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7話 先輩、一緒に帰らせてくれませんか?

7話 先輩、一緒に帰らせてくれませんか?



「ごちそうさまでした。凄く美味しかった。ありがとな、える」


「喜んでもらえて何よりです。お礼は先輩パワーチャージへの協力でお願いします!」


「またか……」


 お弁当を食べ終えた夏斗から空の弁当箱を受け取り、えるは横からそっと近づいて抱擁を始める。


 ぴとっ、と腰に手を回してくっつくと夏斗の独特な、何の匂いとは例えられない落ち着く匂いに頰が緩む。


「またこの後明日まで離れ離れなんて……寂しいです。ねぇ先輩、やっぱり部活終わるの待ってちゃダメですか……?」


「駄目だ。えるだって勉強とか忙しいだろうし、毎日そんなことしてたら友達とも遊べないだろ? 同学年の子との友情は大切にしないと」


「うぅ、正論パンチなせいで反論しづらいです」


 軽くしょげる彼女を見て、夏斗は心を痛ませる。


 当然一緒に帰りたいのは山々だ。しかし今言った仮初の理由とは別に、どうしても一緒に帰れない理由が夏斗にはあった。


(えるに汗臭いとか思われたら、生きていけない。部活帰りなんてどう足掻いてもいいカッコ出来ないしな……)


 そう、部活終わり特有の汗臭さ。バスケ部で毎日のように汗を流して帰る体の身体は当然、汗の匂いに包まれている。制汗剤なんかである程度抑えられるとしても、やっぱり不安は残るもの。少しでもえるに嫌われる可能性を考慮するならば、一緒に帰るわけにはいかないのである。


 まあ彼女は間違いなくそんな事気にしないし、むしろ喜ぶ可能性まであるのだが。彼女の自分に向けられた「好き」を確信できない彼にとっては仕方のない決断だろう。


「……でも、私にとって一番大切なのは先輩なのに」


「ぐぬ、お前はまたそうやって……」


「だってだって、寂しいんですもん! それにそこまで言われたら……なんか、私が待ってたら嫌なのかな、なんて……」


「そ、それは違う!!」


「はわっ!?」


 がばっ、と華奢なえるの両肩を掴んだ夏斗は、その悲壮な呟きを聞いて咄嗟に目を合わせる。


 瞳の裏まで真っ直ぐに貫くほどの、真剣な眼差し。えるが待っていたら嫌だなど、そんな誤解は今ここですぐに解かなければ。その意志を強く込めて、言った。


「その……な。部活後の俺って多分、いや絶対汗臭いし。それに疲れてみすぼらしい顔してるかもしれないから。……そんなとこ、お前には見られたくないんだ」


「……え? そんな事で私を?」


「そ、そんな事ってお前! これでも結構気にしてだな!!」


「もう、先輩は私を甘く見過ぎです! 何なんですか……そんなちょっとの理由で断ってたなんて!!」


 むぎゅっ、と自分の肩を掴んでいる夏斗の頬に両手を当て、ほっぺを押し込む。それから伸ばしたりむにょむにょしたりなんかして、えるなりの怒りを表現してから。ありったけの不満を少しの言葉に込めて、ぶつけた。


「そんなことで先輩を嫌いになんて、絶対なりません。だから……一緒に帰らせてくれませんか?」


 基本部活で多忙な夏斗と一緒に帰れるのは、唯一オフな月曜日のみ。土日の練習試合をたまに応援しに行くことはあるけれど、体育館が小さい明星高校バスケ部ではそのほとんどが他校の高校で行われるのだが、電車賃などで無理をしてほしくないという夏斗の気持ちを汲んで、近場の時にしか見に行けない。そのうえ部活仲間と帰る先輩の邪魔をしたくなくて、結局一緒に帰ろうと誘えなかった。


 夏斗に出会い三ヶ月。ずっとどこか寂しかった。そろそろ踏み込みたいと、心が叫んでいた。


 そしてそんなえるの想いを、この男は無下にできない。何故なら嬉しく感じてしまったから。自分のために、ここまで言ってくれたことが。


「分かった。でも、本当に無理しちゃダメだからな?」


「ほ、本当ですか!? やった、やりました!!」


 すりすり、と喜びのあまり夏斗に抱きつきながら、腰元に頬擦りをして喜ぶえる。本当に犬みたいな奴だななんて思いながら彼はその頭をそっと撫で、不覚にも漏れ出た嬉しさの感情で微笑んだ。


(やっと先輩と帰れる! 私頑張った、本当よく頑張ったよぉ!! 勇気出して言ってよかったぁぁ!!!)



 これからは出来る限り毎日先輩と帰ろう。夏斗の忠告を無視し、心の中でそう決意したえるであった。

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