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43話 先輩、私だけを見てください

43話 先輩、私だけを見てください



「……ぱい。先輩?」


「んぅえ!? あ、すまん……ぼーっとしてた」


「もぉ。先輩今日ずっと上の空じゃないですか。もしかして学校で何かあったんですか?」


 放課後、図書館。昨日と同じように勉強する二人だったが、今日は夏斗が全く身が入っていなかった。


 その原因は明らか。教室での紗奈との出来事について、未だに頭の中で整理がついていないことにある。


『私のこと、紗奈って呼んでよ』


 今まで彼女とは、親しい仲でありながらもやはりどこか一線を隠しているところがあった。名前を呼ぶ時に苗字を使っているところなんてまさにそれの表れで、でも彼自身はその距離感を心地よく感じていたのだ。


 何故ならその心の内には、好きな人の存在があるから。えるという圧倒的好意の的がいる中で、紗奈と必要以上に近すぎる距離感で接するのは″不謹慎″だとも思っていたほどだ。


(でも……何だったんだ、あの表情)


 勉強面を除けばなんでもできる完璧超人。クラスや学年の垣根を超えて注目を浴びる彼女が自分ごときに″そんな気持ち″を抱いているなんて思えるほど、自分の評価は高くない。


 しかしあの一言と僅かな笑みで、脳が勘違いを起こしかけていた。


 彼女が自分のことを────と。


 あんな顔、誰にも見せていなかった。下の名前で男から呼ばれているところなんて、見たことがない。まるで二つとも男に対して向けるのが自分へのあれが初めてだったのではないか。自分は、彼女にとって″普通の友達″ではなかったのではないか。そんな答えも出ないモヤが、頭をずっと巡っている。


「いや、ちょっと……な。まあ何かあったと言えば、あったな」


「もしかして、柚木先輩とですか?」


「!? な、なんで分かったんだ!?」


「ナツ先輩のことなんてお見通しです。この三ヶ月間……ずっと、先輩のことだけを見続けてきたんですから」


 ぷくっ、と頬を膨らませながら、えるは不満を露わにする。


 何があったのか話せ。私に相談しろ。目が、そう言っていた。


「ありがとな、える。実は────」


 それから夏斗は、起こったことをありのままに話した。


 テスト勉強に付き合っている相手、柚木紗奈。彼女から今回のテストで全教科赤点を免れた際にはご褒美として、下の名前で呼んでほしいと頼まれたこと。それを了承しつつもその真意が分からず、モヤモヤしていることを。


「……柚木先輩が、そんなことを」


 えるはただじっと、静かにその話を聞いていた。


 そして話が終わるとすぐに、じっとその瞳を向けて。言った。


「ナツ先輩は優しすぎます。柚木先輩のそんな揶揄いに本気になっちゃうなんて」


「え……?」


 想定外の言葉だった。


 きっと彼女は、親身になって相談に乗ってくれるものだとばかり思っていた。少なくとも、相談として持ちかけた話をただの″揶揄い″だとすぐに断言してしまうようなことは、すると思っていなかったのだ。


「でも、柚木の奴明らかにいつもと様子が違った気がするんだよ。本当にあれが、ただの揶揄いなのか?」


「そうです。だからナツ先輩が悩む必要なんて無いんです。呼び方が変わっても今までと同じように、ただのクラスメイト。友達として関わってください」


「な、なんでそんなこと言うんだよ。なんか……冷たくないか?」


 えるは、思っていることを口にしているようではなかった。まるで自分が″そうして欲しいこと″を語るように。紗奈とのことをこれ以上考えるな、考えて欲しくないと、目で訴えていた。


「先輩が、他の人の事を真剣に考えてるのなんて……見たくないです」


「オイ、それってどういう……」


「先輩、私だけを見てください。私以外の子と、仲良く……して欲しくない……」



 それは、心からの叫び。気づけば目元から涙が溢れ出していたえるの、夏斗に対する素直な気持ちの吐露であった。

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