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45話 おにい、ご飯一緒に食べよ?

45話 おにい、ご飯一緒に食べよ?



 カチ、カチッ。シャーペンの芯を出す音が、静かな室内で響く。


 夜七時半。極限集中状態で文字を羅列し続けた悠里の手は今まさに、現代文の漢字暗記を全て終えたところで止まった。


「ふぅ、ひとまず休憩するか」


 中指の内側が赤くなりながら凹んでおり、微かに痛みを感じる。ずっとシャーペンを握って力を入れ続けていた証拠だ。


 今回の期末テスト。本人は本気も本気で望んでいる。いつも本気だが、今回はそれ以上だ。


 それもそのはず。前回夏斗にあと総合五点及ばず敗北し、リベンジとして臨むわけだが。夏斗は紗奈に勉強を教え、かつ放課後はえると浮かれながら勉強しているわけで。そんな奴に、一人で集中している自分が負けるわけにはいかない。そんな重圧の中、戦っているのだから。


「腹減ったな……」


 放課後、すぐ家に帰りノートを開いて今の時間まで勉強尽くし。気づけばいつもならとっくに夜ご飯を食べている時間を過ぎ、お腹が音を立てて空腹を主張する。


 今日は共働きの両親が珍しくどちらも遅くなると言っていた。そろそろどこかへ食べに行こうか……なんて考えていると、部屋の扉が小さく二回、ノックされた。


「おにい? 中にいるー?」


「おう、入っていいぞ」


 声に反応し、ガチャリと扉を開けて入ってきたのは、茶色の髪を靡かせた肉親。


 天音という苗字を共にする、一つ下の妹。桃花である。


「うわっ、おにい制服のままじゃん。もしかしてシャワーも浴びずにずっと勉強してたの?」


「あっ……やっべ、着替えてすらなかったのか」


「もぉ。おにいは昔だからそうだよね。何かに熱中するとすぐに周りが見えなくなるんだから」


 そう言いながら小さくため息を吐く桃花もまた、制服姿であった。どうやら今帰ってきたばかりらしい。こんな時間までどこに……と言いたいところだが、誰と勉強していたのかは知っているので口には出さない。


「お前こそ、相変わらず彼氏とお熱いみたいで何よりだよ」


「お熱っ……て!? 違うからね!? ただ一緒に勉強してただけだからね!?」


「はいはい、分かってるよ。それでどうしたんだ? 何か用かよ」


「ぐぬぬ、からかって。あと実の妹がおにいの部屋に入るのに何か理由がないといけないわけ?」


「いけないだろ。何もなく入って来られても怖えよ」


 ぶぅ、と明らかに不満そうな桃花だったが、そんな顔を見るのはもう慣れっこだ。あと何のようも無くわざわざ部屋に入ってくるような妹ではないことは、とっくの昔に知っている。


「可愛くないなぁ。せっかく私がおにいのために夜ご飯買ってきてあげたのに」


「え、マジで? なんだよやるじゃねえか妹。見直したぞ」


「うっわ、凄い手のひら返し。失礼すぎてキレそう」


 桃花は兄が部屋に閉じ籠り勉強ばかりすることを見越して、わざわざ二人分外の飲食店で持ち帰りを注文し、持って帰ってきたらしい。本当なら食べてきた方が楽だろうに、よく出来た妹である。


 悠里は立ち上がると、期待に胸を膨らませノートを閉じる。さっきお腹を意識し始めたばかりだから、心の底から腹が減って仕方ない。


「牛丼だけどいい? ま、嫌なら自分で用意してもらうしかないけど」


「おうおうおう、最高だぜ妹よ。お礼にお前の分も牛丼代を渡そう」


「えっ、いいよ別に」


「そう言うな。腐ってもおにいだからな、俺は」



 ぽんっ、とお礼の気持ちを込めて桃花の頭に手を置いた悠里はそのまま歩き出し、共に一階のリビングへと下った。

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