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29話 先輩、私のお家に来ませんか?

29話 先輩、私のお家に来ませんか?



「あ、先輩っ」


「お待たせ……えっと、じゃあ帰るか?」


「……ですね」


 いつもならえるは飛びつき、夏斗はややテンションが高いはずなのに。今日に限っては目があった途端、お互いに気恥ずかしい空気が流れていた。


 それもそのはず。昼前に保健室であんなことがあったのだから。屋上でお昼ご飯を食べる時も二人してドギマギを繰り返していたわけで。


「先輩……顔、真っ赤ですよ」


「え、えるだって。耳まで赤くして手のひらもめちゃくちゃ熱いだろ」


 繋がれた手のひらから感じる、手の温もり。それは顕著に相手のことを意識している互いの心境を表して、恥ずかしいから離してしまおうかなんて思いつつも、やっぱり手を繋いでいたくて。口数が少ないまま、あっという間に家の前に辿り着く。


「じゃ、じゃあな。また、明日」


 今日は仕方がない。あとでメッセージで謝って、明日にはまたケロッとした顔のえるがインターホンを鳴らしてくれることを願おう。そう思いながら手を離そうとした、その時。


「……え?」


 ぎゅっ。えるが下を向きながら、夏斗の両手を強く握っていた。まるで、まだ別れたくないと言うかのように。


「まだ、帰っちゃ嫌です。……私のお家、来ませんか?」


「っ!? な、何言ってるんだ!?」


「もう少しだけ、一緒にいたいんです。ダメ、ですか?」


(ダメなわけねぇだろッッッ!!!)


 夏斗は心の中で叫んだ。


 初めてのことだ。出会って三ヶ月、おとなりさんにも関わらず、えるの部屋に誘われたのはこれが初めて。ただでさえ今日は”そういうこと”を意識してしまっているせいで変な妄想をしそうになるが、それよりも誘われたことそのことが嬉しすぎて。夏斗にはそれを断る理由など、一つもなかった。


 しかしそれは、あくまで夏斗とえる二人きりの場合。二人で一緒にいたい、という彼女の願いは、そう簡単には叶わない。


「でも、お母さんいるんじゃないのか? お父さんもいつ帰ってきてもおかしくないだろ……?」


「あっ……」


 どうやらそのことは完全に忘れていたらしい。


 そう、えるの両親がいては、二人きりになることなどできない。部屋に篭ることもできるかもしれないが、変な勘ぐりをされたり、少し怖いあのお父さんに何かを言われたりもするかも。それを瞬時に理解した彼女は、小さく声を漏らしてまた俯く。


(そんなに、まだ離れたくないのか……?)


 いつもはなんやかんやで別れてからも夜にメッセージでやり取りしたり電話したりするので、ごねることは少ないのだが。今日は何故か、そこにいつも以上の気持ちの強さを感じた。


 幸い、と言うべきか。夏斗の両親は共働きであり、今日もおそらく夜遅くまで帰ってくることはない。えるの家に行くことは無理かもしれないが……


「なら、さ。俺の家……来るか?」


「へっ? いいん、ですか?」


「ま、まぁあまり遅くならなければ、な。ちゃんとご両親には言っておけよ」


「はいっ! じゃあ私、荷物置くついでに今お母さんに言ってきますね!!」


「分かった。待ってるよ」


 ぱあぁっ、と満面の笑みを浮かべたえるは、そう言うと走って隣の我が家に入り、玄関口で母親と少しだけ話してから。すぐに鞄を置いて出てくると、再び家の前に戻ってくる。


(ほんと、すぐに機嫌良くなってはしゃぐな。ちょっと子供っぽいけど……やっぱり可愛い)


「お待たせしました!」


「ん。じゃあ入って」


「お邪魔します!!」



 この時、夏斗はまだ知らなかった。えるが夏斗と離れようとしなかった、本当の理由を。その胸の内に秘めた……計画を。

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