2話 勇者『ざまぁねぇな』
師匠の小屋で一夜を明かした俺は、外に出て修行の為の準備運動をしていた。結構キツイかもしれないからな、入念にしておかないと。
「おお、早いな。えーと、すまん。そういえば名を聞いてなかったな。わしはラオ・チュー」
「俺はジンていいます。で、師匠。どんな修行をするんです?」
師匠は大きな二つの樽を指さして言う。
「あの満杯に水が入ってる樽があるだろ。あの中の水を隣の樽に移してくれんか」
「いいですけど」
あれ? 修行は? ……いや、なるほど。最初は雑用からって事か。でも稽古がしたいんだけどな、酒が飲めるし。
樽によじ登って、桶を使って水を移す。腰を落として重い水を持ち上げて、移してを繰り返すので結構しんどい。
三時間位して、やっと終わった。
「終わりましたよ。師匠」
「そうか、なら反対の樽に移し替えてくれんか」
「はい?」
何故だ? 移し替えたからもう良いじゃ無いか。……もしかして、師匠が樽を間違えたのか? たぶんそうなんだろう。しょうが無いなぁ師匠は。
そうは言っても相当キツイ。最初三時間頑張ったのに、またやらなきゃいけないって言うのが結構心に来る。
今度は日が暮れるまでかかってしまった。
「し、師匠。終わりましたよ」
「そうか、じゃあ飯にするか」
「ええ!?」
結局、今日は修行という修行をしなかったな。まあ、明日は出来るだろ。
だが、次の日も次の日も同じ事の繰り替えしだった。1週間これをやり続けた俺を褒めてほしい。でも、もう限界だ。
そして、師匠の家に来てから8日目の夜、俺はこっそり抜け出した。
また路頭に迷う事になるが、あんなのをずっとやってたら頭がおかしくなる。だから逃げた方がましだ。
俺は仕事を探すことにした。ちょうど冒険者だし、ギルドでも行って良い感じの簡単な仕事をもらいに行こう。
途中酒場が見えた。そういえば俺、一週間酒を飲んで無かったな。また飲みたいけど、今金が無いんだよな。そうだ、今日稼いで飲むか!
という事でギルドへ到着した俺は、早速受付へ行って仕事を斡旋してもらおうとした。
だが、ギルドの受付に、見覚えのある奴がいる。
「ゲッ……シルビオ達じゃん」
何故あいつらがいるんだ……って、冒険者はここでしか仕事をもらえないし、当然か。
シルビオは俺に気づくと、露骨に嫌な顔をして近づいてきた。
「またお前か。なんで俺達の前に戻ってきた!」
「いや、俺はただ仕事をもらおうと……」
「俺達の前から消えろと言ったはずだよなぁ!」
シルビオは、それはそれは怒っていた。
「悪気は無いんだ」
「出て行け。そして二度とその面見せるな!」
今にも殴りかかってきそうだったので、一目散にギルドから飛び出した。
「はぁ……」
これでギルドで金を稼ぐ事は出来なくなった。これからどうしよう……。
「兄ちゃん、仕事を探してんのか?」
急に知らない男3人組が話しかけてきた。
「え? まぁ、そうだけど」
「ちょうどいい。良い仕事紹介してやるよ。ついてきな」
その男達に言われるまま、路地裏の方へ歩いて行った。
路地裏の人目のつかない場所へくると、男達は急に殴ってきた。
「痛ッ! 何すんだよ」
「金目のものを置いて帰れば許してやる。じゃなければ、今からリンチだ」
「生きて帰れると良いなぁ」
「上等だぜ。俺はこれでも勇者パーティーだったんだぞ!」
さすがに冒険者として頑張ってきたんだ、こんな奴ら簡単だろと思ってた。
けど何故だろ。俺のパンチがあたらない。代わりに奴らの攻撃は全部クリーンヒット。あれ、俺ってこんな弱かったっけ。
結局、身ぐるみ剥がされたが、何とか半殺しで済んだ。
体が痛すぎて全く立ち上がれない。畜生、なんで俺がこんな目に……。
誰かが近づいてくる。でも動けないから何も出来ない。
近づいてくる男の顔が見えた。
「し、シルビオ…………」
シルビオは倒れる俺を踏みつけ、言った。
「ざまぁねえな。お前にはこの姿がお似合いだぜ」
そう言うと、笑いながら去って行く。
おかしいじゃ無いか! 何故俺がここまでされなきゃ行けないんだ! 確かに、飲んだくれてはいたが、こんなにされる理由にはならないだろ!
自然と目から涙があふれてくる。そして、俺の心に一つの気持ちが芽生えた。
「強くなりたい」
また誰かが近づいてくる。今度は老人だった。
「師匠……」
「酷いやられようだな」
「笑いにきたんですか」
「何をいう。迎えに来たのだ」
俺はやっとの思いで起き上がる。
「師匠、逃げてすみませんでした……。俺、強くなりたいです」
師匠は微笑み、言う。
「もちろん、そのつもりじゃ。さ、帰るぞ」
「押忍!」
師匠は、ふらふらな俺を小屋まで支えてくれ、無事に帰ることが出来た。