3-10 ビルは冒険者登録証を貰い、私は何故か絡まれる
3-10 ビルは冒険者登録証を貰い、私は何故か絡まれる
宿の食事を部屋でとることにする。理由は……ビルの食事の作法が心配であったから。二百年前だと、カットラリーが揃う前の時代の可能性が高いから、手掴み&手はテーブルクロスで拭く、犬食いがデフォだからね。あと、食器の回し飲みとか回し食いね。
「どう、使い方は分かるかしら?」
「ええ、スプーンとフォークとナイフですね」
「……」
「知らないと思ってたのですか」
「ええ。その、手掴みなのかと思って」
「そういう場もありましたが、主がカトラリーを用いて食べる場にも参加していますので、大丈夫だと思います。念のため、先に食べて見せてもらえますか?」
なるほど、見ればできるようになる便利な体質だよねビルは。私は、フォークで刺し、ナイフで切り分け、スプーンで運び口に入れる。
「あまり一度に多くの量を口に入れない方が良いのでしょうね」
「ええ。野営で焚火を囲んだり、串焼きの肉をかじり取るならともかく、テーブルについてカトラリーを使う場ではその食べ方が相応しいわ」
「承知しました。周りの人に合わせる……という事で良いのですね」
そう、マナーの極意とは相手に合わせることにある。合わせることで自分と相手が親密さを感じるようにするのが大切だ。素手の時は素手、大きく口に頬張る時はそれなりに頬張るのがマナーだ。出来る範囲でね。
流石に名のある戦士や勇者の佩刀を務めてきた魔神剣だけあって、所作も洗練されている気がする。バーン兄さんはいまいちだったのは、騎士団育ちだからに違いない。戦場の食事マナーだったよね……
ビルは今目の前で、金髪碧眼である。なぜなら、宿の人が食事を出してくれている時に、私が二人いたらおかしいって思うじゃない。そうでしょ?
確かに、自分と鏡合わせで食事しているみたいなのは落ち着かないから、やっぱり自分と同じ姿は勘弁してほしいかもしれない。
「ビル、貴方はどのくらい前から魔神なのかしら」
「そうですね、そう古くはありません。凡そ三千年といったところでしょうか」
「……へ、へぇ、じゃあ魔神の中では若手なのかしら」
三千年で若手って、ベテランは何万歳なのだろう。
「はい。それに、魔神は常に活動しているわけではありません。なので、人間の年齢ほど絶対的ではありませんよ」
確かに、宝箱の中で剣の姿で二百年放置とかもカウントされちゃうんだもんね。
「それに、私たちは人間と自然の中間の存在です」
「どういう意味なのかしら」
「人間は自分の定命が尽きる時に個を失います。中にはその輪から外れる存在もいますが、再びこの世にあらわれる時には以前の記憶は消えています。我々は引き継がれる……常に生まれ変わりながら意識を繋いでいるとでも言えば良いのでしょうか。個が最も確立している人間という動物と、個が曖昧でこの世界と親和している植物の中間……そんな感じです」
「風や水とも似ている?」
「そうですね。私は若輩なので詳しくないですが、風の魔神や水の精霊が存在するのですから同じではないでしょうか」
そういえば、土の精霊ノームも人化して実体を持つ場合もあるから、それに似ているのかもね。神話の類では水の精霊と人間の間、神様の間に子ができるって事もあるしね。
「あなたが生ある間、私はあなたの従僕であり続けるでしょう」
「そう、三千年からすればホンのひと時でしょうけれど、よろしく」
私は小首をかしげるように会釈する。ビルは小さな声で「いえ、貴方は随分と長い定命をお持ちですから、長い付き合いになりそうです」と言っていた気がするけれど、百歳越えてシワシワになっても冒険なんてできないからその時はお役御免にするよ。
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食事の後は、私の手持ちの服を私に擬態したビル……ビル子に着せている。ビルの女の子だからビル子でいいじゃない?
「……貴方様が宜しければ……私は構いません……」
いや、思い切り構っているよね。じゃあ、あれだ、可愛らしい名前にして上げよう。赤髭って言ってもストロベリーブロンドなんだよね。つまりイチゴってことだよ。
「あなたのあだ名を異民族の言葉で『イチゴ』にしたいんだけど。良い?」
「……」
「あなたの女の子の時の名前は『ファウラ』ね。どう、良い名前でしょ」
「……有難き幸せです……」
なにそれ、まあいいわ。金髪碧眼の女の子の場合『ファウラ・フレーズ』
にしよう。両方イチゴ、つまり、苺イチゴちゃんね。
その後、あらゆる私の服を試着させた後、その衣装で金髪碧眼の美女に変化してもらう事にした。そう、ボン・キュッ・ボンのビキニアーマーが似合いそうなお姉さんだよ。左手に銃を持つ男に抱きかかえられちゃうような感じの。問題があるとすれば……
「申し訳ございません」
「……し、仕方ないわよ、サイズが違うんだから」
私に似せているんだけれど、未来の私なのよ、ええ、ほんの少しだけ胸が苦しそうなのだから。黒目黒髪の時は私にそっくりさんだったのに、金髪碧眼美少女になると……サイズが違い過ぎて悲しい……
という感じで、翌日、ビルとして宿を出たのち、一瞬でファウラにチェンジした魔神剣は私と洋服を試着に行くのである。街歩き用とドレスアップ用と必要だから、それぞれの店で試着をする。
ドレスはオーダー以外の古着って……あ、ビータなら合うかもしれない……サイズ的に。まあ、いざとなったら秘密を教えて着させてもらおうか。今日は、古着中心に試着すればいいや。
という感じで、何件かの古着屋でドレスやワンピースを散々試着し、それなりに衣装を覚えてもらう事にした。宝飾品関係も擬態できるらしく、魔導具でなければ外見だけは似せられるのだという。便利。
「ありがとうございます、もう少し検討してから来ますね」
「……またのお越しをお待ちしております……」
一軒で二三着試着をしては店を出るを繰り返す私たち。え、何枚も試着して結局買わないとかなると揉めそうだから、その位で抑えています。
「貴方様のドレスを貴方様の似姿で試着した後、この体に合わせて再現する事も出来るのですが」
「……早くいってよね。幸い、三着あるから、ドレスはそれでいいわ」
なんと、それはそうかと納得する。サイズ補正で再現できるなら、私の服を着て金髪碧眼に変身した時に、ムネパツとかなくて済むかもしれない。今更なんでいうのかね、分かってて黙ってたんじゃないの?
そんなこんなで、初の外食。立ち食いに挑戦。もうあとは冒険者ギルドに行くばかりなので、ビル(金髪)に戻しております。屋台の串焼きを購入、二人で食べる。
「これは何の肉でしょう」
「多分豚だね」
「……」
「大丈夫、禁忌じゃないからこの国では」
異教徒は豚とか牛とか食べないんだよねたしか。あと、蛸とか烏賊も食べない場合もある。
「シシケバブみたいなものですね」
「そうそう、そんな感じ」
串焼き=シシケバブだから問題ないよね。味は、香辛料控えめで多分マイルドな味だと思う。まあ、たいしておいしくはありません。お腹に入れば良いんだよこんなものは。
「昼はこのようなものを食べるのでしょうか」
「いや、普通は食べないこともあるし、朝食と兼ねることもある。ビルは食事は必ず必要なの?」
「……いいえ。食べても食べなくても何とかなります」
食費が掛からず良いかもしれないけれど、人間に擬態するなら食事はした方がいいよね。私も一人飯じゃなくなるのは嬉しいし。
「でも、今までは人化して食事したりしたことは有るの?」
「ごくたまにです。警護役を兼ねる場合などですね。普通は剣の形で仕えるのが基本ですから」
剣と人化、どっちが良いのかな。まあ、同行者が不要な場合や潜入の時は短剣なんかに変化してもらえると良いだろう。
冒険者ギルドの受付に顔を出すと、昨日のふんわり系美女が声を掛けてくれた。
「ビル様、冒険者証ができております。どうぞご確認ください」
周りから視線を集める貴公子然としたビル。受取の署名をすると、受付嬢が「お二人でパーティーを編成されるのでしょうか」と聞いてくる。さて、どうしようかと考えていると、背後から声を掛けられる。
「そこの金髪の君、腕が立ちそうだね。どうだい、僕たちのパーティーに加わらないか? そこのちっこい少年とでは先々苦労することになると思うよ」
でた! ほら、テンプレのあれだ、ベテラン冒険者から絡まれるってやつ。今までのギルドは知り合いとか顔見知りがいたし、単独行動だったから絡まれなかったけど……いよいよ私にも運が向いてきたって感じですかそうですか。
「馬鹿な、貴様らが束になってもヴィーには敵わない。寝言は寝てから言え」
「なっ……」
「ふ、ふざけないでよ! なんでこんなチンチクリンの小僧に私たちが負けるのよ!! 」
胸をバインバインさせて抗議する色っぽい女冒険者さん。露出が多すぎてとても危険ですよ。森の中とか野営する時とかそのさらけ出した肌、どうするんですか? 蚊に刺されますわよ。




