2-01 隊商は川沿いを進み、私は馭者見習になる
2-01 隊商は川沿いを進み、私は馭者見習になる
「ヴィーはトラスブル長いのか」
「いえ、一年くらいっすね」
「そうかー お前冒険者登録してたよな。あいつ見たことあるか?」
隊商のベテランの護衛(元冒険者で現在は商会の専属護衛。元星三つ)から食後の雑談で話をしている最中です。口調はどこぞの槍持ち見習冒険者に寄せています。
『黒い狩人』と呼ばれる凄腕の追跡者
『小鬼を消す者』と呼ばれる黒髪の魔導剣士……
いえいえ、私、弓も使いますし、ゴブリン狩りの時はビル使ってた気がしますけどね。革鎧では戦士より剣士って雰囲気だったかもしれない。そう、それが嫌でトラスブルから逃げ出したんですから、本人は良く知っています。
「直接見た事はないですねー」
鏡越しならあるけどね。
「そうだよなー いきなり現れて一月で星二つに昇格とか、ゴブリンの討伐を『眞守』の奴らと合同で受けて主導権とって達成とか……すげぇよな」
偶然だから。目立ちたくなかったんですよ。本当に!
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メインツに向かう隊商の護衛につかせてもらって早二日目。トラスブルから川沿いにメインツまではそれほど距離はない。この時期川は増水していて流れが急なため、陸路での移動が主なのだ。
専属護衛に混ざって、駈出し行商人……いや冒険商人である私は護衛兼同行者として参加させてもらっている。商会長と隊商の責任者である商会員には「土魔術が使えるので、スタックも安心ですよ☆」と営業を掛けて見事採用されている。
護衛の費用は出ないが、馭者の勉強をさせてもらい、馬の世話の仕方や護衛との遣り取りを間近で勉強させてもらっている。何故なら荷を満載した馬車は容易に街道で轍に嵌り、動けなくなり旅程が狂うことがしばしばあるからだ。私の食事費用とちょっとしたレクチャーで計算通り馬車が進むなら安いものだというのが見解だったのだ。
え、もちろん自分で考えたよ!
嘘です、勿論、護衛経験豊富なアンヌさんにアドバイスいただきました。
『ヴィーちゃんの土魔法なら、引く手あまただよ。一番いい値段を付けてくれた所に紹介してあげるね』
という事で、この商会の隊商に加わることになったわけです。
荷馬車は四頭立ての大型荷馬車で、数tの荷物を運ぶことができるのだと言いますが、スタック(ドはまり)しかねないのでそこまで普通は積まないようなのですが、私の土魔術の実践を見て何時もの五割増しで載せていると聞いています。過積載? なにそれおいしいのって世界です。
輓馬は『ブルトン』種という肩高が私の身長ほどもある重さも1tを越える大型馬で、ガンガン前に進みます。鹿毛の馬体に長いタテガミが印象的な気は優しくて力持ちな馬です。
馭者台に乗り、じっとしているだけなのだが意外と疲れる。振動もあるし、周りを警戒しながら馬の動きも注意しなければならない。
「ちょっと先行って地面、均してもらえるか」
「わかったっす!」
あー この話し方ウザい……失敗したかもと思いつつ、いつもの丁寧な話し方が駆け出し行商人に似合わないので仕方ないと諦める。人生に妥協は必要だと思うから。
トラスブルからメインツまでは約200㎞、一週間の道程を見込んでいる。雨が降れば路面の状況が悪くなるのでもう一日二日伸びるかもしれない。私なら……全行程二日ってところじゃないかな。
因みに、水運と陸運のどちらかを使うかは商材によるようだ。川には複数の関税を納める場所があり、船の場合、荷物に対して定額の税を払う必要がある。ワインや素材となる羊毛・繊維などは船で運ぶことが多いようだ。
陸運は家畜や小麦などの穀物を運び、関が少ないので関税があまりかからない。最近戦争の影響で課税する場所が増えているようだが、トラスブルの商人の場合、免税の関も少なくないのでやはり得なのだそうだ。
何かと関を設けて税金を取ろうとする貴族諸侯と、団結して軍事力を背景とした干渉を排除しようとする都市同盟の間で長い間駆け引きが続いているのだが、最近はやりの聖典主義の議論などはその辺りの兼ね合いもあると先生は話していた。
確かに、教会で売っている免罪符を買えば犯した罪が消えて天国に行けるとは……地獄の沙汰も金次第と言うが、まさにその通りでなんの捻りもない。貧乏人は罪を犯しても許されないっておかしいじゃんね。いや、金持ちは免罪符を買えば罪を犯しても救われるってなんなのさって話になるんだろうね。
え、私はポーション売って稼いだ金で死ぬ前に免罪符買うよ! 当り前じゃない。
地面の凸凹の激しいところを先に見つけて土魔術で平らにならしておくだけの簡単な仕事です。道端に生えている薬草も採取して一石二鳥だったりするのは内緒です。
馭者って座ってるだけで楽に見えても、実際は馬車の振動で凄く疲れるわけで、歩いた方が私は良いなと思っている。メイン川は河岸段丘ができているので、その川岸の一段高い場所を街道が走っていて、川と並行して進んでいるわけです。修道院が開拓した周りに市が開かれ人が集まりやがて街になったような場所がこの界隈にはとても多い。
今日泊まる『ライニンゲン』は以前領主であった伯爵が築いた城塞の周りに街を開いたのが始まりの街で、最近、アルス都市同盟というのに加わった割と新しい街らしい。同盟に加盟している都市に所属する商人はお互いに税を掛けないことになっているので、今日は安心の市街泊になる。
野営は二日に一遍くらいになっているのは、街の間隔の問題もあるが、盗賊などが今はそれほど多くないからともいえる。帝国の南と中央で戦争が発生しているので、お仕事はあるのです。傭兵に仕事が無い場合、アルバイトで山賊や人攫いをするので、戦争が領域外にある時は治安がいいのがデフォなのだ。
「ヴィー お疲れ。大体問題なさそうか?」
「均すことができる場所は大体均したので、大丈夫だと思います」
「ほんと、今回はスムーズに進むから助かるよ。機会があったらまた頼む、と言いたいところだが、お前さんはコロニアに行くんだよな……残念だな」
そうです。今回は片道限りの道中なので、名残惜しくはありますが次は多分ありません。メインツも都市同盟の中核である大都市だが、商業の中心はコロニアなので、そっちで色々活動したいのだ。海も行きたいし。
護衛兼同行者である私は、一人どこかの宿に泊まる……等という事はなく、荷馬車の中で待機中です。え、これも見張りの仕事の一環だから。街の中で荷物が消えるという事は考えにくいが、最近、この辺の街の中に夜な夜な『犬頭鬼』が現れるって言われている。
簡単に言えば、ドワーフに狼の『悪霊』が憑りついてゴブリン化したもの……と言われている。知能は低下しているが、鉱山で屑石を採取していたりするのは、ドワーフの記憶によるものなのかもしれない。
普通は、廃鉱山とかもっと大山脈に近い場所にいるのだが、大山脈から流れ出ている川が合流する場所であるこの辺りに現れてもおかしくないと思われる。
――― でもね、私はなんか怪しいと思っているのです。
大体、街中にコボルドが現れて商売物を盗んでいくなんて考えにくい。盗品売買をしているコボルド? 不自然じゃない!
馬車の中に潜む事数時間、すっかり周りの人の気配も希薄になってきた。門は閉じられ、人の行き来だって随分と減っている。田舎の小さな街ですから、暗くなったら出歩かないよね。
この街は市壁と呼べるほどの石塁に囲まれてるわけではなく、有事はこの街のできる端緒となった要塞に避難するので、侵入は難しくない。コボルドの仮装をした盗賊団が侵入していると私は解釈している。恐らく、街の中に情報提供者がいて、夕方にでも盗賊に情報を知らせ手引きをしているのだろう。
今街に滞在している中で、一番大きな商人は私たちの隊商だ。主な商材は穀物だが、それ以外の商材も運んでいる。パンが無ければお菓子を食べればいいというわけにはいかない。両方小麦が必要でしょ?
複数の足音がこちらに近づいてくるのが分かる。幌馬車の荷台の中に潜みながら、私は声を掛けるタイミングを計りつつ、外の様子をそっと確認する。数は……十人ほどだろうか。見えない位置に警戒している賊もいるかも知れない。馬車の馬は厩舎に移動させられているので、馬を連れてこないと馬車ごと盗むわけにはいかないのだが、その辺りどうするのだろう?
何頭か馬を伴っており、その馬を馬車につなぐ作業を始めた。もう、どう考えてもコボルドではありません。確かに、犬のような頭をしているけれど、それは、狼の毛皮を加工した頭巾のようなものを被り、毛皮のマントを羽織っているから遠目にそう見えるのだろうとおもう。
――― だって、顔が普通の小汚いオッサンだもん。モフモフじゃないもん。
私は念のために話しかける事にした。
『オマエラ何ヤッテンダ?』
「……!!」
『イヤ、人ノ馬車ノ荷物盗ムツモリカ?』
「こ、コボルドだ!!!」
何を隠そう、私、古代語、王国語、帝国語の読み書きの他に、簡単なボルド語の日常会話もできるんだ。ボルド語って何か知らない? コボルドが話す言葉だよ。方言もあるけど、帝国に住むコボルドの言葉が共通語かな。コボルドは狩りをするときにガイドとして仲良くする事もある、狩人のメイトなんだよ。知らなかった?




