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06 悪役令嬢の使命―2

 

 まだ空が白むような朝、カトリーナは目を覚ました。

 ベルを鳴らせば、侍女ネネが瞬時に現れる。



「今日もキレのあるドリルで、リボンはダイヤ付きのを」

「承知いたしました」



 悪役令嬢の華麗なるドリルの完成には時間がかかる。エレガントに見えるような巻数と、カーラーのサイズは研究済みで、夕方まで解けないような工程を踏まなければならない。

 その上、髪が傷まないよう注意も怠ってはならず、高い技術が必要とされている。帰宅後のアフターケアも必須だ。


 この完璧なドリルを作れるのはネネのみで、彼女がいなかったら理想の悪役令嬢の朝は始まらない。



「今日も完璧よ。ふふ、ネネなしではいられないわね」

「あぁ神よ、本日もカトリーナ様の御髪に触れられて幸せです。感謝いたします」


 カトリーナはドリルを確認しつつ、ネネを褒めた。

 するとネネは胸の前で手を組んで、一筋の涙を流しながら神に祈り始める。

 相変わらず、侍女の様子がおかしい。


 そう思いながら食堂へ向かい、家族全員で朝食をとる。

 そして王宮へ出仕する父と同じ馬車に乗り、愛が重い見送りを受けながらカトリーナは先に学園前で降りた。




「さぁミア・ボーテン、今日も楽しみにしてなさい」



 カトリーナは、ミアが所属する教室へと真っ直ぐ向かう。

 誰よりも早く登校しているため、生徒の姿は数人程度。

 実はここがポイントだ。

 犯人がカトリーナだと証言してもらうためには、目撃者が必要。しかし、大勢いても都合が悪い。

 ほんの数人、というところが大切であるため早朝の犯行が狙い目だ。



 直接ミア本人に教えてもらった机を確認し、カトリーナは茶色の絵の具を取り出した。

 指に絵の具をちょこんと乗せて、机の縁にスーッと塗る。

 これは序章だ。次はイスにも絵の具を薄く塗る。



「ふふふ、嫌がらせも美しくなくては!」



 机に触れれば袖が汚れ、イスに座ればお尻が絵の具で染まる。改造していない正規の制服は真っ白なので、多少乾いていても付着した絵の具は目立つはずだ。

 しばらくして。



「きゃあ!」



 1限目が終わったとき、隣の教室から可愛らしい声の悲鳴が聞こえた。

 ミアの声に間違いない。



「ふふふ、うまくいったかしら」



 速やかにカトリーナは席を立ち、次の授業場所に向かふりをして、ミアの教室の前を通る。チラッと横目で様子を確認した。

 その視線の先には、ミアの頬に伝う光るものが。



「悪くないわね」



 カトリーナは口元に弧を描いて、鼻歌でも聞こえそうな足取りでその場をあとにした。



 放課後、カトリーナはクッキング部の部室の扉の前にいた。閉門ギリギリの時間だからか誰もいない。

 特注でオーダーした道具で扉の鍵を開け、スルリと侵入を成功させる。



「ふふふ、あったわ」



 部室の隅に制服が干されているのを見つけ、ニヤリと笑う。

 クッキング部は下位貴族や私生児のレディが、王宮侍女を目指す特訓場所として人気の部活だ。ミアはそこに入部していた。


 汚れた制服で授業を受けるわけにもいかず、ミアは部活用のワンピースに着替え、制服は手洗いして部室に干していたのだった。


 部室にある包丁を拝借し、迷わずスカートの部分だけを縦に切り裂く。

 そして包丁は洗って収納し、鍵もしっかり締め直して、帰りの馬車に乗り込んだ。




「さぁ、ミアの感想が楽しみね」




 数日後、カトリーナは秘密裏に自室へと、ミアを招いていた。

 


「芸術性の高い嫌がらせ、さすがだったわ!」

「おーほほほほ、当たり前よ。わたくしは悪役令嬢なんですもの」

「絵の具の嫌がらせなんて最高よ。袖についた机の絵の具に気を取られていたら、椅子にも絵の具がついていて、お尻に薔薇の模様が写っていたんだもん。あまりの綺麗さに、洗うの勿体なかったなぁ」

「でしょう?絵の練習をしておいて良かったわ」



 真っ白な制服のキャンパスに、お尻に咲く大輪の薔薇。我ながら綺素晴らしい出来栄えに、カトリーナの顔は緩む。

 それに、恥ずかしそうにお尻を気にするミアは可愛かった。カトリーナでさえ、守ってあげたくなるような気持ちになった。

 どこかで目撃したカインの庇護欲を刺激できたに違いない。

 カトリーナはいい仕事をしたと自負した。



「見て見て! 制服だって綺麗に裁断されていたから、リメイクがしやすかったの」



 ミアは手直しした制服を着て、カトリーナの前でくるっと回る。

 切られた幅広スカート部分には、柄入りの布が継ぎ足されていた。くるりと回ったことでチラリと柄がのぞき、スカートの印象が華やかに変わっている。

 選ばれた布の柄も流行の物で、さすが商家の娘と言ったところだ。




「あら、なかなか良いじゃない。この機会にスカートの裾にレースも足したらどうかしら?」

「それ可愛いかも! あ、でも改造しすぎたらカイン様からの印象が……」

「大丈夫よ。通常スチルではレースはなかったけれど、パッケージではレースが付いていたわ。許されるはずよ。それに可愛いほうがミアに似合うから彼は喜ぶわ」

「そうかな? えへへ、頑張っちゃお」



 ミアが胸の前で両手に小さく拳を作った。しかしすぐにその手を開き、カトリーナの両手を包み込んだ。



「私って演技が下手だから、嫌がらせを受けた時に涙を流せるか心配だったの。でもカトリーナ様の素敵な嫌がらせに感動して、本当に協力してくれるのが嬉しくて泣いちゃった。そのおかげで涙が出たの」

「まぁ、そうだったの。ラッキーだったわね」

「本当にカトリーナ様がいて良かった。大好きな人に振り向いてもらえるチャンスをくれてありがとう」



 眩しすぎるミアの笑顔に、カトリーナは目を細めた。

 自分がシナリオ指導しなくても、ミアが演技をしなくても、素で過ごせば簡単にカインを攻略できそうだ。


 そう、ミアは本気でカインに恋をして、その思いを成就させようとしている。



「ねぇ、なんで本気になれるの? シナリオイベントのせいで好かれて嬉しいものなの?」



 言い終えて、ハッとしたように口に手を当てた。

 ずっと胸に引っかかっていた違和感から出た質問だった。

 でも、これは頑張っているミアを傷付ける言葉ではないだろうか。カトリーナは罪悪感で視線を落とした。



「嬉しいよ! 問題なし!」

「え?」


 カトリーナの心配をよそに、ミアは後光がさしたような笑顔で即答した。

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