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15話 後輩、犬みたいだな2

15話 後輩、犬みたいだな2



「あ、あのな……俺、スプーン貰ってき────」


「はむっ!!」


 寸前で日和り、椅子を立とうとした。しかしその瞬間、ほんの少しだけ横にクレープが傾き、その動きを見逃さなかったえるが食らいついたのである。


「……」


 もにゅもにゅ。かあぁぁ。それは、える本人すらも予期していなかった行動。食べ物が逃げてしまうという目の前の事象に耐えられず、身体が反射的に動いた結果起こった事だった。


 自分の食い意地が張っていたことと、その姿を愛しの先輩に見られてしまったということへの羞恥心がえるの顔をじわじわと赤くする。彼女はやるせない気持ちになりながらもクレープに付けた口を離すことが出来ず、その場で固まった。


「え、えるさん?」


「うぐ、むぐぅ」


 餌付けしてるみたいだな。夏斗は心の中で呟いた。


「よしよし」


「っ……ぴ!?」


 気づくと頭を撫でていた。もふっ、もふっ、と柔らかい紫髪が手に馴染む。撫で心地は極上。ずっと撫でていたい。


 えるも満更ではなかったのだが、あまりの恥ずかしさの上乗せにクレープから口を離す。綺麗に巻かれていた生地の端っこから三日月型の桃の先っちょまでを口に含んで、咀嚼もほとんど無しに飲み込んでしまいながら。


「わ、私を犬みたいに扱うのはやめてください。恥ずかしい、でしゅ……」


「ごめん、つい! なんかこう、気づいてたら撫でてたというか……える、結構食いしん坊だよな」


「それが乙女に言うことですか!? 例え先輩が相手でも怒りま────」


「はい」


「はふっ!」


 ぱくんっ。また、えるの口がクレープを捉える。ほんの少し前に差し出しただけで簡単に食いついてしまうその単純さに、夏斗は思わず吹き出してしまった。


「こんにゃ、餌付けみひゃぃに……」


「美味しいか?」


 コクン。えるは小さく頷く。どうやらもう口で反抗することはできなくなってしまったようで、もう飛び出さないようにと自分の口をとんがらせながら、甘い桃を咀嚼し飲み込んでいた。


「私で、遊ばないでくださいよぉ」


「んー? 俺はただクレープを動かしただけなんだけどなぁ」


「……先輩のイジワル」


 ぷくぅ、とフグのように頬を膨らませるその姿はとても愛らしい。本人は怒っているつもりでも、夏斗からすれば小動物の可愛い反抗期。やがてちみちみと自分のいちごクレープを食べ出したその小さな横顔にどこか不満な様子は見えるけれど、それは何よりも可愛く感じられた。


「どうしたんれふか。先輩、食べないんですかっ」


「ああ、そうだな。俺もそろそろ食べよう」


 思わず見惚れそうになりながらもジト目に当てられ、夏斗はようやく一口目のクレープを口にしようとする。する、が。


(あっ……間接キスなの、忘れてた)


 目に映ったのは、えるの小さな口がついた丸っこい噛み跡。少し妖美に濡れて縮んでいる先端が、心臓をビクつかせた。


(き、きき気にしたら負けだ。か、間接キスくらい普通……普通ッッ!!)


 さっきまで落ち着いていた鼓動が、激しく。そして速くなる。心なしか身体の熱も上昇して、手先が小さく震えた。


 ここで固まっていては、えるにバレてしまうと言うのに。さっきまで散々イジッた後なのだ。間接キスなんかで緊張して固まってるなんて知られたら、きっと倍返しでイジり倒してくる。


 それは、男のプライドが許さない。


(イケッ! イケェェ!! 男早乙女夏斗、強くなりたくば喰らえェェェッッッ!!!) 


「……」


「先輩、どうですか? 桃味」


「………………甘いな」



 きっと、この日食べた桃よりも甘い果実は、この先口にすることは無いのだろう。そう思いながら、夏斗はクレープを味わい完食するのだった。

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