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悪役令嬢に転生したわたしは全力で破滅ルートを回避します!~溺愛?そんなのいらないので静かに暮らしたいです~

「何度見ても見慣れないものね」


 鏡台の前に座る私は、完璧な造形の顔を前にうっとり眺めていた。

 コンプレックスだった下膨れ顔は、黄金比を体現した輪郭に様変わりしている。


 主張の強いソバカスは何処にも見当たらず、スッピンでありながらビスクドールのように透き通った肌は三十代のそれでない。


 カラコンを入れたわけでもないのに黒目はエメラルドを彷彿とさせる碧色になってるし、梅雨時期にはメドゥーサと呼ばれていた癖っ毛なんて、手櫛が毛先まで抵抗なく通るシルクのごとき滑らかさ――。


「あの、カタリナ様……? やはりベッドにお戻りになられたほうが……」

「え? あ、いや、体調はもう良くなってるから」


 声をかけられ、慌てて答えると鏡越しに侍女と視線が交わった。見てはいけないものを見ているような、気不味い顔で立っている。


()()()()()()()()()? 失礼ですが、まだ高熱の後遺症が残っておられるのではありませんか?」

「いや、ほんとあの、コホン……大丈夫でしてよ。私のことはいいですから下がりなさい」

「も、申し訳ございませんッ、出過ぎた真似を」

「あ、ちょっと待って!」


 自分では低姿勢のつもりで口にしたはずが、つい口調が強くなってしまった。

 侍女は嘘みたいに顔を青白くさせると、大袈裟に頭を下げ慌てて部屋から出ていってしまった。

 怒ったわけではないと言い訳をしようにも、声をかける前に扉が閉まってしまい溜息を吐いて椅子に腰掛ける。


「はあ……なにもあんなに怯えなくてもいいのに」


 一人きりになった部屋で再び鏡を見る。

 まさか私が、〝悪役令嬢〟に転生する日がくるなんて――。


 三日前まで原因不明の高熱にうなされていた私は、意識が朦朧とする中で坂口紀子(さかぐちのりこ)としての記憶を取り戻した。

 

 友達と呼べる人間もおらず、日々仕事に忙殺される生活のなかで唯一の趣味であり癒やしであるゲームを、記憶に残っている最後の瞬間も休日を利用して勤しんでいた。


 トキメキ★トワイライト――通称『トキトワ』は、中世ヨーロッパを思わせる架空の国〝トルタタン〟が舞台で、王女であるヒロインが次から次へと登場してくるイケメンたちを攻略しながら国が抱える諸問題を解決し、ハッピーエンドを目指すという内容だった。


 恋愛、冒険、街づくり、豊富なコンテンツと攻略キャラの多さに加えて一つの選択ミスで運命が大きく別れるシビアさが主に――時間を持て余している――社会人の女性に受けていた。


 かくいう私も推しのキャラを攻略すべく、独身一人暮らしの特権を最大限に活用して昼も夜も関係なく熱中していたし、使う用途もない給料を課金に相当額注ぎ込んでいた。


 それが突然、謎の頭痛に襲われて痛みのあまり意識を失い、次に目覚めるとトキトワの世界に転生していたのだから驚かないわけがない。


「カタリナッ! 大丈夫か!?」

「お、お父様じゃありませんか……一体何の用で?」


 ノックもせずに寝室に姿を現したのは、父であり国王でもあるクラインだった。

 血相を変えて駆けてくると、力強く抱きしめられてカエルを踏み潰したような声が喉から漏れ出る。


「ぐ、ぐるしいです……お父様」

「おお、すまない。執務に追われて時間が取れなくてな、ようやく会えた嬉しさのあまり、抱きついてしまった」


 力を込めて引き離す。確かクラインは、娘のカタリナを溺愛するあまり国政すらおろそかにする親バカという設定だった。

 そのバカ親に育てられたカタリナは、なにかにつけて主人公であるヒロインをいびり倒す王女としてヘイトを一身に集める性悪キャラだった。


 自分以外の人間を見下して、傍若無人な振る舞いをする控えめに言って誰からも好かれない、いわゆる悪役令嬢のキャラだったが、最後は恨みを募らせた人間に殺害されてバッドエンドを迎える。


「無事ならよかった。明日の舞踏会に参加はできそうか?」

「舞踏会ですか?」

「隣国のハーバード王子も来られる舞踏会だよ。絶対に落としてみせると言って、宝石をふんだんにあしらったドレスを新調していたじゃないか」

「舞踏会……ドレス……」


 クラインの言葉が危機を伝えるアラームのように頭の中に響いた。

 そういえば、カタリナは序盤に参加した舞踏会の中で、ヒロインを意識している王子に嫉妬して酷い仕打ちをするシーンがあった――。


 その一件が引き金となって、カタリナが殺害されるイベントが発生することを今頃思い出すとは。

 このままではいけないと思い、体調不良を理由に不参加を伝えようとしたのだが、まるで最初から私の参加が決まっているかのようにクラインは口を開く。


「もう回復してるなら参加は問題ないな。明日は近隣諸国から大勢の来賓が出席するからよろしく頼むな」

「え、あの、まだ参加するとは……」

「それでは仕事に戻る。明日まで無理はするんじゃないぞ」


 こちらの話も聞かずに言うだけ言って去っていった。冷や汗が背中を伝い落ちる。


「不味い……このままいくと、バッドエンドのルートを迎えちゃうじゃん」


 そうだ。ここはトキトワの世界なんだ。

 選択を誤れば、死にもつながるシビアな世界。絶対に好感度を下げる真似だけはしてはいけない。




 

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