07 悪役令嬢の使命―3
あまりのミアの清々しさに、カトリーナはポカンと口を開けてしまった。
「何故そう思えるの? ヒロインのミアではなく、自分自身を好いて欲しいとかそういうのは……」
「姿形はミアだけど、私は私だもの。シナリオに操られている感覚はないし、この状況は自分で決めたこと。それで好きになってもらえたのならラッキーってね」
ミアの表情を見る限り、嘘をついているようには見えない。
「キャラ設定を使って、カイン殿下の心を射止めようとすることの罪悪感とかは……」
「あるよ。騙してるわけだし。でも前世でも好きな人に振り向いてもらうために、友達を通じて好みを探ってプレゼントするでしょう? 私にとってはそれがカトリーナ様だよ。設定に書かれていなくて、実際にカイン様と過ごしたことで知った内容もあるよね?」
「確かにそうですわね。ゲームがベースだけれど、ここは現実。イベントだけ起こせばハッピーエンド確実という訳ではないわ」
イベントを成功させても、日常で嫌われるようなことをしていたら好きになってもらえない。
つまりイベントは、恋する乙女に勇気を与えるきっかけに過ぎない。とミアは考えて、この世界で生きる覚悟を持っているのだろう。
「ありがとうミア。なんだか肩の力が抜けた気がするわ。絶対に悪役令嬢カトリーナから外れてはいけないと思っていたから」
「私だってカトリーナ様がいなかったら、もっと空回っていたと思う。シナリオ通り動かなきゃ天罰が起こるんじゃないか、って怖い気持ちもあったから。だから同じ転生者がいると知って、味方だと安心できて、ようやく本来の自分を取り戻せたの」
ミアは自嘲気味に笑った。
それを見たカトリーナの肩の力は更に抜ける。
(主人公に転生したミアでも、シナリオが怖いなんて。転生で不安を抱いているのは、わたくし一人ではないことが、こんなにも心強いなんて)
理解者がいなくて心細かったのだと、カトリーナはようやく気が付いた。
そっとミアの手を包み込み返した。
「ねぇミア。ただの協力者ではなく、わたくしとお友達になってくださらない? あなたとはもっと仲良くなりたいの」
「わ、私で良ければ! えへへ、なんだか恥ずかし嬉しいね」
「では、早速二人きりの時はカティと呼んでほしいの。家族以外でそう呼ぶのを許すのはミアが初めてなんだからね。光栄に思いなさい」
転生後、ここまで気を許せる友達は初めてだ。
照れが空回り、思わず女王様風なお願いになってしまった。
恥ずかしさで、顔が熱くなっている自覚がある。
「カティ……ギャップ萌えが過ぎるよ。その顔カイン様に見せちゃだめだよ。というより男なら全員惚れちゃうよ」
「からかわないで。それに絶対に見せないわよ……ミアの前だけよ」
「だからそれが可愛すぎるんだって。駄目だって」
「うるさいわね。もう、顔が熱くて仕方ないわ」
カトリーナは何か冷たい飲み物を頼もうとして、ベルに伸ばしかけた手を止めた。
既に扉の前には、いつの間にか入室したネネが鼻血を出しながら、ハンカチを噛んで食いしばっていた。
目は血走っており、今にも「キィィィッ」と悔しそうな音が聞こえそうだ。
「ネネ……あなたどうして」
「私の方が長くカトリーナお嬢様と一緒にいるのというのに、そのような甘いご尊顔を向けられたことがなく悔しいのと……カトリーナお嬢様に心開くご友人が出来たことも喜ばしく……しかしながら愛称で呼ぶことを許されているのが妬ましく……そして」
「そこまでになさい。相変わらず重いわね」
「ありがとうございます」
「褒めてないわ。さっさと冷たいものを持ってきなさい」
口悪くネネに命令を下す。熱が集まっていた頭はすっかり冷え、頭痛すらしてきた。
カトリーナが頭を押さえていると、隣からくすくすと笑う声が聞こえた。
「良い侍女ね。絶対に裏切らない人だと思うから大切にした方が良いわ」
「分かっているわよ。でもネネは罵ったり叩いたほうが喜ぶから困ったものよ。これでも控えてるのよ」
「まぁ悪役令嬢の侍女ならそれくらいでないと耐えられないからね。悪役と変態……お似合いよ」
「言ったわね!」
ふたりは目を合わすと、一拍おいてから声を出して笑った。
「でも大丈夫?カイン殿下と結ばれたら王妃になるのよ。今の何倍も責任があなたの肩にもかかってくるわ」
「私の前世って一部上場企業の社長だったのよね。人事と経営は自信があるから、国王のサポートについては重く感じてないよ」
「す、凄い人だったのね」
「でもダンスや刺繍、文化に国際問題は前世の経験は役立たないから、もっともっと勉強しなきゃかな」
カトリーナの想像以上にミアはしっかりしていた。損とまでは言わないが、心配の必要はなかったと胸をなでおろす。
「でもね……学生の頃から勉強と仕事ばかりで……その……」
「なんなのよ」
「アラフォーまで彼氏がいたことがないの」
「まさかの年上!」
ミアがカトリーナよりトータル年齢が10歳も年上だったことに驚く。こんなにピュアで可愛らしいから年下と勝手に思っていた。
「それに学生時代は塾で忙しくて友達も少なかったの。大人になってからは疎遠になって……前世でも今世でも親友と呼べるのはカティが初めてよ」
「既に親友認定!?良いけれど!」
「え?良いの?言ってみるものね。大好きカティ」
「ぐぇ!」
思い切りミアに強く抱きつかれ、肺の空気が全部出てしまい苦しい。でも不思議と嫌ではなかった。