4-03 魚の樽を卸し、私は行商は楽しいだろうと想像する
4-03 魚の樽を卸し、私は行商は楽しいだろうと想像する
馬車の数は全部で五台。私のボロい馬車が最後尾なのは、護衛と囮を兼ねているから。何かあったら見捨てて逃げる事になっている。
そりゃ、最初に偉い反対されたよ、ベックのオッサン以外に。無茶だ、無謀だってね。でも、私、こう見えても星……三つの冒険者になっちゃったんだよ!!
お願いされたんだよ、ベルテンベルグ公爵……護衛した夫人の実の弟だから仕方がない。メダルも貰っているしね。それと、先生に師匠、アンヌ姐さんにも安心してもらいたいからね。星三つになれば一流扱いであり、もう見た目で馬鹿にされても、女だと知られても問題ないから。
――― なんかあったら穴掘って埋めるから問題なし!
というわけで、土魔術を見せたら……みな拝み始めました。うんうん、それでいいのだよ。なんかあったら馬車の周りを土塁で囲んで、その間に襲撃者はサッパリと始末するからね。
「この行商、続けるおつもりですか?」
私はこの一行が気に入っている。訳あって船を降りた海の男たちが、魚を運んで村にやって来る。安くて新鮮な魚だから、そりゃ、飛ぶように売れる。
「やっぱり、商人は笑顔になれる物を売るのは楽しいよね」
「……まあ、槍だ剣だではいい笑顔というより、物騒な笑顔になりそうですから」
私の目指すのは、塩と武器を売り歩く冒険商人だ。塩も武器も生活必需品である。それと、小さいけれど村の鍛冶では良い物が作れない『縫い針』とかその辺りの小さくて軽くてそこそこの価格で売れる物を考えている。
商人のランクを上げないと、仕入れに制限があるのでこうしてせっせとギルドで仕事を受注して、商人の信用を積みあげているんだよ。ビータパパに頼るようでは、商人としての成長の機会を手放しかねないからね。苦労は買ってでもしろと昔の人は言いました。買えないけどね。
ボロい馬車は草臥れた馬がゴトゴトと牽いているけど、車輪の下を土魔法で整地、風魔法で馬車を少し浮かせているので、意外と元気です。羽が付いたようまではいかないけれど。
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エーベ川沿いに遡り、三日目に境の街『エルデン』に到着する。この街は ブレンダン領北西端にある小城塞を有し二つの領邦との領境に位置する。
「ここで一泊したら、後はブレンダン領内。ちょっと慎重にならないといけないよね」
ブレンダン領内だからといって、治安がいいとか安全という事はない。むしろ、今までの取引先の商人から付け届けを貰っていた奴らから『黄金蝙蝠商会』は恨まれている可能性がとても高い。協力者は少なくないだろう。
魚の樽をいくつか降ろし、街の宿屋へと入る。馬車には見張は置いていないが、夜は街の出入りが制限されることもあり、何かあれば次からこの街には魚を卸さなくなるので、その辺りは問題なく管理される……はずだった。
何か、馬車周辺を伺う人間がいるようだ。え、宿の部屋から暗視で見える場所に馬車を止めているからね。それに、風魔法で馬車周辺の音を拾っているのだよ。暗視と風魔法便利。本当は土魔法で高い壁でも作って囲えばいいんだけど、周りから目立つからそれは今回はしていません。野営ならするけどね。
「なんか来てるね」
「……捕まえますか?」
私が監視して、ビルがその間に移動して捕まえるのも悪くはない。けど、捕まえても尻尾切りになるだけな気もするんだよね。街との関係も悪くなるし。
「さりげなく馬車の周りを確認してきて。下見かも知れないし、少し泳がせたい」
「畏まりました」
フード付きのマントを羽織り、長柄の武器を手に持ったビルが音もなく部屋を出て行き、あっという間に馬車の傍まで移動する。足はっや!
馬車の様子を見ていた者たちが、ビルの接近に気が付きその場を離れていく。
ビル曰く、特に破壊されたり工作された形跡は見当たらないという。隙あらばと考えていたのかもしれないが、警戒されていると知って今日の所は何もしないだろうと想定する。
翌朝、次の目的地『ハベル』へと出立する。馬車に異常は見られず、追跡されるようなことはなかった。もしかしたら、ただのコソ泥さんだったのかもしれない。
『ハベル』は商人同盟ギルドに所属する同盟都市であり、同盟の貿易を行う都市の中で、ブレンダン内で最大の規模を誇っている。エーベ川の中継都市でもあり、また、造船を始めとする職人を多く抱えている。
ここの周辺は湿地も多く川と湿地以外の尾根道が限られており、また、視界も余り開けていないので……襲うなら絶好のロケーションである。
個人的には、この街を出て『ブレンダン』に向かう翌日が一番危険ではないかと考えている。行程の八割を以って半ばとせよと言う警句もある。あと少しって所からが大変なんだよ。油断は禁物だ。
「やっぱり、川を使わないって大変だよね。メイン川の時も思ってたけどさ」
「天候に恵まれていますからね。増水や氾濫でも起これば、雨が収まって水嵩が引いても、街道は水浸しで馬車が移動出来ない事も多いでしょうから」
舟なら、その辺りは流れが穏やかになればそうでもないが、水捌けの悪いこの辺りは、馬車での移動は困難だろう。そう考えると、魔法の袋で配達できる、小舟も所有する私たちは、とても良い仕事をするという事になるかもしれない。
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『ハベル』の街は想像以上に大きかった。そりゃ、ルベックやメインツなんかよりは小さいけどね。川の中州の部分に古い街があり、そこから橋が架けられ、新しい街が広がっている。
その昔は、エーベ川を異民族から守る拠点として育った街。六百年程前に一度異民族支配を百五十年ほど受けた後、ブレンダン辺境伯により再奪還される。第二次聖征の際には、東方の異教徒への遠征も行われ、帝国諸侯が原国に向けてここを起点に出発したんだってさ。
だから、当時の聖征による石造の城塞建築技術がハベルの大聖堂に反映されており、狭間を有した巨大な城塞のような大聖堂が建造されている。
「この街の中では何か起こしそうにもないよね」
「さあ、それは何とも。ただ、この堡塁や城壁を夜間に荷馬車を盗んで抜け出すのは難しいでしょう」
「でも、荷物をどこかの倉庫や船に隠すくらいは出来そうだよね」
「……普通の人間では無理でしょう。照明が必要ですし、一人でそう短時間にいくつも運べませんよ」
松明を付ければ周りから見えてしまうし、暗がりで運び出すには荷物が重すぎる。馬車ごと盗んでも、街からは出られない……やっぱり普通に考えたら盗みはありえない。
「じゃあ、とりあえずこのままで大丈夫かな」
「可能性として簡単なのは、商品を売り物にできなくするような工作があるのではないでしょうか?」
ビル曰く、塩漬けに泥を入れるとか……まあ、簡単に商品価値を下げることが出来るかもしれない。樽を斧などで破壊する事だっていい。それは、盗み出すよりは簡単に行えるだろう。
「じゃ、その辺を注意して今日は頑張ろうかな」
他の商会のおじさんたちは、すっかり晩御飯の事で頭がいっぱいのようだ。久しぶりの大都会という事もあり、夜のお楽しみが気になるようなのだが、そういうことは帰りにしてもらいたいと私は思う。
その夜、やはりコソコソしている輩はいるものの、拾った声を総合すると、『荷物は問題なさそうだ』とか『油断してやがる』といった明日に向けての最終確認を行っているようである。
商会のおっちゃんたちの行動が意図せず油断をしているとアピールすることになっているようで何よりだ。なまじ、油断せずにしっかり荷駄の見張でもしていたら、明日の襲撃(予想)の規模はさらに大きくなっていたかもしれない。
「明日は有りそうですね」
「できれば、芋づるでお願いしたいけど……無理だよね……」
この手の依頼は、間に何人も人を噛ませるのが基本だ。遡れなくなるようにする為にもだが、間に入る人間が高位貴族であったり、富裕な商人で都市貴族であったりすると、その先まで辿るのは難しい。全員拷問するわけにもいかないしね。
「これは、護衛がやばいから、何度やっても被害が出るだけで旨味がない依頼ってことで、受け手を失くす作戦しかなさそうだね」
「それが賢明ですが……この仕事ばかりに関わるのはどうかとも思います」
ビルの懸念はその通りだろう。だが、私の考えは少々違う。毎回、黄金蝙蝠商会にはこの依頼を商業ギルドに出してもらう。多少、直依頼より手数料分の依頼料が下がってもいい。私の目的は、商業ギルドでの行商人ランクのアップにあるからだ。
「何度も依頼を達成し、その都度、襲撃者を撃退し捕縛しているという実績が積み上がる方が、美味しいでしょう?」
「なるほど、嵌め技ですね」
何それ? と聞くと、いわゆる名のある騎士や将軍というものは、必勝のワザというものを持っているのだという。
アンゴルモアの有名な将軍(四狗とかそんな綽名が付く有名な奴らしい)の技に、『狗の喧嘩殺法』というのがあるらしい。ビル、意外と物知り。
「それは、高貴な方々の傍に侍るのが魔剣の役割ですからね」
ビルは、簡単に説明してくれたのだが、要は負けたふりをして逃げるのだそうだが、その負け具合が徹底しているのだ。
「一週間、逃げ続けるのです。絶妙な距離を置いて、相手に追いつけそうだと思わせ続けるのです」
やがて、追いかけることに夢中になった相手は、バラバラとなり各個撃破される状況に陥るのだが、その為に、散々奪い取った財宝をワザと手放したり、相手が追いかけたくなるような餌をばらまくという。
狡猾だな、アンゴルモア……まあ、追いかけるやつらも阿呆だけどね。




