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56話 先輩、胃袋掴ませてもらいます3

56話 先輩、胃袋掴ませてもらいます3



「もぉ、先輩はイジワルです。私だって、怒る時は怒るんですからね!」


「ごめんって。ちょっとイジりたくなっただけだよ」


 ぷりぷりと不満を吐露しながらくまさん柄のエプロンを付けようとするえるに平謝りしながら、夏斗はリビングを眺める。


 一言で言うと、オシャレだった。ごちゃついておらず、かと言って簡素過ぎない。そういったちょうどいいバランスの家具や掛け時計など。放っておくとすぐに散らかしてしまう両親にも見習ってほしいくらいだ。


 と、一度辺りを見渡してからソファーに腰掛けると、「んん〜!!」と何やら可愛い声が背後から聞こえてきた。振り返ればそこでは彼女が、何やら手を後ろに伸ばして悪戦苦闘している。


「何してるんだ?」


「はっ……!? こ、これはなんでもありません! だから気にしないでください!!」


「……もしかして一人でエプロンの紐、結ばないのか?」


「ギクリッ」


「はぁ。全く」


 ギギギ、と効果音がつきそうなほど伸ばされた両腕は、背中の紐を指先で摘んではいるが上手く結べないようで。なんとか一重結びまではできているようだが、片方で輪っかを作っているところを見るに蝶々結びまで進めずにいるのだろう。


「そのまま後ろ向いてろ」


「え? ひにゃっ!?」


 えるの細い指先に触れながら、紐を引き抜く。そして膝立ちになってからちょちょいと蝶々結びをしてやって、出来上がった二つの輪っかを左右の人差し指で軽く引っ張ることでちゃんと結べていることを確認する。


「ほら、できたぞ」


「あ、ありがとう……こざいましゅ……」


 恥ずかしかったのだろうか。ほんのりと顔が赤い。えるの赤面なんて日常茶飯事的に見ているのに、何度見ても可愛いうえに魅力的だから卑怯だ。


(先輩に、エプロンつけてもらうなんて……し、新婚さんみたい……えへへっ)


 頰を赤くしながらも。緩ませ、にやけが止まらない彼女の心境など知らずに。夏斗自身も少し恥ずかしくなり、目線を逸らす。


 だって、これは……


(エプロン姿のえる、なんかお嫁さんみたいだ……)


 将来。えると結婚して、一つ屋根の下で家族として暮らす。そんな理想を妄想するのに充分すぎる材料だったから。


 それは夢であり、目標。今彼が「こうなりたい」と一番願う未来であり、同時に想い人である彼女もまた日々夢想する理想。


 お互いに、お互いのことを「そうなりたい」対象として見ていることを隠しながら。えるは逃げるようにキッチンへ。夏斗はソファーへと戻る。


「……絶対、先輩は誰にも渡さないもん。胃袋を掴んで、私のものにするもん……!!」


 その言葉が、彼の耳に届けばその理想は簡単に現実となるというのに。普段ドジばかりで様々な気持ちや感情がダダ漏れに伝わってしまう彼女の、たった二文字で表せるその気持ちだけは届かない。隠すことに、成功してしまう。




 ぱちんっ、と小さな両手で柔らかな自分の頬を叩き、えるは気合を入れる。今日のこれは、その第一歩だと。彼を手に入れるのは、自分だと。

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