9話 用心棒エンリ
次の日、俺は朝から酒を飲んでいた。ここの村はワインの生産を行っているのというので、ワインを格安で売ってくれたのだが、これがびっくりするほど美味い。
「ジン君、朝から飲み過ぎじゃないかね」
「あえ? ああ、エンリって人と試合をするんだろ? だから先に飲んどいて準備してるんだよ」
「そ、そうなのか」
ちゃんと理由があるんだから、勝手に飲ませてほしいんだけど。
「エンリが帰ってきた!」
外で誰かが叫んだ。するとすぐに村中が騒がしくなってきた。
「ジン君。私たちも行こう」
アランさんがそう言うので、行ってみるか。どんな人なのか気になるし。
外は、1人の青年を取り囲むように、村中の人が集まっていた。
青年は身長が高く、短髪の似合うさっぱりした見た目だ。それに強そうな良いがたいをしている。
「エンリ! よく無事で帰ってきた!」
「エンリ! 仕事は大変だっただろう?」
「今回もたいしたことなかったよ。何事も無く仕事が進んで良かった」
エンリが俺に気づいた。
「この人は誰だ?」
「ああ! ジンさんだよ。アランとこの家族が盗賊に襲われているところを助けてくださったんだ!」
エンリは怪訝そうな目で俺を見る。まあ、言わんとしていることはわかる。
「こんな昼間から酔っぱらってる男が、盗賊を倒したのか? 騙されているんじゃ無いか?」
「そんなことは無いぞ。ジン君は私たちを助けてくれたのだ」
「へぇ。そんな風には見えないけどね。……そうだ。俺が確かめてやるよ。実際に盗賊を倒せるほどの力を持つのか。そしてもしアランさんを騙していたのなら、ここで死んでもらう」
エンリに試合を申し込む手間が省けた。だけど、これ負けたら殺されるって事か。ワイン飲まないとやってられない。
「おい、何故ワインを飲む」
「これでよし。俺はぁ、ジンだ。実力見たいんだろ? いいぜ見せてやるっととと」
「俺は用心棒エンリ、槍術の使い手。見せてもらおう、お前の実力を」
エンリは長い棒を持ってきて構えた。あまり詳しくないけど、綺麗な構えをする男だ。
「かかってこい!」
俺も構えよう。酒も入ってるし、この勝負勝たせてもらう!
エンリとジン君の一試合が始まった。私は人だかりの一番前にいるから、2人の試合がよく見える。これでしっかりと試合を伝えられるだろう。
エンリの構えは何度も見たことがあるが、やはりジン君の構えは見慣れない。だが私はあの技に救われたのだ。
「やぁあああああああ!」
エンリが雄叫びと共に棒を突いた。だがジン君は上半身を引いて躱す。両者速い。
エンリが連続で突きと払いを放つ。上段、中断、下段と速く不規則に攻撃する。あれは武道経験者でもそう躱せるものでは無い。
だがジン君は、上段は頭を傾けてギリギリで躱し、中断は横に回転しながら踊るように躱し、下段は跳ねたり地面を転がって躱す。
「ハイィ!」
渾身の突きがジンの胸めがけて飛んでくる。
「ハッ!」
ジン君が棒をつかんだ! しかも指2本だけでだ。人差し指と親指でつかんでいる!
「お、おい! 離せ!」
エンリが棒を引っ張るが、全くジン君の手から離れない。
「鍛え方が違うのよ、この指は」
エンリが思い切り引っ張ると、ジン君が指を離してしまった。凄い勢いでジン君が後ろへ飛んでいく。
「く、クソぉ」
「もうお終い? ヒック」
エンリが怒った。棒を凄い速さで回しながらジン君との間合いを詰める。
「ウオラあぁぁぁぁ!!」
エンリが怒濤の猛攻撃を放つ。だがジン君はおぼつかない足取りなのに綺麗に避ける。……何故だ、何故ジン君はあの動きで避けられるんだ。
そのときは突然訪れた。
息が上がってきたエンリの攻撃は、少し速度が落ちてきていた。
そして、大ぶりな突きを放ったエンリに隙が出来た。それをジン君は見逃さなかった。
「隙ありぃ!」
だがジン君は片足が地面から離れている。この状態では攻撃に転じる事は出来ない。
軸足で地面を蹴り飛び上がる。そして空いたエンリの顔面に蹴りを入れた。無茶な体勢だが、良い蹴りが入った。
ジン君は背中から地面に落ちる。しかし落ちた瞬間地面を転がって上体を起こし、杯を持つ手でエンリの腹にダメ押しの一発を食らわせた。
「そ、そこまでだ!」
たまらず声をかけた。もう勝負はついた、これ以上続けるのは無意味だろうし、怪我をしかねない。
「な、なる程。奇妙な戦い方だが確かな実力は持っているようだ。疑って悪かった」
「あいやー、いいんだよ。それよりワインくれよ」
まだ飲むのか? もう戦わなくていいのだ。これ以上何故飲む必要がある?
「まだ飲むのか? もう終わったはずだぞ」
「まだ飲み足りねぇよ――」
「なる程……。これ以上は体を壊す。水を飲め、でないと後に響くぞ」
エンリは泥酔したジン君を連れて井戸の方へいってしまった。