3-16 疑問は疑問を呼び、私は護衛騎士を問いただす
3-16 疑問は疑問を呼び、私は護衛騎士を問いただす
夫人の誘拐と護衛騎士アルノーの殺害を依頼とするこの襲撃に、パルドゥルは深くかかわっているはずだ。まあ、どうでもいいけれど。
一先ず、街道を塞ぐ荷馬車を片付け、路肩に寄せる。ふんじばった野盗の生き残りをひょいひょいと縛り上げては荷台にぶん投げていく。
「……もう少し加減をしてもよろしいのではないでしょうか……」
「ちょっとは痛い目に遭った方が良いのよ、野盗なんだから」
私にあちこち叩きのめされているので、酷い言いがかりな気もするが私は悪くないはず。当然の権利。
生き残りは弓兵三人、ハルバード兵四人、打ちどころが悪かったのか二人はお亡くなりになっておりました。
馬車に戻ると、既に、詰問されぐったりしているパルドゥルと、目線を合わせて何か囁きかけているアルノーの姿が見て取れる。
「どう、何か喋ったかしら?」
「……いや、顎が割れているらしく、口がきけないらしい」
「ふーん、ちょっと手当させてもらえるかしら?」
「……ああ、よろしくお願いする」
ベン、「お前が顎を蹴り上げたからだぞ!」とか言わんでいいから。私はポーションを取り出す。そして……
「話す気があるなら、ポーションで回復させるわ。同意するなら頷きなさい」
と努めて紳士的……いや、淑女的に話をするが、横を向いて話をしない気らしい。ちょっと反省が足らないね。私は腰のダガーを引き抜き、無口なおっさんの太腿に突き立てる。
「があぁぁああぁぁ!」
「なんだ、話ができないのかと思ったわ」
「おい、何をするんだ」
「何のんきなこと言ってるのアルノー。こいつは、夫人の誘拐とあんたの殺害を依頼した人間とグルなのよ」
「なっ……それは本当か」
先ほど助命と交換条件(あと、お金ね)で襲撃依頼の内容を確認した事を告げる。ベンに剣を突きつけ、傭兵が待ち構える場所まで無理やり馬車を進めさせたことを含め、まっくろくろすけであるという事もだ。
「さて、このまま失血死でもいいんだけど、どうする?」
私が一際声を上げると、「お待ちください」と、馬車の入口が開かれ、中から女性が顔を見せる。
「お、奥様、お顔を出されては!」
「いいえ、主人としてこのまま話を聞かぬわけにはいきません」
アルノーがベンに「足台を」と伝えると、すかさずジョンが馬車に歩み寄り、小さな階段のような踏み台を置く。アルノーが歩み寄り、夫人の手を取り馬車から降ろす。
「故あって名前は名乗れませんが、ご容赦くださいませ」
優雅に挨拶をされ、すかさず侍女が折り畳み式の椅子を用意し、夫人が座れるように用意する。その斜め前にはアルノーが護るように立っている。
「お名前を伺ってもよろしいかしら」
「私は『オリヴィ・ラウス』と申します。駆け出しの冒険商人ですが、錬金術を少々学んでおります。彼は私の従者のヴィルヘルム=シュミットと言います」
「オリヴィさんにヴィルヘルムさんね。今回は危ないところを助けていただいてお礼を申し上げます」
再び丁寧に頭を下げる夫人。いや、ほら、仕事ですから、当然ですから。
「それで、パルドゥルは何故拘束されているのでしょうか」
アルノーが今までの経緯を説明する。一つ一つに頷く夫人。そして一言パルドゥルに告げる。
「確かに、貴方の主人は私ではなく弟の公爵かもしれません。ですが、私自身あなたには長い間、主として仕えてくれていたと思っています。それは、間違いだったのでしょうか?」
厳しい叱責より、長年の信頼を裏切ったと思われる方が騎士にとっては辛いことだろう。つまり、パルドゥルは夫人と弟公爵の間に立って抜き差しならない状態に置かれている……という事なのだろう。
奥歯をかみしめ、涙をこらえるかのように下を向くパルドゥル。夫人が「傷を癒してただけませんか」というので、最初に口からポーションを飲ませ、半分は傷口に直接かけることにする。みるみる回復する姿に、夫人はホッとした様子で、アルノーも少し気持ちが和らいだように見て取れた。
「それで、話しては頂けるのですか?」
「……」
夫人の質問に答えれば、弟公爵を裏切ることになると考えているのだろう。そこで、私は一つ提案をすることにした。
「これから、私が推論を述べます。それが間違っていたら『そうではない』と否定してください。そうでないときは……否定しなければいい」
「……それならば……」
「ええ。主人を裏切ることにはなりませんわね。流石ですわオリヴィさん」
えへ、貴族の奥さんに褒められちゃった。
∬∬∬∬∬∬∬∬
私の推論はこうだ。夫人の夫の貴族と夫人の実家の公爵家は対立する存在で、夫人が嫁入りした時点では関係を回復させるつもりがあったということだ。
恐らく、夫人の父親が公爵であった時代は公爵家が優位で、ある意味婚家の貴族は風下に立たされていたのだろう。代が替わり、弟公爵が跡を継いだので、力関係がやや変わったのだろう。
ついでに言えば、娘と姉では実家との関係はかなり異なる。つまり、姉の居心地が多少悪くなっても弟公爵は姉の嫁ぎ先と揉める事にしたという事なのだ。
当然、婚家にとって夫人は厄介者になりつつある。出来れば……誘拐されていなくなってもらいたい。それに、誘拐された夫人が実家のつてで救出されそれを機会に離縁され実家に戻されることになれば、二つの家は気兼ねなく争う事ができる。
「……という事で、二つの家にとって貴方様が誘拐され瑕疵ができることが望ましかったのではないかと思われます」
貴族の女性が誘拐されて……なにもされない訳が無い。つまり、そういうことで傷ができれば堂々と離婚もできるという事なのだろう。そこで、あえて婚家の夫の側近の騎士が殺されれば信憑性もわく。もしくは……
「アルノーが夫人と駆け落ちしたという……噂も流せるかもしれません」
「なっ……そんなこと……あり得ないことです」
「……いいえ。アルノーには申し訳ないのだけれど、私と貴方の関係を夫は疑っているようです」
顔が硬直するアルノー。多分、親友の奥さんとして親愛の情を示していただけなのだろうが、夫君は嫉妬深かったみたいだね。
「いや、ですが、あ、貴方様を放っておいて自分は……」
言葉を濁すアルノー。夫人の表情もやや曇り気味だ。それはそうだろう。
「つまり、夫は夫人以外の女性に懸想して、これ幸いと夫人を追い出そうという事ですか。それなら、パルドゥルが手を貸すわけが理解できます。つまり、長く仕えた貴方様の名誉を傷つけた婚家とその従者である騎士を痛めつけることができ、貴方をご実家に戻すことが出来るわけですから。自分が汚名を着てでも、あなたの身を救いたい……ということでしょうか」
この間、パルドゥルは一言も否定しなかった。つまり、すべて事実であると彼は考えているのだ。
「姫様、申し訳ございません」
「……いいのですパルドゥル。長い間、私を護ってくれていたのですから。それは、父との約束なのでしょう?」
むせび泣くパルドゥル。彼は、幼い日の彼女の護衛騎士として主人である先代公爵から娘の幸せを託されたのだろう。それが、果たせなかったという自責の念から、今回の計画に加わったのだと思われる。まあ、立場的には仕方がないが。
「アルノーはやっぱり殺す気だったの?」
「いや、馬車と離れ離れになれば、アルノーの腕なら逃げ切れると思ってな。それで、先に進んだのだ」
なるほど、街道を完全に塞いで待伏せとは思わなかったわけだ。つまり、グルであったが、細かい打ち合わせに加わったわけではなかったので、仕掛に齟齬があった事が助かった理由だろうな。
「さて、どういたしますか」
正直、襲った傭兵? 野盗以外は責められない気もする。それに、夫人は
このまま実家に帰る方がいいんだろうな。
「……この先に待っているのは、公爵家の迎えなのですか」
「……申し上げにくいのですが、その通りでございます」
婚家はもう戻ってくるなという事なのだろう。そうすると、アルノーの立場が完全に無くなるってことだよね。主家に戻れないし、戻ったとしても下手をすると処刑されかねない。少なくとも騎士の身分は剥奪されそうだ。
アルノーもそれに気が付いたのか、ちょっと悩ましい表情に変わる。ほら、冒険者も楽しいよ! 明日はどうなるか分からないけどね。
「一先ず、ヴィゲンの街まで移動しましょう。ビル、荷馬車に馬を繋いで、引いてもらえるかしら。馭者は私がしてもいいけど」
「いえ、私がそれは行います」
という事で、街道の脇で夜中まで話をするわけにはいかないので、先の宿のあるヴィゲンの街まで移動する事にした。
まあ、アルノーなら一緒に冒険者してもいいし、なんなら、シスター・エリカに相談してもいいかもしれないね。




