渇
蛯を食べてしまった、産まれたての疲弊した蛯を。
誰かが口の中へ放り込むもので、仕方なく咀嚼せざるを得なかった。
彼はまだ生きてきて、跳ねるたびこころに棘が射さるのを感じられた。
初めて彼が鳴くということを知った、命の終わりが見えてきたのかその音は次第に大きくなり、歯を伝って私の脳みそまで直接音が響き渡る、暗褐色に煌めく目の玉を噛み潰すとき、鳴き声は終わり脳みそにはその余韻だけが染み付き離れなくなっていた。
彼の殻を吐き出した時、自分の纏っていたものも引き摺られ奪われてしまった。その日から私はぐる〜とうずまく欲望を脳に抱えてしまったのだ。
宴会の翌日、あの蛯はまだ私のこころとあたまにいた。その母親が泣いているのを見たとき棘はとかされ、あってはならない欲望のみが残されてしまった。供仏により難を逃れ、山で隔たれたこの村落には再び活気が蘇る、村はいつものようにときが流れている。母親は消えてしまったようだ、熊に襲われたとか、峡谷へ身を投じたとか噂があるが.....。
私はあの日食べた蛯を忘れられずにいた、村で蛯を見かける度に欲望が高まり、日に日にそれが抑えられないものになるのを実感する。次に蛯を食べることが出来るのは15年後の秋だ、待ちきれるわけもないので私は街に出て蛯を食べることにする。