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ラムネ

 灼けるような太陽を背に、プールから帰る昼下がり。隣の家の窓がからりと開いて、あやめさんがひょっこり顔を出した。


「お、少年、いいところに」


 おいで、と手招きされる。怪訝に思いながら窓辺に寄っていくと、透明の液体が入った水色の瓶が目の前で現れた。


「ラムネ。一緒に飲も」


 にっこり笑いかけられて、思わずこっくりと頷く。思わずとはいっても、今まで僕があやめさんのお誘いを断れたことは一度もない。

 あやめさんは外へ出てくると、僕の家の縁側に腰を下ろして(これもいつものこと)よく冷えたラムネをはい、と渡してくれた。お礼を言って受けとり、玉押しでビー玉を押す。透明な球はガラスに当たりながら底へと沈んでいった。


「少年、やるね。その年でラムネの開け方を知っているとは」

「馬鹿にしてるんですか?」

「感心してるんだけどな」


 言いながら、あやめさんは自分も開けようとしてーー想像通り、中身を噴き出させた。泡であふれるラムネを手に、きゃあきゃあ騒ぐあやめさんがおかしくて、僕も吹き出してしまう。僕よりずっと年上のくせに、本当に、子供みたいな人だ。


「大丈夫ですか? ほら、タオル」

「あ、ありがと……」


 あやめさんは情けない顔で手と瓶をぬぐい、中身の減ってしまったラムネに口をつけた。その横顔を僕はこっそり盗み見る。でも、ノースリーブでむきだしになっている細い腕とか、ショートパンツから伸びる白い足だとかは、なんとなく見てはいけない気がした。

 汗をたっぷりかいた後の体に、冷たい炭酸が滲みこんでいくのが心地いい。ふわりと生ぬるい風が吹き抜けて、つるされた風鈴が涼しげな音を立てた。


「おいしいねえ、少年」


 あ、まただ。しみじみと呟く横顔に尋ねる。


「ずっと気になってたけど、なんで僕のこと少年って呼ぶんですか?」

「へ? 特に意味はないけど。なんか、少年って呼び方がすごくしっくりくるんだよね、君」

「はあ」


 どういう理屈なんだろう、よく分からない。黙ってラムネをすすっていると、あやめさんがじっとこっちを見てきた。ショートカットに包まれた顔立ちはやっぱり綺麗で、ついどきまぎしてしまう。


「……何ですか」

「いや、名前、呼んでほしいのかなあって」

「べつに」

「素直じゃないなあ。じゃあね、君が私を口説けるくらいの年になったら、ちゃんと名前で呼んであげよう」

「はあ」


 やっぱりあやめさんの理屈はよく分からない。それにしても、ずいぶん先の話だな。そう思いつつ、こっそり指折り数えてしまう自分が悔しくて、ラムネを思い切り煽るように飲み干した。


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