を仕入れる。


 ――この国では、神聖力が強いということだけでは筆頭聖女にはなれない。


 基本的に聖女の務めというのは、怪我人の治療、けがれの浄化、人や農作物を対象とした祈祷などが主な仕事であり、各々配置された場所で与えられた仕事に従事するというのが一般的な聖女のお仕事である。

 

 筆頭聖女ともなってくると、誰がどんな能力を持ち、どんな人柄で、どこに采配さいはいすれば運営がいかにうまく回っていくかということを考えるのが主な仕事の内容となってくる。

 故に、そこまで上り詰めるにはただ神聖力が高いだけではなく、時勢を読める力や地頭の良さ、人を見る目、コミュニケーション能力が必要とされた。


 そういう点において、セシリアは非常に勤勉だったし、人当たりの良さや人付き合いについて特に気を付けていたのも、そこから情報が得られるということがわかっていたからだった。


「お話の観点や内容の質が高いのもさることながら。いつ聴いてもあなたの声は耳障りがよくて心地よいわ。本当にセシリアにこの役割を任せて正解だったわね」

「そんな、クリスティーナ様……。クリスティーナ様にお褒めいただけるなんて光栄の至りですけれども……。わたくしなんてまだまだですわ」


 とセシリアが謙虚に言葉を返す。


「ほほほ、謙遜なんてなさらなくても。まあ貴女のそういうところが美徳なのですけれどもね。また来月も、楽しみにしていますよ」

「はい、クリスティーナ様」


 そう言って、深々と頭を下げて見送るセシリアを背に、クリスティナがその場を離れると、セシリアはこっそり「ほうっ」と安堵あんどの息をついた。


「よかったですね。お褒めの言葉をいただいて」


 ――ひゃうっ!


 と、口から妙な声が飛び出そうだったのをすんでのところで抑えられたのは、我ながら流石であるなとセシリアは思った。


「ヴィ、ヴィクター様……」


 そう。

 突然セシリアの背後に音もなく現れ、何の前触れもなく声をかけたのは。

 間違いようもなく、昨日セシリアが醜態しゅうたいさらしたばかりの相手だった。


「どうしたんですかセシリア様。お化けでも見たみたいな顔をして」


 悪びれた様子もなく、キョトンとした顔をしてそう告げてくるヴィクターは、まるで昨日のことがセシリアだけが見た悪夢だったかのようにいつもどおり爽やかな顔をしていた。


「いえ……。少し考え事をしておりましたので、ヴィクター様からお声をかけられて驚いてしまったのですわ」


 不快な思いをさせてしまいましたら申し訳ありません、と瞬時にいつもの完璧聖女の皮をかぶったセシリアの外面そとづらは、伊達に一朝一夕でつちかわれたものではなかった。


「こちらこそ、驚かせてしまって申し訳ありません。私も、セシリア様の朗読が素敵だったということをお伝えしたくて来ただけですので」


 あと、せっかくなのでセシリア様のお顔を拝見はいけんして、今日一日の英気をいただこうかと思いまして――、としれっとニコニコのたまうヴィクターに、目の前の男の腹の中が読めず、にっこりと微笑み返す内心でただただ困惑するセシリアなのだったが。


「――例の約束の件ですが」


 セシリアの顔の真横まで近づき、ヴィクターがそう耳元で囁くと、そっと目立たぬようセシリアの手の中に小さな紙切れを手渡してくる。

 

 そうして、それがいったいなんなのか、セシリアがヴィクターに眼差しを送る間も無く、ヴィクターはすっと身をひいた。


「それではセシリア様。申し訳ありませんが、仕事に戻らなければなりませんので」


 と言い残し、セシリアの前から立ち去っていった。


 その後、セシリアが人目につかない場所に移動したところで、手渡されたメモを確認すると。


 ――今日の19時。正門横にてお待ちしております――


 と。

 ヴィクター直筆であろう整った細い字でしたためられていたのだった。


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