5-14 先生と話を勧め、私は自分の出自について考える
5-14 先生と話を進め、私は自分の出自について考える
人間じゃないのか私……自分探しどころじゃないじゃないこれ。
「ねえ、ビル」
「なんでしょうヴィー」
「最初から私がヴァンピールだって気が付いていた?」
ビルがキラキラ笑顔で「勿論です」と答える。この魔剣、また土の中に埋めてやろうかと思わないでもない。
「ヴィー、冷静になってください。あなたが今まで一度だって『私は人間かしら』と下問されたことはありませんね」
それはそうだ。だって、私はちょっと……いいえ、かなり力持ちで、日焼け知らずの怪我の治りの早いお得な体質だと思ってたからね。人間かしら?とは聞くわけはない。
「勿論気が付いていましたよ。でなければ、あなたを簡単に主として認める訳がありません」
なるほどね。人間以上、魔物未満ってことで特殊な存在って事で主に選んだわけだ。
「これで、私の主コレクションもヴァンピールの貴方の現身が増えたというわけです」
頼まれもしないのに、何で私の姿になるのかしら。
「あら、外見はそっくりね。あなたの魔力の波動を知らなければ、本人かどうかは区別つかないわね」
「……ビルは『火』で、私が『土』『風』ですからね」
そこは写せないようです。イーフリートだからね。
私は、私の実の父、母、そしてジークさんとやらがどうなったのかを知りたい。
「ジークさんから、私の実の両親がどうなったのか聞いてます?」
「ええ、大体だけれどね」
ジークさんが私と乳母を連れて単騎ベーメン王の居城を落ち延びたのは吸血鬼化した母を取り戻しに、吸血鬼が大挙押し寄せたからだという。
「ベーメン王はサラセンとの戦の途上で亡くなったことになっているけれど、相手は異教徒ではなく吸血鬼なのよ」
実は、隣国の大貴族が『吸血鬼』なのだという。そして、サラセンに協力し、ベーメンや帝国に進出しようとしているのだそうです。だから、先生は一番帝国の西側に住んでいるのでしょうか。
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ベーメンは先住民の言葉で『戦士の土地』を意味する。また、チエヒと呼ぶ民族も住んでおり彼らの言葉では『光の土地』を意味するという。
聖征の時代、カナンだけではなく帝国はこのベーメンの地にも植民活動を行い、多くの帝国人が住み着き都市を建設した。その支配者は原国の王家の血筋を持つ者であったが、帝国皇帝に形の上では臣従し、帝国人を受け入れることで利益を得ていた。
ベーメンの東方には『沼国』と呼ばれる国が存在していた。これは、東からやってきた遊牧民族が定住した地域で、『パティア山脈』で隔てられた地域だ。東以外を山脈で囲まれたパンノ平原は広大であり、そこに興った強国として知られていた。
ところが、サラセンの軍が侵攻し始めると、一時戦ったものの、最終的には敗北し国王は戦死。代わりに、『バトル』家がサラセンに臣従し保護国君主となる。全ての沼国が一瞬で支配されたのではなく、西部は帝国皇帝に助けを求め、その支配下にはいる事を選択した。
さて、この『バトル』家であるが、聖征の始まる百年ほど前に、この地を荒していた魔物を討伐したことで『勇敢な者』を意味する言葉を家名とする一族を生み出した。
バトル家はその後、原国・沼国の王・大公とその一族としてこの地域で五百年に渡り支配をしてきたのだが、その血脈は『近親婚』によるものばかりであった。つまり、外から血を招き入れないまま一族は支配を継続してきたとされる。
――― 非常に興味深い一族だ。
東方から現れた遊牧民の中で、勇敢と称される一族が長きにわたり同族同士で婚姻を行い、支配してきた地域。そこに東を接する、ベーメンの地に存在した国王の妻が妊娠中に吸血鬼と化す。
吸血鬼は子供を産む事は出来ないが、妊婦が吸血鬼化した場合、子供が生まれる可能性がある。その子供は、母親の胎内で人間として成長しつつ、吸血鬼としての能力の一部を受け継いだ『ダンピール』という半吸血鬼として生まれてくる。
ダンピールは、吸血鬼を見抜くことができ、また吸血鬼を滅ぼす能力を有する。故に、まれに生まれたその者たちは『吸血鬼殺し』となる事が多い。
吸血鬼の再生能力と暗視能力、魅了に対する抵抗、吸血鬼を滅ぼすことが出来る魔力を有した優秀な魔術師・錬金術師となる素養を持つ。身体能力に優れオーガの如き力を発揮する。
吸血鬼の持つ弱点は継承せず、日光・十字架・銀などは弱点にはならない。定命を持つが、普通は人の数倍以上生きることが出来るほどの長命である。
「吸血鬼は元々カナンの地にいた精霊に『悪霊』が憑りついたものですね」
ビルが事も無げに言う。それはそうか、炎の精霊だもんね。
『吸血鬼』という人の生き血をすう魔物は、カナンの地に存在していたというが、それは何故なのかと考えると、ビルが「私の考えですが」と断りながら話を始める。
「西に内海を抱え、南北と東の交易路の交差する場所がカナンです。住みやすい場所は限られ、その場所には都市が建設されました。大昔からです」
その都市を巡る争い、その場所を抑えることで様々な場所へと移動する人々を支配する若しくは管理することが出来る場所であった。そこは即ち、争いの絶えない地でもある。
「元々、地の精霊が多くの人の死の影響を受けた強い悪霊に侵され、やがて悪神となったのではと思います」
「炎を大切にする人とその信仰があなたを形作ったように?」
「……少し違いますが似ているかもしれません。人を殺し奪うという欲望が濃縮された悪霊ですから、炎を崇める信仰心とはちょっと違いますよね」
無意識・本能の部分だからかな。まあ、それの積み重ねが「人を操り」「生きたまま血を吸い」「大切な物を奪う」という『吸血鬼』を形作ることになった……という仮説だ。
「『バルカ』と呼ばれる地が内海の南にあります。その地では、血を吸う女神を崇拝しているのです」
女神の名は『リリス』という。聖典に出てくる原初の男の最初の妻であり、吸血する女神。男の話を聞かず、夜に彷徨う悪女であったという。
話を聞かない女は今も変わらない気がするけどね。夜の徘徊は淑女にあるまじき行為です。夜はしっかり寝ましょう。
カナンの地には『アスタル』という『リリス』に似た原初の吸血鬼がいたのだという。ビルが生まれた時には既に相当の力を持つ大魔神であったという。
「戦が多い場所では、狂気にかられた人々が増えます。また、人の生き死にに無頓着になり、慣れも生じます。アスタルは人の中に混じり、時に使嗾し、時に支配し自分の欲望を満たしていったようです」
「延々と戦争が続いた?」
「そうです。特に偉大な王程、遠征を好みますので、飽きることなく戦場と、その後の略奪行為にさりげなく参加して……人を弄んだと言われています」
古代の王国の幾つもが、その最盛期の直後に崩壊していくのは、『アスタル』に利用され、限界まで拡大した後に弾けたためだという。
「聖征で聖王国を巡り、サラセンと帝国や王国の騎士達が戦い続けていました。その時代も当然、『アスタル』とその配下の吸血鬼たちは暗躍しています。サラセンの兵を殺し街を略奪しその住民を殺しました。武器ではなく、自らの牙で」
サラセンが勢いを取り戻すと、サラセンの兵となり、聖王国とそれに与する者たちと戦った。やがて聖王国が滅び、サラセンは東の帝国とも戦い勝利した。その間、帝国の東にある多くの国々との戦争をし、そこには、多数の『吸血鬼』が指揮官や同行する戦士・貴族として混ざっていたのだという。
そりゃ、強いよね。時に見せしめと称して村ごと滅ぼしているのも……趣味というか、吸血鬼としての行動を悟らせない為の方便かもしれない。
「サラセンは帝国の直ぐ東まで進出してきています。そして、その戦を効率的に行うために、帝国の介入を好んでいません」
「サラセンの貴族なり将軍の中に吸血鬼が紛れ込んでいて、その配下の吸血鬼が帝国に潜んで帝国内が混乱するように活動している?」
「……そう私は分析しています」
ビルの言う事に否定できる要素は余りないような気がする。東から現れる吸血鬼がどこに目を付けるかと言えば、帝国だろう。南では戦争中、東では宗派の違いで内戦、没落騎士や小貴族が徒党を組んで街を襲う事もしばしばみられる。そこには沢山の傭兵がいて、傭兵が残酷なことをするのは珍しくない。そこに、吸血鬼が紛れ込んでいても目立たない。
吸血鬼は人を大きく上回る腕力と、魅了が使える。傭兵を束ね、自分の為に利用する事は何ら問題がない気がする。むしろ、喜んで片棒を
担ぐだろう。
「このままだと、帝国には沢山の吸血鬼が入り込んできて、それはサラセンと組んだものだって言うのよね」
「ですが、表立って活動しているわけでもありませんし、教会の退魔師程度では餌にしかなりません。それは、あなたも実際見て感じる事ではありませんか」
吸血鬼単体でも危険だけれど、それに付随して傭兵達が魔物化していて、戦場に投入されたとするならば、まともに戦える相手とは思えない。
でも、それって国家存亡の危機だけれど、私の仕事ではないよね。それと、吸血鬼化した母親ってどうなっているんだろうね。




